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カントナに誘われるフットボールの救い ~柳下毅一郎の映画スタジアム~【第1回】『エリックを探して』(原題:Looking for Eric)

2014.09.26

 映画評論家である柳下毅一郎氏によるサッカームービー紹介コラム。第1回はマンチェスター・Uで活躍した元フランス代表FW“キング・エリック”ことエリック・カントナが出演した、2009年公開のイギリス映画、ケン・ローチ監督の『エリックを探して』(原題:Looking for Eric)を紹介する。(サムライサッカーキング 2013年10月号掲載)

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(C)Canto Bros. Productions, Sixteen Films Ltd, Why Not Productions SA,Wild Bunch SA, Channel Four Television Corporation,France 2 Cinema, BIMDistribuzione, Les Films du Fleuve, RTBF (Television belge), TornasolFilms MMIX

 フットボールは世界で最も普及したスポーツだ。言葉は通じなくても、フットボールでなら人と会話することができる。スタジアムの中だけでなく、どこへ行こうとフットボールは人々に希望を与え、絶望させ、力を与え、夢をくれる。

 フットボールは人生なのだ。

 この連載では映画スクリーンに映るフットボールを追いかけてゆくつもりだが、たぶん、フットボールと人生のかかわりについて最もよく知っているのはイギリス人の映画監督ケン・ローチだろう。

 巨匠ケン・ローチは1960年代から一貫してイギリスの庶民を追い続けている。そしてイギリスの庶民にとって、大事なのは常にフットボールだった。ケン・ローチの映画では、陰に日向にフットボールと人々とのかかわりが描かれる。労働者階級のスポーツであるフットボールは、労働者階級とともに歩むローチの映画にとっては唯一の希望なのである。

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 2009年作品『エリックを探して』はマンチェスターで郵便局に勤める中年男、エリックが主人公である。エリックには離婚した妻と娘がいるが、血の繋がらない義理の息子(後妻の連れ子)と一緒に暮らしている。後妻は子供だけ置いて出て行ってしまった。反抗期の息子たちはよからぬ輩と付き合いをしており、家にはドラッグや銃を持ちこむ。欝に落ち込み、自殺を試みたエリックを見かねた友人たちは自己啓発のセッションへ誘う。「尊敬する人物は?」「エリック・カントナ! キング! 史上最高のフットボーラー!」

 そう、エリックはカントナを神と崇めるマンチェスター・ユナイテッドの熱狂的なファンだったのである。その夜、息子が隠し持っていたマリファナを吸ったエリックの前にエリック・カントナ(本人)が現れる。

「エリック、君の一生悔やむ失敗はなんだ?」

 キングことエリック・カントナはおそらくユナイテッドで最も愛された選手だろう。華麗なプレーでフィールドを支配する王は、傲慢な言動と誰よりも熱い情熱でファンを虜にした。

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 何よりも有名なのはクリスタル・パレス戦で観客にカンフー・キックを浴びせたことだろう。1995年1月、敵チームのDFに対して報復の蹴りを入れて退場を命じられたカントナは、クリスタル・パレスのファンに野次られて腹を立て、客席のファンに向かって跳び蹴りをかましたのだ。後にも先にも、スタジアムでファンに蹴りを入れた選手は彼くらいだろう。

 カントナは9カ月の出場停止を命じられる。だが、もちろんユナイテッドのファンはカンフー・キックに熱狂した。カントナこそ自分たちの代表、自分たちの代弁者、自分の代わりにボール(と憎き敵)を蹴り飛ばしてくれる男なのだ! 翌シーズン、出場停止明けのカントナの大活躍でユナイテッドは見事リーグとFAカップの二冠を達成する。

 カントナは1997年に早過ぎる引退を遂げたが、その後はキャラクターを生かして俳優業にも挑戦している。『エリザベス』(98年)で顔見せ出演後、何本かの映画に出ているが、満を持して自らの企画で製作したのがこの『エリックを探して』である。

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 エリックは過去の様々な間違った選択のせいで道を誤ってしまった。そんな迷えるユナイテッド・ファンに道を指し示すのがカントナなのである。

 マリファナの煙とともに現れるカントナはもちろんエリックにしか見えない。彼の心に浮かぶ存在は誰でも良かったかもしれない。

 郵便局員仲間が言うようにネルソン・マンデラでもガンジーでもいいのかもしれない。だが、それはやはりカントナでなければならない。欠点だらけのスーパースターだけが、ユナイテッド・ファンの魂を揺さぶることができるのだ。

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 マンチェスターならではの点描も楽しい。エリック以外の仲間もユナイテッド・ファンばかりなのだが、中にはマルコム・グレーザーの買収騒動でユナイテッドのサポーターを辞めたという男もいる。彼は反グレーザー派が作ったFCユナイテッド・オブ・マンチェスターのサポーターなのだが、ユナイテッドのことも気になっていて、ユナイテッド・サポが集まるパブの外からテレビをチラ見。だが仲間たちは「裏切り者!」、「おまえのチームはここじゃないだろ!」と追い返すのだ。

 エリックはカントナに導かれ、やがて人生をやり直すための道を辿り始める。だが、元妻との関係はうまくいかないし、自分を父親とも思っていない息子たちは凶暴なドラッグ・ディーラー相手に窮地に追い込まれてしまう。元よりダメ男エリックは力もないし度胸も足りない。いくらか勇気を奮い起こし、自分の態度をあらため、おずおずと手を伸ばすくらいですべてが解決するわけではない。絶体絶命の危機に追い込まれた時、エリックを救ってくれるのはファンタジーのカントナである。労働者階級の冷たい現実ばかりを描き続けるローチが初めて描く救いは、フットボールへの夢によってもたらされるのだ。

『エリックを探して』
【監督】ケン・ローチ
【脚本】ポール・ラヴァティ
【出演】スティーヴ・エヴェッツ、エリック・カントナ、ジョン・ヘンショウほか
【公式サイト】www.kingeric.jp
【発売元】アミューズソフト 【税込価格】3,990円
(C)Canto Bros. Productions, Sixteen Films Ltd, Why Not Productions SA,Wild Bunch SA, Channel Four Television Corporation,France 2 Cinema, BIMDistribuzione, Les Films du Fleuve, RTBF (Television belge), TornasolFilms MMIX
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)。1963年大阪府生まれ。東京大学工学部卒。雑誌編集者を経て英米文学翻訳家、映画評論家。特殊翻訳家として人のあまり手がけない本の翻訳に注力する。映画評論家としては『映画秘宝』(洋泉社)などで執筆。著書に『興行師たちの映画史』(青土社)、翻訳書に『サッカーの敵』(白水社)など。

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