2016.01.25

高校サッカーアンバサダーが語る「高校サッカーの魅力と仕事をする上で大切なこと」/後編

今年94回を迎えた全国高校サッカー選手権大会。日本テレビグループ高校サッカー担当として18年間選手達の汗と涙を見つめ続け、現在は「高校サッカーアンバサダー」という立場として、部活動ならではのスポーツの価値を提唱するのが澤田勝徳(さわだ・かつのり)氏だ。毎年数々のドラマを生み出す高校サッカーの現場で仕事をすることの醍醐味、印象に残るワンシーン、スポーツ業界で求められる要素などについて話を伺った。

インタビュー・文・写真=波多野友子

――高校サッカーの他には、どのようなスポーツイベントにかかわったのですか?

澤田勝徳 入社直後にはヴェルディ川崎のホームタウン推進部の事業を受託し、場内イベントやファンサービスを運営しました。2011年、2012年にはFIFAクラブワールドカップジャパンのボールクルー事務局を担当。「高校サッカーから世界へ」というコピーを掲げて「高校サッカー」と「クラブワールドカップ」の懸け橋として高校生プレーヤーをボールクルーとしてブッキングしました。この企画は、コカ・コーラ社という大企業と高校サッカーの初の共同プロジェクトとして成功を収め、話題となりました。サッカー以外の競技で印象に残っているのが、2009年と2013年に開催されたFIVBバレーボールワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャンバレー)のプロデューサー業務です。会場選定、チケッティング、プロモーション、ロゴデザインなどの事業運営を統括したのですが、大会終了後FIVB国際バレーボール連盟の方から名指しで褒めてもらったんです。「澤田の仕事はパーフェクトだ」と。この評価で自分の仕事の進め方は世界で通用する、グローバルスタンダードだ」と、後の仕事への大きな自信に繋がりました。

――幅広くスポーツ運営に関わってきたのですね。メイン担当の高校サッカーに関して、印象に残っている選手や感動したワンシーンがあればお聞かせください。

澤田勝徳 75回大会、桐光学園10番中村俊輔選手のフリーキックは、いまだかつて見たことのない精度の高さに驚愕しました。また83回大会抽選会での、星稜高校の本田圭佑選手と滝川第二高校の岡崎慎司選手の握手のシーン。今の日本サッカーを担う二人がまだ制服を着たサッカー部員だったあの時、一体どんな会話が交わされたのかと想像すると胸が熱くなります。

――彼らを始め、高校サッカーは多くの代表選手を輩出しています。「部活動」ならではの強みとはなんだと思いますか?

澤田勝徳 部活とは選手にとって「帰るところ」「心のよりどころ」だと思います。ベテランJリーガーもよく年初めには母校へ挨拶に訪れていますよね。また長谷部誠選手が浦和レッズで活躍しはじめた頃、母校の藤枝東高校へ訪れた際恩師に「茶髪の選手はピッチに入るな」と一喝され、心を入れ替えたというエピソードもあります。3年間の部活動の中で、恩師や仲間を始め多くの人からサポートを受ける。そのサポートに感謝しなさいと教えてもらえる。そんな日々をおくる3年間は将来、プロ選手や社会人になったとき絶対的な強みになると思います。

――澤田さんにとって、高校サッカーなどスポーツイベントの現場にかかわれることの醍醐味はなんですか?

澤田勝徳 台本通りには進まないスポーツというものを、運営という立場では台本通りに進めなくてはならないというところに難しさとやりがいを感じます。またレベルの高低は関係なしにスポーツ現場では本物の汗や涙、声援を体感できることも何にも代え難いですね。
高校サッカーのテレビ中継がはじまり45年、その間何度か大会の存続を左右する危機に直面してきました。それを乗り越えることができたのは、プレーヤーや指導者の「魂」、放送事業にかかわる全国のテレビ局スタッフや、高体連の先生方の「情熱」、そして大会を見守る保護者や先輩、母校や地域の方々の「愛」が支えてくれているからだと感じています。そんな思いを直に感じられることが一番大きな醍醐味です。

――そんなスポーツの現場で働く上で、澤田さんが大事にしていることや必要だと思うことを、アドバイスも含め教えてください。

澤田勝徳 仕事をする上での私のポリシーは「フェイス・トゥ・フェイス」です。100通のメールより30分会って話をするほうが、仕事は効率的に進みます。高校サッカーでは先生との打ち合わせは学校へ行き、終われば一緒に練習にも参加します。グラチャンバレーの運営に携わった時は、週に3~4日は日本バレーボール協会に顔を出していました。おかげで私の人となりを仕事相手に理解してもらえましたし、その結果いい大会にできたと自負しています。それから「計画性と情熱」、この2つも必要なファクターです。例えば選手や指導者に取材やイベント出演を申し込む場合、彼らのスケジュールを把握してコンディションに負荷の掛からない日程を逆算し、計画することは大前提です。そして上辺だけではない、本物の熱意をもって彼らと向き合うこと。私は「熱意なき者成功なし」を座右の銘のひとつに掲げていますが、スポーツ業界で働く人の多くが情熱の大切さについて語るでしょう。実際に業界全体が情熱のベクトルを合わせて動いていますし、それが足りないと仕事相手には見透かされてしまうと感じています。

――最後に伺います。今年開催された高校サッカー94回大会で、澤田さんの母校でもある國學院久我山高校が初の決勝に進出しました。率直な感想をお聞かせください。

澤田勝徳 残念ながら優勝は逃しましたが、悔しさよりも感謝が大きいですね。というのは、高校サッカーというコンテンツを通じて人と人が繋がる喜びを、私に心の底から感じさせてくれたからなんです。決勝戦の埼玉スタジアムでは、いくつもの人と人の繋がりを目にし、体験しました。在学中はサッカーに関心の薄かったと思われるOB・OGや、現役の久我山の全校生徒が応援に詰めかけている様子に圧倒され、懐かしい先生や先輩、同期、後輩との再会に喜び……。また社内でも、普段言葉を交わす機会が少ない人から「決勝進出おめでとうございます」「久我山惜しかったですね」などと声を掛けてもらいました。
今回、母校の活躍により、毎年「高校サッカー」で活躍をしたチームは、それぞれの地元で私が経験した様な人と人とのつながりを実感しているのだと確信することができました。それこそが高校サッカーの持つ力であり、勝敗の一喜一憂のみならず、スポーツが人と人を繋ぎあわせるというスポーツ文化の一面を体験できたことに感謝です。長年の経験からわかっていたつもりのことを当に経験でき、感謝の気持ちをワンランク上げてくれた忘れられない大会となりました。

高校サッカーアンバサダーが語る「初めて担当したのが75回大会、奇しくも母校國學院久我山の東京決勝」/前編

高校サッカーアンバサダー(元日本テレビスポーツ局プロデューサー)
澤田 勝徳(さわだ かつのり)

1971年 4月9日生
1994年 國學院大学卒業
※國學院久我山高校サッカー部OB
1994年 株式会社コンセイトZ 入社
※ジーコのマネジメント担当
1996年 株式会社日本テレビサービス 入社
※高校サッカー事務局、コンテンツ営業部など
2005年 同 事業部副部長
2007年 株式会社日テレイベンツ スポーツ事業部次長
2008年 日本テレビ放送網株式会社 スポーツ事業プロデューサー
※高校サッカー大会実行委員、事務局次長。他スポーツイベントのプロデュースなど
2014年 株式会社日本テレビサービス ファンド事業部長 事業開発部(兼)経営企画マネジャー
※新規コンテンツ開発、事業展開プランニングなど
    (日本テレビグループ)コミーゴ株式会社 取締役
 ※関東プリンスリーグ、東京Tリーグの運営など

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