[サムライサッカーキング1月号掲載]
所属チームは不振を極め、シーズン序盤にはケガで離脱を余儀なくされたシュトゥットガルトの岡崎慎司。日本代表やヨーロッパリーグの試合をこなす過密日程の中で、自らの持ち味を出すことを心に決めて遂行し続け、“理想の形”を体現した一人のストライカーの“今”に迫る。

Text by Yusuke MIMURA Photo by Getty Images, Itaru CHIBA
日本と同様、ドイツでも季節は秋から冬へと変わった。そんな中、寒さを吹き飛ばすような活躍を見せているのがシュトゥットガルトの岡崎慎司だ。
ワールドカップアジア最終予選のオマーン戦で決勝ゴールを決め、ヨーロッパリーグのステアウア・ブカレスト戦では1試合2ゴール。そして、グロイター・ヒュルト戦でチームを7位にジャンプアップさせる決勝ゴールを決めた。9月の終わりにケガをしてから、これほどまでの活躍を見せるようになったその裏には何があったのだろうか。
岡崎は9月26日のホッフェンハイム戦で左足の親指を骨折した。手術をすれば2カ月は戦列を離れないといけないと見られたが、手術は回避。そこからわずか3週間余り、10月21日のハンブルガーSV戦でベンチ入りを果たした。この試合では出番こそなかったものの、4日後のELコペンハーゲン戦で途中出場で復帰を果たすと、その3日後のフランクフルト戦でもピッチに立った。岡崎はケガの痛みをこらえながらプレーを続ける道を選んだのだ。この決断が大きな意味を持つことになるのだが、それはもう少し先の話になる。
岡崎がケガをした第5節のホッフェンハイム戦まで、シュトゥットガルトは開幕からリーグ戦5試合で2分け3敗。勝利を勝ち取れずにリーグでは下から2番目となる17位まで沈み、ブルーノ・ラッバディア監督の解任もうわさされていた。
チームのムードを変えることでより良い結果を残していく
昨シーズンを例外とすれば、その前は3シーズン連続で成績不振に端を発した内紛が起こり、やむなく監督交代するという悪しき習慣がシュトゥットガルトにはあった。今シーズンもそうした負の歴史を繰り返し、「ラッバディア監督が去ることになるだろう」と大半のメディアが予想していた。
しかし、その流れを断ち切るべく立ち上がったのが岡崎だった。ケガから復帰すると、日本代表の同僚でもある酒井高徳に呼び掛け、練習の時からチームの雰囲気を良くするために働きかけていくことを決意したのだ。
「高徳とも、まずは声を出していこうと話したんです。チームのムードが変わらないと、どう見ても(成績を上げていくことが)難しくなってくる。(働きかけの)おかげで、この前の練習もいい感じだったし、徐々に雰囲気は良くなってきていますよ」
それまでの試合では1人の選手がミスを犯した時、周りの選手がカバーをするのではなく、そのミスを責めるシーンが目立った。あるいは、あまり効果的なプレーを見せられない選手がいれば、それを批判する選手の姿が見られた。酒井は岡崎と同調した働きかけの効果をこう明かしている。
「今は誰かのミスをみんなでカバーしようとするし、ミスをしてもチームを鼓舞したりする。そういうことがチームとしてできているのかなと思います」
岡崎も胸を張って、こう話す。「海外に出るとチームじゃなくて、自分さえ良ければって気持ちが強くなりがちだけど、やっぱりサッカーは11人でやるものに変わりないんです。自分が試合に出ている、出ていないは関係なく、チームのためにやるべきことをやるのが自分の良さかなと考えるようにしています。そうとらえれば、イライラせず自分のプレーに集中できるし、同時にチームメートのためにも(気持ちを盛り立てるような)声を出せるので」
また、この時期にラッバディア監督がそれまでの4-1-4-1をあきらめ、4-3-3の採用に踏み切ったのも幸いした。この判断により、ピッチ上での選手の並びが変わっただけではなく、チームとしての戦い方も明確になる。しっかりと守備の陣形を整え、ボールを奪ってから素早くフィニッシュを目指すようになったのだ。このシステム変更の手応えを岡崎は噛みしめる。
「守備から入って、ボールを奪ったら攻撃、という戦い方が徹底されている。自分らは守備から入るべきなのかなと感じています。そうやって流れを作って、先制点を取ると俺らは強いと思うので」
開幕から勝ち星に恵まれなかった時期は、チームとしての攻撃が機能せず、岡崎にとってゴールを狙うのも難しい状態だった。だが、チームとしての戦い方が整備されたことで、ようやく岡崎のゴール量産体制が整った。もっとも、負傷により戦列を離れている間、左ウイングのポジションではイブライマ・トラオレが起用されるようになり、チームとして結果が出始めていたこともあって、岡崎はリーグ戦では途中出場からの短い時間でチャンスを窺うしかなかった。まして、負傷明けで、再び同じ箇所を痛めるリスクや、試合勘の問題もあり、短い時間で結果を残すのは困難な仕事であるように感じられた。
得られた出場機会の中で手繰り寄せた理想の形
そんな中でも幸運だったのは、ヨーロッパリーグやドイツカップの試合がコンスタントに組まれていたこと。ブンデスリーガでは短い出場で終わることがあったが、カップ戦では先発でプレーするチャンスに恵まれた。結果として、1週間に2試合のペースで組まれている過密日程が幸いしたのだ。リーグ戦では無理でも、カップ戦では先発で出られる。平均すれば1週間に1試合のペースで先発としてプレーするようになったことが大きかったと岡崎は後に振り返っている。
「体が自分の感覚についてきているというのもあるし。頑張ってコンディションを上げてきているので、それが良かったんです」
10月後半から11月上旬の間はそうやって過ごしていた。ゴールからは遠ざかっていたのだが、この時期に岡崎はこうも考えていた。
「1ゴールでも決められれば、調子を一気に上げていくことができるはず」
そんな中で迎えたのが、11月14日にアウェーの地マスカットで行われた日本代表のオマーン戦だった。既に冬の寒さに包まれていたドイツから、気温30度を超す灼熱の中東へ舞台を移しての戦いは、決して生やさしいものではなかった。それでも後半44分に酒井からのクロスを遠藤保仁が軽く触り、コースを変えたボールに合わせて、ブラジルW杯出場をほぼ確実なものにする決勝ゴール。値千金のゴールの影にあったのは、普段シュトゥットガルトの練習で取り組んでいたプレーだった。練習では1トップの位置でプレーしたり、2トップの一角に入ったり、本来のストライカーとしての感覚を呼び覚ますような機会が多かった。それが実を結ぶことになったのだ。
そして、この代表戦でのゴールをきっかけにして、岡崎は一気に調子を上げていくことになる。1つのゴールが生まれれば状況は一気に上向くという、岡崎の予想どおりの展開だった。オマーン戦のおよそ1週間後、11月22日に敵地ブカレストで行なわれたELのステアウア・ブカレスト戦で岡崎は2ゴール、1アシストの大暴れを見せたのだ。まずは前半23分、左サイドでボールを受けると、インサイドに鋭く切り返して対面するDFをかわし、中央にパス。そこに走ってきた酒井が左足ダイレクトで合わせてファインゴールを決め、いきなりアシストを記録する。
実は岡崎と酒井は以前から「2人のうちの1人がパスを出して、もう1人がそれを決めよう」という約束を交わしていた。
酒井はこの場面をこう振り返っている。
「ゴールはうれしかったんですけど、慎司さんからは『(2人の連係でゴールを決めたのが)お前のほうが先かよ!』って言われたんです(笑)」
岡崎はこの時、順番が逆だろう、酒井のパスをストライカーである自分が決めるのが先だろう、と思わずにはいられなかったと後に語っているが、同時にこの場面では大きな手応えを感じたという。「高徳にパスを出す前の切り返し。あれなんかも、本当は簡単にクロスを(FWのヴェダド・イビシェヴィッチに向けて)上げるつもりでいったけど、それを直前で切り返しに変えられた。それが良かったと思うんですよね。ああいうプレーって思い切りがないとできないし、今はそういう思い切りを持ってプレーできているんです」
そして、その8分後に歓喜の瞬間が訪れる。右サイドから酒井が上げたクロスに、ファーサイドで豪快に頭で合わせた岡崎が、今シーズンの初ゴールを決めたのだ。
「高徳が良いところを見てくれていましたね。あのヘディングのゴールなんかはやっぱり、自分でも豪快やなぁと思ったし」
更に、後半10分にはゴール前でのこぼれ球に素早く反応して、この試合2点目となるゴールを決めた。1試合で2ゴールを決めるのは、ドイツに渡ってから初めてのこと。ちなみに、このこぼれ球が来る前、岡崎は心の中で「自分のところにこぼれて来い」と念じ続けていたという。
「心の叫びをしていたら、本当にこぼれてきました(笑)。ああいうのは、その前にゴールを決めていたからこそ、思えていたことなのかなと思うんです」
自らの得点力を存分に生かしたゴールを決め、気持ちと勢いが乗った状態にあると、更には運までも付いてくる。この試合のゴールはそんな意味を持っていた。だから、岡崎はこの試合で決めた2つのゴールをこう表現する。
「自分にとってはこれが理想の形だと思う」
そして、それから約2週間後。第15節のグロイター・ヒュルト戦で岡崎はようやく今シーズンのブンデスリーガ初ゴールをマーク。これが決勝点となり、チームに勝ち点3をもたらした。一時17位に沈んでいたチームは、今シーズン最高となる7位へと順位を大きく上げている。
自らのゴールでチームを更なる高みへ導く。そんなストライカー然とした働きを、今の岡崎は見せているのだ。シュトゥットガルトにおいて、そして日本代表において、2013年も欠かせない存在として、一層の輝きを放ってくれることだろう。