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女子サッカーが温め続けた文化の種、“分かち合う”心の育成が大輪の花を咲かす

2016.02.29

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江橋氏は日本に女子サッカーが文化として根付くカギとして、なでしこジャパンが備える“分かち合う”心をキーワードに挙げる。 [写真]=Getty Images

 2015年7月4日、カナダで開催されている女子ワールドカップは決勝前夜を迎えていた。翌5日の決勝を戦う日米両チームが、それぞれ記者会見を行う。バンクーバーのBCプレイススタジアムにある、さほど広くない記者会見場は、日本をはじめ様々な国のメディアを収容しきれず、会場の外にあふれた人たちはどうにかして中の声を拾おうと、ギュッと壁に近づく。会見が始まると、なでしこジャパンのキャプテンである宮間あやは、「優勝して初めてスタート地点に立てる」と発言した。

「結果を出すことが、この先、女子サッカーを背負っていく選手たち、サッカーを始めようと思っている少女たちに残せること。そこに立ってから、ブームではなく文化になっていけるようスタートが切れる」

 この発言の背景には、彼女たちが味わってきた苦しみの過去がある。宮間がなでしこリーグ(当時の名称はL・リーグ)に加入したのは、2003年のこと。当時はどのクラブも経済的にギリギリで、選手たちが背負った使命は「日本女子サッカーを消滅させないこと」だった。わずかでも隙を見せたら、敗戦につながる。成績が悪ければ、支援は打ち切られ、チームが解散してしまうかもしれない。チームがなくなったら、リーグも成り立たない。目指す場所がなくなれば、サッカーを始める少女もいなくなる。一つの敗戦を告げる笛を合図に、未来の担い手が姿を消す――。グリム童話『ハーメルンの笛吹き男』のような結末を、誰もが怖れていた。

 そのため、プレーやスタジアムの演出で観客を楽しませることは二の次。「多くの人に見てもらいたい」との思いは持ちながら、ファン獲得以前に「明日もサッカー選手でいられること」が最優先だ。彼女たちが「自分は何のために頑張っているのか」を分かち合える人は、同じ環境にある選手とスタッフ、境遇を知る家族ぐらいだった。

 状況が一変したのは、言うまでもなく2011年のワールドカップだ。冬の時代を乗り越えてきたなでしこジャパンのメンバーには、仲間のために身を捧げる太い絆と、勝負を諦めない、人生を諦めない強さが備わっていた。そして、すぐに日本国内は女子サッカーブームに包まれた。世界の頂点に立った彼女たちは時の人となり、代表戦は地上波で生放送された。なでしこリーグにもテレビ中継が入り、リーグやクラブの運営資金も増え、観客数は桁一つ増えた。ところが、そこまでの注目に慣れていなかった選手やクラブ、そして古参のサポーターたちには戸惑いも広がっていた。活気が生まれたのは間違いないが、まるでひっそりとした花畑に突如観光客が殺到したかのような急変ぶりに、住民たちは対応しきれなくなった。

 2012年のロンドン五輪が終わると、花を散らすほどの強風は止んだ。女子サッカーは今、再び一過性のブームを起こすことではなく、世の中に根付くことを望んでいる。根を張るには種がいる。文化の種。それなら、彼女たちの足元に昔からある。キーワードは「分かち合う」ことだ。

 スポーツがしばしば代理戦争と表現されるのは、勝者のみが得られる利益を奪い合うためだ。それゆえ、ライバル心は敵意に結びつきやすく、手段を選ばない勝利至上主義からドーピング等の不正に手を染める者も絶えない。一方で、多くの女子サッカー選手は、苦労をともにした仲間たちと、「長い間、諦めずによく頑張った」という気持ちを分かち合う。そればかりか、アメリカをはじめとするライバルとも、勝負を越えた先に互いの努力を分かち合う。対戦相手のもとに宮間が歩み寄り、「お互いに持ち味を発揮し合って、良いゲームができて嬉しかった」と伝えるのは、対戦相手とも「スポーツに携われる喜び」と「スポーツの素晴らしさを世の中に広めるという目標」を分かち合っているからだ。

 彼女たちはこの「分かち合う」という価値観を、サッカーを通じて私たちの暮らす世の中に育てている。思えば、あの東日本大震災後のワールドカップで、彼女たちが傷ついた人たちの希望となった理由も、困難な境遇でも諦めずに力を合わせて前に進むことの大切さを、多くの人と分かち合うことができたからだろう。

 彼女たちは10数年間、女子サッカーという小さな火を守り抜いた。その種火で、今度は世の中のトーチに明かりを灯す番だ。熱烈なファンを増やすばかりでなく、「女子サッカー選手のように分かち合おう」という人の心を育てることが、人々の間に定着するための最良の道であるはず。女子サッカーには、ずっと前から「分かち合う」文化がある。

江橋よしのり(えばし・よしのり)
執筆家、編集者、女子サッカー解説者。日本人メディア唯一のFIFA女子バロンドール投票委員を務める。著作『世界一のあきらめない心』(小学館)、『新なでしこゴール!!』(講談社)などのほか、『夢をかなえる。』(澤穂希著)、『なでしこ力』(佐々木則夫著)などの構成を担当。


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#女子サッカーを文化に

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