2012.12.14

北嶋秀朗の新たな一歩、ベテランJリーガーの言葉に学ぶ生き残り術

 11月下旬に『楽しむことは楽じゃない──プロサッカー選手に見る、生き残り術』(河出書房新社刊)が発売された。30歳を超えてなお戦い続けるベテランJリーガーたちのインタビュー集である。彼らがなぜ戦い続けるのか、なぜあれほど貪欲なのか。本書の一部を、著書寺野典子氏の特別書き下ろしで紹介したい。

kitajima文/寺野典子 写真/野口岳彦

 シーズンが終わったこの時期になると、選手たちの去就を伝える報道が増える。中山雅史をはじめ、引退を決意する選手。契約延長オファーがなく、新天地を探す選手。年末の風がよけいに冷たく感じられるニュースも多い。そして私は、この夏取材で会った多くのベテランJリーガーたちのことを思い出した。
 11月下旬に発行された拙著『楽しむことは楽じゃない──プロサッカー選手に見る、生き残り術』は、10年以上に及ぶ現役生活の中での彼らの原動力を知りたいと思い、制作した一冊だ。

terano 現役選手としての時間には必ず終わりが来る。しかもそのカウントダウンはすでに始まっているのかもしれない。そんな思いと裏腹に、だからこそ立ち上がり、挑戦したいと考える選手たち。「悔いを残したくない」という無理難題を日々のテーマに自身を追い込み、「まだやれる」と奮闘している彼らの哲学やプロ意識に触れることができた。
 今回はその一人、北嶋秀朗について、その書籍から紹介したい。

 北嶋がロアッソ熊本へやってきたのは、今年5月下旬のことだ。柏レイソルからの期限付き移籍が発表されたが、Jリーグの選手登録窓口が開く7月20日まで、試合出場はできなかった。赤いシャツを着て、ピッチに立てたのは7月22日。味の素スタジアムでのデビュー戦では、赤と黄色のシャツを着た人たちから北嶋コールを送られた。熊本と柏のサポーターたちの声に北嶋の胸はもちろん熱くなった。

 千葉県習志野市に生まれ、千葉県の市立船橋高校を経て、柏でプロになった。若きスターはご多分に漏れず、プロの壁にぶつかり、そこで学んだ。清水エスパルスへ移籍するも、J2に降格した柏に電撃復帰。一度はJ1へ昇格するも再び降格。ベンチを温める日々が続いても、北嶋は“レイソル愛”を貫き、チーム力が培われることに心を砕いた。
「常に競争がつきまとうのがサッカーだし、プロはより一層厳しい競争があるのも当然。だから、ライバルを蹴落としてでも争いに勝つ気持ちが求められるという風潮があるけど、僕はそれには少し疑問を感じていた。チームメイトのミスを願ったりすること自体、とてもネガティブな発想だから。ライバルが活躍しなかったから『よっしゃ!』ってテンションが上がったり、活躍したら落ち込んだり、そういう風に他人が基準になるのは馬鹿らしい。自分自身も疲れるし、無駄なエネルギーだなと思っていた」

 そんなとき、北嶋はタイガー・ウッズの言葉と出会う。

「優勝争いをしている相手がパットを打つとき、タイガーは『外せ』ではなく、『決めろ』と考える。相手が決めればより争いが厳しくなるし、優勝を逃すかもしれない。それでもいい。優勝できなかった現実を前向きにとらえると、『また頑張るぞ』という闘志がわいてくるというんです。なるほどなと思った。だから、僕も周りの選手に言いました。『俺は、お前らが活躍してほしいと願っている。俺の代わりに出場した選手がゴールを決めたら、心からそれを喜べる人間でいたい。そのためには練習も必要だし、強いメンタルがなくちゃいけない』と」
 北嶋の願いは結実する。2011年、昇格したばかりのJ1でリーグ優勝を遂げる。
 
「優勝が決まったときは、本当に幸せな時間でしたね。やっと柏もこの域まで来たかと。チーム全体で高いレベルのサッカーを共有し、上質な競争がある。それが柏の武器になった。とても大きな誇りを感じました」
 そのシーズン23試合に出場し9得点を挙げ優勝に貢献した北嶋だったが、それは度重なる膝の手術を経ての挑戦でもあった。
 
「開けてもあるべきものがない状態だから、もう手術もできない。骨と骨とがダイレクトにぶつかっているんです。痛みで言えば、相当に痛い。僕の場合は両足どちらも同じような感じだから、階段を降りている姿を見た人はびっくりしますよ。『サッカー選手の降り方じゃないでしょ』って。もうサッカーできないのかなと思う反面、こんな膝でもやりようがあるんじゃないかという気持ちが芽生えてきた。そうすると『この膝でサッカーが巧くなりたい』という思いがどんどん強くなっていくんです。やっぱり、今まで通り動けないことで落ち込むし、どうしても怪我をする前の自分を追ってしまう。でも、途中から考え方を変えた。怪我をしたことで『新しい北嶋が生まれたんだ』と」

 そして、北嶋は熊本で新たな一歩を踏み出した。2012シーズンはリーグ戦出場8試合3得点で終了し、チームも14位と振るわなかったが、シーズン終了後、熊本への完全移籍を決意する。

「熊本へ来て、感化されるというか、すごくいい影響をたくさん受けた。単純に同じJ2と言っても柏時代とはまったく環境が違う。熊本はお金のないクラブです。でも、そんな中でも一生懸命工夫している。厳しい状況だけど、チームをどう強くするのかということを必死に考え、社長、スタッフ、監督、選手が協力し合い、助け合っている。
 柏でもクラブハウスの掃除をしてくれる女性にはとても感謝していたけれど、熊本では選手とスタッフがクラブハウスの掃除をやっている。スタッフはひとりが必ずふたつ、みっつと仕事を受け持っているんです。社長が試合運営を手伝ったり、マネージャーが靴を磨いたりね。

 100%の以上の力を常に出し続けようとする姿勢がクラブ全体にあり、みんなすごく前向きで、明るい。なにより選手もスタッフも『熊本愛』が強い。そういうのって育てたり、定着させるのが結構難しいものだけど、熊本にはすでにそれがある。本当に素晴らしいし、多くの刺激を受けています。だから、僕はこのチームをなんとか強くして、もっと陽の当たるチームにしたいんです。

 熊本の選手たちに勝利の意味を伝えたい。勝つことが与えてくれるものは本当にたくさんある。勝利を知り、それに慣れていけばチームは変わっていける。そのためにも、勝つためにすべき振る舞いやプレー、行動をチームメイトに伝えたいんです。同じ状況で何を選択するかで、勝敗の行方が変わることもある。その選択の意味を理解し、意識できるようにするためにもひとつでも多く勝利の喜びを分かち合いたいし、僕の力で勝利をもたらしたい」

 柏への愛が消えたわけじゃない。ただ、プロサッカー選手として、新たな使命感を得たのだろう。サッカーの力を熊本の人々へ届けたい。サッカーで熊本を変えたい。自身の力を求めてくれたクラブへの恩返しは、北嶋のサッカー人生を支えてくれたすべての人への思いに報いることになるはずだ。