2014.04.19

[アーセナル、覚醒の歴史]フレドリック・リュングベリ…“トサカ頭”の名ハードワーカー

[ワールドサッカーキング1405号掲載]

レジェンドとしてクラブ史に悠然と名を残す彼らも、始めからサポーターに愛される存在だったわけではない。試練を乗り越えた末の“覚醒”――そして彼らは伝説になった。
Freddie Ljungberg of Arsenal running with the ball
文=フットメディア Text by Footmedia
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

 トレードマークはクラブカラーと同じ赤に染めあげたトサカ頭。旧本拠地ハイバリーの客席は、シド・ヴィシャスを思わせる彼のヘアスタイルをまねた若者で溢れていた。リュングベリのプレーは極めてトリッキー。神出鬼没な動きと、スピーディーかつ絶妙な飛び出しはアーセナルのパスワークに絶妙なアクセントを加えた。だが、彼がサポーターからリスペクトされた最大の理由は、派手な見た目とは裏腹の全力プレー、粘り強いプレーで仲間たちを勇気づけるひたむきさと不屈の闘志にあった。

 1998年にスウェーデンからやって来た当時はまだ無名の存在で、強いて言うなら、ユーロ2000予選でイングランド代表を苦しめた“国民の敵”だった。しかし、そのプレーを見たアーセナルのサポーターはすぐに彼を「スーパー・スウェード」と称え、チャントを送るようになった。特に、ビッグマッチでの抜群の勝負強さはファンの心をわしづかみにした。デビュー戦でマンチェスター・U相手に途中出場からゴールを決めると、最も輝いた01-02シーズンには、ユナイテッドとの天王山でまたしても華麗なループシュートを決めた。“ダブル”を達成したその年は、FAカップの決勝でもチェルシー相手に見事なゴールを決めている。

 派手な外見に負けない全力プレーで、強烈なインパクトを残した男。それがリュングベリだった。