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レピュコムジャパン代表取締役社長が語る「ソニー時代のFIFA広告戦略担当経験」/中編

2016.03.11

アメリカン・フットボールで日本一を経験、ソニー時代にはFIFAのグローバル広告戦略を担当し、現在は世界最大のスポーツマーケティングリサーチ企業レピュコムジャパンの代表取締役社長を務める秦英之氏。幼少期はスポーツビジネスの本場米国で過ごすなど、あらゆる立場で一流のスポーツ現場に触れてきた同氏に、これまでの歩みと日本のスポンサーシップにおける課題について話を伺った。

インタビュー・文=細江克弥
写真=兼子愼一郎

――アメフトに没頭していた秦さんが、スポーツとビジネスを結びつけて考えるようになったのはいつ頃のことなのでしょうか?

秦英之 明治大学を卒業してソニーに入社し、リチウムイオン電池を製造する部署に配属されました。電池は製品に内蔵されるものも多く、つまり“ソニー製品”として表に出ることは多くありません。それでも、本気になって開発に携わっている職人さんたちと向き合っているうちに、私自身もそういう姿勢で仕事と向き合いたいと感じるようになったのです。では、自分にとって本気になれるものとは何か。考えるまでもなく、それはスポーツでした。

――その思いを具現化するため、どのように動かれたのですか?

秦英之 まずは、“知ること”に努めました。積極的にスポーツの現場に足を運ぶようになり、集まりがあればそれに参加し、できる限り多くの人に会って話を聞き、スポーツ関連の書物は右から左までむさぼり読みました。とにかく、「現場がどうなっているのか」ということを知りたかったのです。すると、不思議なもので同じ志を持った人と出会う機会が増え、イメージが一つずつ明確になっていきました。

そのうちに痛感したのは、日本のスポーツ界におけるアメフトという競技の立ち位置、つまりマイナースポーツのジレンマでした。そうした状況を打開するために、一人の選手として競技の普及に努めるのか、それとも、裏方に回って新しい仕組みを作り、何かを発信する側に回るのか。選手としての3年目が終わった頃、その決断に迫られて後者を選択しました。本当はもう1年、選手としてプレーしたいという思いが強かったのですが、そうした思いを振り切ってチャレンジしてこそ“本気度”が問われると思い、ビジネスの道を進もうと決意したのです。

また、私がまだ道を迷っていた頃、ある先輩から言われた言葉が大きな原動力となったことは間違いありません。「それだけスポーツに対する思いが強いなら、あえて業界に入らないほうがいい」。先輩は私にそう言ったのですが、それは「そう言われて諦めるくらいなら通用しない」というメッセージでした。そのことを知って、ますます気持ちが強くなっていったことをよく覚えています。

――スポーツとビジネスを結びつけるチャレンジは、所属されていたソニーでも実現されていますね。

秦英之 アメフトを引退したのが27歳の時。そのタイミングで米国ソニーに転籍し、世界最大のマーケットで商品を販売するノウハウを身につけました。それからしばらく経って、本社から連絡が入り、FIFA(国際サッカー連盟)のグローバル広告戦略に携わらないかと提案されたのです。既に独立することも考えていたのですが、これほど大きなチャンスを生かさない手はないと思い、2006年に日本に戻りました。当時の私は、まだ、日本とアメリカの2カ国しか知りませんでした。世界最大の競技人口を持つサッカーというスポーツのことも、ほとんど理解していませんでした。でもサッカーに携わる人たちは、みなグローバルマインドを持っていて、とても魅力的でした。だからこの機会にそういう人たちが関わるサッカーの魅力について知りたいと思い、このオファーを引き受けることを決意したのです。結果的には、この経験が本格的にスポーツ界に携わる入り口となりました。

――具体的には、どのようなお仕事をされていたのですか?

秦英之 当時、ソニーとFIFAが結んだパートナーシップにおけるスポンサー契約金は史上最高額のものでした。従って、私に課せられたミッションは、4年後の2010年南アフリカW杯を中心に、FIFAとのスポンサーシップを最大限に活用するということです。

正直に言えば、最初の会議は全くの“ゼロ”からスタートしました。ホワイトボードに向かって「さあ、何をしよう」という状態です。それをスタート地点として史上最高額のスポンサーシップを動かすというチャレンジは、本当に特別なものでした。

――その経験から、得たものは?

秦英之 シンプルに言えば、アメフトのシルバースター時代に感じたことと全く同じことでした。つまり、プロセスの重要性です。結果を出すためには、目的から逆算した時間の活用法がとても大切で、スポンサーシップの最適化も全く同じことが言えます。

ソニーには「2010年の南アフリカW杯でスポンサーシップを最適化し、最大価値を生む」という目的があり、それに向けて4年前のドイツW杯からスタートしました。まずは、ドイツW杯を間近に見て、大会がどのように運営され、誰がキーマンで、どのような準備が必要なのかを徹底的に把握しようとしたのです。

ドイツW杯では、当時スポンサーシップを結んでいた企業における最適化の成功例と失敗例を目の当たりにしました。その違いを生んでいたのは、「時間をかけて準備しているか」の差でしかありませんでした。それを踏まえて、私たちは07年にプランニングを開始、いかに効率良く最適化するかというロジックを徹底的に仕込みました。2007年以降はU-17W杯、U-20W杯、クラブW杯、ビーチサッカーW杯、フットサルW杯などFIFAの権利が拡大されたので、私たちはそのすべてに足を運び、シミュレーションと実践を繰り返しながら蓄積価値を高めていったのです。

――蓄積価値とは、具体的にはどのようなものでしょうか?

秦英之 2010年の南アフリカW杯でソニーが重点的に打ち出したのは、3Dハイビジョンテレビでした。店頭に並ぶテレビには、必ず何らかの映像が映し出されていますよね。私たちは07年から、FIFAのスポンサーシップを利用して、各年代、各競技のW杯に足を運び、そのための映像を撮り溜めていたのです。

そうした直接的なメリットに加えて、間接的なメリットも手に入れることができました。毎年のように大会に足を運び、2010年の最適化に向けた試みを続けていく中で、FIFAの誰が、どのような管轄で、どのような権利を持ち、案件ごとに誰と交渉しなければならないかが見えてくるのです。それによって、2010年を迎えた際には追加権利の交渉が非常にスムーズに進み、万端の準備を整えることができました。

レピュコムジャパン代表取締役社長が語る「今のビジネスで活きているアメフト日本一の経験」/前編

レピュコムジャパン代表取締役社長が語る「日本のスポーツ・スポンサーシップの課題」/後編

株式会社レピュコムジャパン
代表取締役社長
秦 英之(はた ひでゆき)

1972年生まれ。明治大学卒。
大学卒業後、ソニー株式会社で働く傍ら、アメリカン・フットボール選手としてアサヒビール・シルバースターで日本一を経験。同社には2012年まで在籍し、国際サッカー連盟(FIFA)とのトップパートナーシップ等、全世界を束ねるグローバル戦略の構築を担当。南アフリカワールドカップをはじめ、数々のFIFA大会を絡めた活動を推進。
現在はワールドワイドで展開するスポーツデータリサーチ会社であるレピュコム・インターナショナル社の日本法人の代表として、スポーツ・スポンサーシップに対する投資価値を同社独自の方法で評価・測定。サッカー(FIFA、UEFA、英国プレミアリーグ、リーガエスパニョーラ、ブンデスリーガ、セリエAなど)、野球(MLB)、アメフト(NFL)、バスケ(NBA)、ゴルフ(PGA)、アイスホッケー(NHL)、クリケット(国際クリケット連盟)、大学スポーツ(NCAA)等の団体に「生きたデータ」を提供し、企業とスポーツがより一層相乗効果を計れる仕組みを創出している。(日本ではJリーグやプロ野球チーム等と契約)
またスポーツに出資する企業にも、マーケティング戦略に不可欠なデータとして数多く採用されている。

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