2012.09.14

【インタビュー】ドログバ「上海行きはチャンピオンズリーグで優勝するずっと前から決めていた」

ワールドサッカーキング 0920号掲載]
ディディエ・ドログバインタビュー・文=ミシェル・デスラック 翻訳=石橋佳奈<br > <br >  昨シーズンのチャンピオンズリーグ決勝において、ディディエ・ドログバは自らの存在価値を改めて世界に誇示した。1点を奪われて迎えた88分、絶体絶命と思われたチェルシーを救う起死回生の同点ゴールを奪い、雌雄を決するPK戦では5人目のキッカーとして登場してバイエルンの息の根を止めてみせた。<br > <br >  だが、この記憶に残る一戦を最後に、ドログバは電撃的にチェルシーを去った。若返りを図ろうとするクラブの方針に理解を示し、8年間の幸福な時間に別れを告げることにしたのだ。チェルシー退団という「難しい決断」の後に選んだ新天地は、中国スーパーリーグ。未知の冒険に乗り出した偉大なストライカーの行く末に、世界中の注目が集まっている。<br > <br >  ドログバはなぜ、至福の時を過ごしたロンドンを離れる決断を下したのか。そして、34歳のベテランは中国サッカーの未来にどんな可能性を見いだしているのだろうか。大いなる挑戦とも言える上海行きの経緯について、ドログバが率直に語った。<br > <br >

上海行きはCLで優勝するずっと前から決めていた

君は中国リーグを新天地に選んだ。まずはこの決断について教えてほしい。<br > <br > ドログバ 俺はこれまで経験してきたものとは全く違うチャレンジを望んでいた。だからヨーロッパのクラブへの移籍は考えられなかったんだ。これまでとは異なるサッカー、異なる文化に身を置きたいと思ったのさ。<br > <br > 上海行きを決めたのはいつ頃のこと?<br > <br > ドログバ CLで優勝するずっと前から決めていたよ。チェルシーで過ごした8年間は俺にとって忘れられない記憶だ。俺は数多くの最高の瞬間をあのクラブで体験してきたからね。でも、その幸福な時期は終わろうとしていた。クラブは(エデン)アザールやオスカールといった新しい選手を獲得して若返りを図ろうとしていたんだ。俺だってクラブの考えは理解できる。だけど、ベンチに座って若手をサポートするだけの選手にはなれないと思ったんだ。<br > <br > じゃあ君はクラブの若返りに反発して、チェルシーを離れたの?<br > <br > ドログバ 俺はもう34歳だ。将来のチェルシーを背負って立つような年齢じゃない。移籍が決まるまで口には出さなかったけど、俺の中では何もかもはっきりしていたよ。それに、みんなと円満な関係を保ったままクラブを去りたかった。決断のタイミングは正しかったと思う。<br > <br > 何かと衝突したアンドレ・ヴィラス・ボアスとは違い、ロベルト・ディ・マッテオ監督との関係はうまくいっていたようだね。<br > <br > ドログバ ああ。俺たちは面と向かって本音を言える関係にあった。でもヴィラス・ボアスは違った。あの男は自分自身のイメージ通りに、チームのあらゆる部分を修正しようとしたんだ。チェルシーはあの男が来る前から存在していたのに、まるでそのことを忘れてるようだったな。<br > <br > ロマン・アブラモヴィッチ・オーナーからは慰留されなかったの?<br > <br > ドログバ CL優勝の後、オーナーからは「望むなら残留も可能だ」と言われた。でも俺は、チェルシーでのキャリアに終止符を打つと決めていたんだ。決勝の結果がどうであれね。<br > <br > チェルシーとの別れはつらかった?<br > <br > ドログバ CL決勝の翌日、チームメートに移籍を告げた時は本当につらかったよ。数人には少し前に打ち明けていたんだけど、チームメート全員の前で改めて俺の気持ちを話そうと思って、みんなに集まってもらったんだ。言葉を発した途端に涙が溢れたよ。最高の喜びを分かち合った仲間との別れだからね。でも、移籍の決断について迷ってしまうようなことはなかった。<br > <br > 君の下にはかなりの数のオファーが届いていたと思うけど……。<br > <br > ドログバ イングランド、イタリア、スペインからオファーがあった。どれもビッグクラブで、トップレベルでのプレーを続けることは可能だった。だけど俺は、チェルシーであらゆる経験をしてしまった。だから、今までとは全く異なる冒険に興味を持つようになっていたんだ。