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地道な努力でつかんだプロ入り…徳島加入DF井筒陸也「中学でも高校でも大学でも、サッカーを辞めようと思った」

2016.01.24

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インタビュー・写真=平柳麻衣

 中学でも、高校でも、大学でもサッカーを辞めようと考えた。しかし、DF井筒陸也のサッカー人生は、自分を必要としてくれるチームのために続いていった。そして、いよいよ今年、徳島ヴォルティスでプロ生活が幕を開ける。「チームのことを考えて努力できるタイプ」と自負する井筒は、ひたむきにサッカーと向き合い、進化を続けていく。

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まだサッカーを続けたいなと心のどこかで思っていたんだと思う

――サッカーを始めたきっかけは?
井筒 小さい頃に喘息を持っていて体が弱かったので、何かスポーツをやった方がいいと勧められ、小学1年の時にエルバFCジュニアという近所のサッカーチームに入りました。

――当時のポジションは?
井筒 左利きなので、左のセンターバックや左サイドバックをやることが多くて、プレースタイルは今とほぼ変わらないです。足が遅かったので、あまり攻撃的なポジションはやったことがありません。

――前の方のポジションをやってみたいと思ったことはないのですか?
井筒 ほとんどないですね。自分が点を取ったりして注目を浴びることよりも、昔から「チームがどうしたら勝つか」を考えてプレーするタイプだったので。

――関西学院大学ではキャプテンを務めていますが、昔からチームの中ではまとめ役を担っていたのですか(取材は2015年12月中旬に実施)?
井筒 そうですね。エルバFCジュニアユースに入った中学時代は、キャプテンではなかったですけど、キャプテンに近い立場でやっていました。高校で初めてキャプテンを務めて、自分のキャラが確立されたと思います。

――初芝橋本高校出身ですが、進学を決めた理由は?
井筒 地元の大阪の高校もいくつか声をかけてくれたのですが、大阪は高校サッカーの激戦区でなかなか全国大会に出るのが難しいので、和歌山で強い初芝橋本を選んで、大阪から通っていました。

――高校時代で特に記憶に残っている大会や試合はありますか?
井筒 僕が入学した頃は低迷していて、和歌山県大会を勝ち抜くのも難しく、インターハイは何年も出ていなかったのですが、自分たちの代で何とか予選を突破することができました。その県大会決勝(和歌山北高校に2-1で勝利)は自分がキャプテンになって初めてチームを全国大会に導いた試合でしたし、自分も得点に絡んだので、記憶に残っています。

――卒業後、関西学院大に進学した経緯は?
井筒 実は、高校でサッカーを辞めるつもりだったんです。もっと言うと、本当は中学でも辞めようと思ったんですけど(苦笑)。でも、大学進学を考えた時に、指定校推薦だと自分で学部を選べなくて、あまりピンとくる大学がなかったんです。大学では勉強もしっかりやりたかったので、スポーツ推薦で関学に入れたらいいな、と思ってセレクションを受けたら合格しました。なので、入学前はあまり関学のサッカーのことを知りませんでした。

――中学でも高校でも結局、サッカーを続けようと決めたのはなぜですか?
井筒 中学の時は受験勉強が嫌でしたし(苦笑)、高校から声をかけてもらったことが素直にうれしかったので。でも、高校3年間は苦しいことばかりで地獄を見ました。高校で辞めなかったのは、言い方は悪いですけど、サッカーを利用して自分の行きたい大学に入れるからというのが理由の一つです。あとは、各年代でやりきれなかったことがあったから。中学の時は全国大会に出られなかった悔しさがあったし、高校の時は全国大会には出たけど全然勝てなくて、自分自身もあまり成長できなかったので、やっぱりまだサッカーを続けたいなと心のどこかで思っていたんだと思います。

――大学に入学して、高校との違いに驚いたことなどはありましたか?
井筒 まず、グラウンドが芝生だったこと。あと、僕と入れ替わりで卒業した阿部(浩之/現ガンバ大阪)君や梶川(諒太/現湘南ベルマーレ、2016シーズンはV・ファーレン長崎に期限付き移籍)君、僕らが1年の時に4年生で、東京ヴェルディに行った井林(章)君のように、プロに行く選手が身近にいることがすごく新鮮でした。同期にも小林成豪(2016シーズン、ヴィッセル神戸加入)や呉屋(大翔/2016シーズン、G大阪加入)といった、有名な選手や名門校から来た選手がたくさんいたので、サッカーのレベルも高いと感じましたし、そういう人たちと一緒にできるのは初めての経験だったので、自分にとってはすごく衝撃的でした。

――関学でレギュラーになったのはいつ頃からですか?
井筒 チームに左利きのDFがあまりいなかったので、1年生の時からAチームのベンチメンバーには入っていて、2年生の始めから先発に定着しました。最初はチーム内に同じポジションができる選手が他にいないから使ってもらえているという感じで、僕自身の実力は全然足りなかったと思うんですけど、僕としては「試合に出られればいい」と思ってやっていました。試合をこなす中でうまくなってやろうという気持ちでしたし、実際にいろいろなことを吸収できたと思います。

――大学でのポジションは?
井筒 2年生の時は左サイドバックで、3年、4年はセンターバックでした。自分としてはセンターバックの方がキャリアが長いですし、攻撃は得意ではないので、後ろの方が向いているかなと思います。

――センターバックの楽しさや魅力はどんなところに感じていますか?
井筒 他のポジションと比べて疲労が少ないので、常に冷静に自分のプレーを選択したり、チームメートに声をかけるなど、チームのために働きかけられるところです。サイドバックやボランチだと自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、試合を俯瞰して見られなくなってしまうんです。僕は考えることが好きで、サッカーもプライベートも引いた位置から見たいので(笑)。

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僕のようなタイプのプロ選手はあまりいない

――ご自身のプレーの持ち味はどこですか?
井筒 左利きのDFということですね。特にセンターバックはあまりいないので、貴重だと言われることが多いです。ビルドアップの部分でボールを失わずにディフェンスラインから前に進めたり、左利きにしかできないボールの持ち方や、左利きにしか通せないパスコースがあるので、そこが武器だと思っています。

――見習っている選手や目標の選手はいますか?
井筒 左利きのDFってホンマにいなくて、なかなか目標とする選手に出会えないんですよね(苦笑)。

――右利きのセンターバックのプレーを見ても、感覚などが違うのですか?
井筒 参考にすべきところはたくさんあるんですけど、目が行くのは左利きの選手です。左サイドバックで言うと、川崎フロンターレの車屋紳太郎選手とか。筑波大学時代のプレーは見たことがなかったのですが、2014年にフロンターレの試合を観に行って、車屋選手と谷口彰悟選手はすごくうまくて、顔もカッコいいなと思いました(笑)。

――大学4年間で印象に残っている思い出はありますか?
井筒 総理大臣杯の優勝はすごくうれしかったです。僕らが入学した時は「日本一になる」ことが漠然としていて、手の届かない領域のようでした。でも、徐々に近づいてきて、3年生の時のインカレ(全日本大学サッカー選手権)で準優勝して、4年生の総理大臣杯で初めて日本一になれたので、目標を立ててがんばればできるんだと感じました。

――新シーズンからは徳島でプレーしますが、加入に至った経緯は?
井筒 徳島の小林伸二監督(現清水エスパルス監督)が、過去に関学の成山一郎監督を指導していたことがあった関係で、練習試合でサテライトのメンバーが足りない時に、大学生を借りたいと要請があったんです。それで僕が1年生の時に試合に出ていなかったので、行っていいよと言われて2回ほど出張しました。その後も何度か声をかけてもらって、4年生の6月頃には5日間ほど練習参加もして、総理大臣杯の後にオファーをいただいて。1カ月くらい悩んだんですけど、行くことにしました。

――他のクラブからもオファーがあったのですか?
井筒 いや、例のごとく、今後もサッカーを続けるかどうか迷っていたんです(笑)。

――就職活動はしていたのですか?
井筒 最初はしていたんですけど、サッカー部の業務などが増えて、両立できなくなってしまったんです。エントリーシートを出しても、結局面接に行けないという状況が続いていたので、内定をもらえないまま途中で止めました。だから、オファーをもらった時は翌年もう一度就活をするか、サッカーを続けるか、という2択で迷っていました。

――悩んだ結果、続けることにしたと。
井筒 やっぱりサッカーをしようという、いつもどおりの展開です(笑)。

――決断の決め手は?
井筒 一番の理由は、それほど知名度がない僕のことをちゃんと見ていてくれたことがうれしかったからです。

――練習参加した時に、特に話をした選手はいますか?
井筒 佐々木一輝さんが、高校の同級生の大学の先輩なのですが、その同級生が事前に連絡をしてくれていたので、佐々木さんから声をかけてくれました。あと、2013年に阪南大のキャプテンをやっていた窪田良君は関西リーグで対戦していたので、僕が一方的に知っていて、「あっ、窪田良君がおる!」と思いました(笑)。みんなすごく優しかったですし、これから一緒にサッカーができると思うと、すごく興奮しました。

――これから始まるプロ生活に対して、どんなイメージを持っていますか?
井筒 僕はユニバーシアード代表にも選ばれてないですし、個の能力がぶっちぎりで高いわけではないと思うので、初年度からキレキレで活躍するのは難しいかもしれません。だけど、大学時代のように自分の立場やチームのことを考えて努力することは心折れずにできるタイプなので、地道にやっていこうと思っています。

――目指していきたいプレーヤー像は?
井筒 成山監督には、守備でも流れを変える選手になるべきだ、とよく言われました。攻撃の選手は点を取ったりシュートを打つことで、流れを変えたり、チームを盛りあげたりできるけど、守備の選手は難しいところがあります。だけど、対人の強さを発揮したり、いいパスを1本通すだけで流れを変えられる選手はいると思うし、自分もそれができたらいいなと。そのために、フィジカルや対人プレーはもっと磨かなければいけないと思っています。

――最後に、プロでの目標を教えてください。
井筒 大学生活、関学での経験をとおして、自主性を身につけました。それはプロに行っても大事にしたいと思っていますし、僕のように少し理屈っぽいというか(笑)、考えるタイプのプロ選手はあまりいないと思うので、そこで他の選手との違いを見せて、サッカー界に需要のある選手になりたいと思います。そのためには、やはり試合に出ることが大事ですし、出るだけではなくチームをJ1に昇格させることも必要です。そしてゆくゆくは、チームのリーダーになれたらいいなと思っています。

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