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「コーナーキックは得点のチャンスを高めない」と話す2人の研究者

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チェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督は、コーナーキックを得たときにプレミアリーグのファンが「これは得点のチャンスだ!」とあまりにも喜びをあらわにする声援に苦言を呈している。
「コーナーキックがこれほどまでの拍手喝采を浴びる国がほかにあるだろうか? そんな国はどこにもない。コーナーがこれほどまで評価されている国はイングランドだけだ」。
チームがコーナーキックを獲得すると、「これは得点のチャンスだ!」と喜ぶファンが多いのは、なにもイングランドに限っただけではない。日本のJリーグであっても、コーナーキックからの得点の可能性をファンは期待する。
それには、テレビやネットから流れるダイジェスト映像が影響しているのかもしれない。コーナーから蹴られたボールが、ヘディングによってゴールさせる。そんな場面を繰り返し見ているうちに、コーナーキックは得点が入る確率の高い攻撃だと感じてしまう。
しかし、それは統計学上、間違った認識であると述べる者が現れた。「コーナーキックは得点のチャンスを高めない」というデータを示した研究者たちである。
1人はコーネル大学教授のクリス・アンダーセン氏で、もう1人はダートマス大学教授のデイビッド・サリー氏である。彼らが記した共著(注)には、「コーナーキックで得点のチャンスが高まるという期待は、サッカー界の神話のひとつだ」と言及されている。
彼らはまず、シュートとコーナーキックには相関関係があると述べる。これは当たり前のことで、シュートを打てばそれを防ごうとして相手はブロックする。ボールがゴールラインを越えたなら、コーナーキックのチャンスになる。
逆も同じく、コーナーキックを蹴れば相手はゴールを守ろうとクリアしようとする。たとえば、クリアしたボールがペナルティー・アーク近くに落ちるとミドルシュートのチャンスに繋がる。このように、シュートとコーナーキックには相関関係があることはわかる。
問題は、コーナーキックがどれくらいの確率でシュートに繋がっているのかということだ。
2人の研究者は、2011-12シーズンのプレミアリーグの134試合を調べる。134試合中にコーナーキックの場面は、1434回あったという。そのうちコーナーキックが直接シュートに繋がったのは20.5%であり、つまりコーナーキックを5回蹴って1本シュートを打った計算になる。
さらに、コーナーキックからシュートしてそれがゴールに繋がるケースは、9本シュートを打って1本になるということだ。すなわち、統計学上は、コーナーキックを蹴ってシュートしても89%がゴールに繋がらないことになる。
ストーク対マンチェスター・U戦で見られたコーナーキックからのゴールシーンは、実は、まれにしか起らない現象にたまたま私たちが遭遇したことになる。なぜならば、コーナーから生まれるゴールの可能性を数値化してそれを平均化すると、その可能性は、たった約2.2%しかないのである。
もっと言えば、統計学上、プレミアリーグでコーナーキックから得点が生まれるのは、10試合に1度しか見られないことになる。
コーナーの近くに味方の選手を立たせて、その選手にボールを送って攻撃をしていくショートコーナーを使ったやり方が見られるのも、コーナーキックからの得点の確率の低さがもたらしたものなのだろう。
最初のサッカーアナリスト、チャールズ・リープの功罪
データ分析を専門にするアナリストが、近年様々なクラブで活躍するようになった。
世の中に知られるところでは、データ分析の礎を築いたのはチャールズ・リープだと言われている。彼は、1904年にイングランド南西部の都市コーンウォールで生まれた。会計学の勉強をした後に英国空軍に入隊する。
1933年にリープはある人物に出会う。その人物とは、当時、アーセナルのキャプテンを務めていたチャールズ・ジョーンズである。空軍内でジョーンズは、アーセナルのウイングがシステムの中でどのような役割を担ってプレーしているのか、というテーマで講演を行った。
ジョーンズの講演内容に影響を受けて、リープは、会計学から学んだ方法論をサッカーの分析に応用できないかと思案する。彼がなぜサッカー分析に魅せられていったのかと言えば、それまでのサッカー観戦の見方が「記憶や先入観、主観的な印象が導く推測やサッカーイデオロギー」を中心に成り立っていたので、「それらの見解に異を唱えること」であったと述べる。これがリープの功績にあたるものだと言える。
彼は、生涯を通して2200試合以上のデータを残した。1968年にイギリス統計局統計主任のバーナード・ベンジャミンと記した共著において、過去のデータに基づいて試合中に起きると予測可能なパターンを示せるかどうかに言及した。その検証によって、確率論としてピッチで行われるプレーを統計学上割り出せることを明らかにする。たとえば「パスの91.5%は4回以上つながらない」などの事実である。
リープが生きた時代のイギリスは、1929年の世界大恐慌から立ち直れないでいた。そうした経済環境のときに、ケインズという経済学者が、1936年に発表した著書によって打ち立てた経済理論がある。長引く不況を打破するために「政府が経済政策によって、有効需要を作るべきだ」と考えた。
つまり、不況が続くのは需要が少ないから起こるのであって,改善策として国が需要を増やしてあげれば景気は良くなる、という理論である。それを実現するには、労働の効率化が必要だとした。
この理論を後押しするために、イギリスの財務省は、各種の経済活動のデータを集めて労働効率の改善をはかろうとする。リープが行った分析もまったく同じ土壌のもので、プレーのデータを集めてそこから効率のよい戦い方を提示しようとしたのである。これはリープの罪の方と呼べるものである。
リープは、数字から捉えられる分析をするだけではなく、疑いようのないと思わせる価値を本当のものとして提示したのだ。
ボールを丁寧に繋いで相手ゴールを目指して崩すというポゼッションは、確率的に見れば勝利するのにむかない戦術で、勝利のためには、できるだけ手間を省いて相手のゴール前にボールをいっきに運ぶことが最善策だと唱えたのである。
実は、ロングボールを使った戦術のひとつであるキック&ラッシュは、リープのこうした提言が下支えになっている。
さらにリープの分析は、現代サッカーのプレーを描き出している側面もある。それは、高い位置から相手にプレッシャーをかけてボールを奪うというプレッシングサッカーの有効性を述べるものだ。アタッキングサードでボールを奪った場合、30%がシュートに繋がって、そのうちの半分はゴールになっているという分析である。これは功績の部分にあたるものだ。
サッカーを見るための多くの視点を作り出したパイオニアと呼べるリープは、歴史的には評価が高くないと言われる。なぜならば、イデオロギーや固定観念でサッカーを見てはならないと謳った本人の行き着いた先が、数字の解釈においてイデオロギーの上でなした方法論に行き着いたからである。
コーナーキックによる得点の機会は、統計学上、10試合に1回だと言われる。ストーク対マンチェスター・Uの試合では、1試合で2回のコーナーキックからの得点があった。それは数字の世界では、相当にまれな出来事にあたる。
統計学ではじき出された「コーナーキックは得点のチャンスを高めない」という理論を打ち破った試合を、私たちは目撃したことになるである。
(注)参考文献:『サッカーデータ革命』(辰巳出版)、2014年、著者クリス・アンダーセン、ディビッド・サリー、訳者児島修