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ACミランサッカースクール東東京校テクニカルディレクターの元セリエA選手が語る奥深いイタリアサッカー(2)

2015.12.04

●連載第1回目

今年9月に国内5校目となるACミランサッカースクール東東京校が開校した。テクニカルディレクターとして東京に常駐し、すべてのトレーニングの指揮を執るのが、エンポリ、ウディネーゼ、ラツィオ、アタランタなどで活躍した元セリエA選手のマヌエル・ベッレーリだ。今回、セリエAで149試合の実績を誇るベッレーリが自身のキャリアを振り返りながら、イタリアのサッカーの数々の疑問に答えてくれた。

――ルメッザーネからはエンポリに移籍し、22歳のときにセリエBにデビューしたよね。

ベッレーリ プレーする準備は十分に整っていた。セリエBでプレーするのはそれほど大変ではなかったんだ。セリエBといってもレベルはとても高かった。でも、エンポリに加入した一年目は、セリエAから降格したばかりでチームメイトは全員が優秀な選手だったんだ。だから、セリエBで初めてプレーするのもそれほど苦しむことはなかったんだ。

――エンポリでの4年目にセリエA昇格を果たしたよね。その当時、25歳だったけど、自信はあった?

ベッレーリ 自信はなかったね。それまでセリエAではプレーしたことがなかったから。

――でも1年目のセリエAでは、出場停止になったキエーヴォ戦を除き、全試合に出場したよね。

ベッレーリ そうだね。自分のストロングポイントはメンタルの強さ。だから、セリエBでも一瞬、『やっていけるのかな』と思ったけど、結果として良いプレーができた。セリエAでもやはり一瞬は『やっていくのは難しい』と思ったけど、満足の行く結果を残すことができたんだ。メンタルの強さが僕を助けてくれ、戦いに打ち勝つことができたんだと思う。

――自信は徐々に強くなっていったんだね。

ベッレーリ そう、次第に強くなっていった。セリエAでプレーするという恐れはやがて消えていったよ。

――それから、初めてセリエAでデビューしたシーズンには、パルマの中田英寿とレッジーナの中村俊輔と対戦しているよね。

ベッレーリ 2人ともテクニックは極めて高かった。ほかの選手との違いは、2人とも非常に高いテクニックを擁し、相手を抜き去る技術に秀でていることだった。ACミランスクールの日本の子供たちを教えていても、テクニックの高さは共通して言えること。日本の子供たちはとてもテクニックが優れている。日本は子供たちもプロ選手もテクニックが優れているということが言える。

――中田選手はフィジカルも強かったよね。

ベッレーリ 重心が低く、そのため俊敏で、ボールキープの面でも長けていたよ。

――エンポリではシルヴィオ・バルディーニという監督に指導を受けているけど、この監督も(元ミランのアッリーゴ)サッキ、(元日本代表監督のアルベルト)ザッケローニ、そして今ナポリを指揮している(マウリツィオ)サッリのようにプロ選手の経験がない監督だったよね。どうやって、プロ選手の経験のない監督が、選手のハートをつかむことができるのかな?

ベッレーリ 選手はずる賢いもので、監督がチームにやってきた時に、ピッチの上から監督に質問をぶつけるんだ。それで正しい答えが出されれば、監督への信頼が増すことになるんだ。自分が今、強いメンタリティーを持っていることができているのは、このバルディーニのおかげだと思っている。バルディーニは確かに選手としての経験がなかったけれど、とても強いメンタリティーを備えていた。問題を解決する際、過去を振り返ることなく、仕事をとても前向きに行う傾向にあった。自分のキャリアの中ではとても重要な監督だったよ。

――イタリア代表の話しになるけど、最近は優秀なセンターバックが減ったよね。(ミランのアレッシオ)ロマニョーリや(ユヴェントスのダニエレ)ルガー二といった有望な若手も出てきているけど。

ベッレーリ これはどう説明したらよいかよくわからないけど、イタリアはずっと守備を主体としてきた。今でも守備に重点を置くチームはたくさんある。でも、チャンピオンズリーグでバルセロナやレアル・マドリーのように攻撃に優れたチームが優勝したという現実を見て、ヨーロッパはもちろん、イタリアでも最近は守備から攻撃に比重を置くように考える人たちが増えてきているのかもしれないね。

――今のサッカーの風潮の変化によりイタリアで優れたセンターバックがいなくなってしまったということかな。

ベッレーリ たぶんそういうことだと思う。今は守備の選手でもボール扱いの上手さやが求められている。こういったことが守備の選手の育成に影響を及ぼしているのだろう。フィジカルだけが強じんなクラシックなタイプで、テクニックは劣るというセンターバックは、淘汰されてしまう。今は最後尾からゲームを構築する能力も求められるからね。

――ファビオ・カンナヴァーロもセンターバックに求められるものが多くなったと言っていたよ。

ベッレーリ 監督がそういう技術力に優れた選手を必要としている。これはGKにも当てはまるけど、GKも足元の高い技術が求められるようになったからね。ともかく、センターバックは以前の役割だけでなく、中盤の選手のような働きが求められるようになった。

――イタリアでは優秀なGKがたくさん出てきているよね。(ミランのジャンルイージ)ドンナルンマはまだ16歳。信じられない選手。

ベッレーリ GKも足元の技術が求められるようになって、ボールを前方にただ放り込むということは許されなくなった。ドンナルンマはセービング力も高いけど、とりわけ足元の技術が高い。年齢が高い世代のGKには、足元の技術が高いGKが見られない。GKの役割も一新された。

――エンポリでは君と同い年の(現ウディネーゼのアントニオ)ディ・ナターレとプレーしているよね。当時から素晴らしい選手になれると思っていた?

ベッレーリ 背が低いという問題はあった。上手くやれると思ったし、実際今も良くやっている。ビッグクラブにいけななかったが、それはフィジカルの問題だけだったんだ。例えば(ジョゼ)モウリーニョが指揮したインテルが3冠を達成した時、インテルの選手たちはフィジカルが強い選手たちをそろえていた。ディ・ナターレはフィジカルの強さはなかったけれど、素晴らしいテクニックを備えていた。自分が見てきな中で最もテクニックの優れた選手の一人で、信じられないようなプレーをしていた。フィジカルに恵まれなかったことでチームが制限されてしまったんだと思う。

――ディ・ナターレはユヴェントスへの移籍に近づいたけど拒否したよね。

ベッレーリ そうだね。オファーを受けた時に年齢が高かったこともあるし、家庭の問題もあったのだと思う。それにウディネーゼでは良くやっていたからね。もし、オファーを受けるのが6、7年前だったら、ユーヴェへの移籍を受け入れていたと思うよ。

――エンポリでプレーしていた頃、セリエAではチームごとにボールのメーカーとスポンサー契約を結んでいて、試合ごとにボールが変わっていたよね。

ベッレーリ そうだったね。以前は試合によってボールが変わっていて、それから統一ボールが導入されることになった。ボールが試合ごとに変わることに議論されることもあったよ。メーカーによって弾道が異なったから。特にGKはメーカーによって特徴が異なるから不満を述べていたよ。そういうこともあってイタリアでは統一ボールが導入されることになったんだ。統一ボールが導入されたことで、それぞれのチームがボールの違いにまどわされることなく、しっかりとトレーニングすることができるようになった。

マヌエル・ベッレーリ
1977年8月29日、イタリア北部ロンバルディーア州ブレッシャ県ガルドーネ・ヴァル・トロンピア生まれ。エンポリに所属した2002-03シーズンにセリエAデビュー。以降は、ウディネーゼ、ラツィオ、アタランタ、ボローニャでプレーしセリエA通算149試合に出場した。11-12シーズンに所属したSPAL(レーガ・プロ・プリマ(3部リーグに相当))を最後に現役を引退し、2014年にACミランアカデミーに加入。2015年5月よりACミランサッカースクール東東京校テクニカルディレクターに就任している。欧州サッカー連盟(UEFA)公認B級ライセンス所持

ACミランサッカースクール東東京校公式サイト
http://acmilansoccerschool-easttokyo.com

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