[ワールドサッカーキング1402号掲載]
ユヴェントスの「若きプリンス」も今月で28歳になる。名実ともにチームのシンボルとなりつつある彼には、年齢相応の貫禄も付いてきた。サッカー選手として成熟期を迎えたクラウディオ・マルキージオが、自身のキャリアとチームの今後について語る。

インタビュー・文=鈴木健一郎 Interview and text by Ken-ichiro SUZUKI
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images
生存競争のレベルは格段に上がった
――下部組織からトップチームの主力選手へと成長する。以前は当たり前だったけど、今では数少ない“自前の育成”の成功例として、君に言えることは何だろう?
マルキージオ サッカーのグローバル化は、当然ながら育成部門にも当てはまる。以前は地元の子供だけが対象だったけど、イタリア各地から優れた子供を集めるようになり、それはヨーロッパへ、世界へと広がった。僕が10代半ばで下部組織にいた頃はイタリア近隣の国がスカウト網の限度だった。でも今は違う。ブラジルの子供がユーヴェでプレーするためにやって来る。地元っ子にとっては大変だよ。生存競争のレベルは格段に上がった。それに今はまた別の競争もある。
――別の競争、というのは?
マルキージオ その年代の優れた選手が、他のクラブから補強されるようになったこと。(アレックス)ファーガソン監督の指導を受けた(ポール)ポグバのような選手が、ライバルとして突如現れる。下部組織で育ってきた若手にとって、これは脅威だよ。
――でも、チームにとっての利益は大きいよね。ポグバは20歳にして堂々たるユーヴェの主力選手となった。
マルキージオ ポグバは“怪物”と呼ぶべき才能の持ち主だし、ユーヴェでプレーすることで大いに刺激を受けている。ユーヴェは彼のような選手を今後も長く留めておけるクラブでなければならない。
――話は戻るけど、君がトップチームで頭角を現した頃のことを聞きたい。成功の秘訣は何だったのだろうか。
マルキージオ 率直に言えば、チームが苦しい時期にあったからこそ僕たちのような若手に目が向けられた面もある。セリエBに降格したことで選手層が薄くなったんだ。それでも簡単じゃなかった。僕もエンポリへのレンタルを経験している。僕や(セバスティアン)ジョヴィンコ、(パオロ)デ・チェーリエなど多くの同年代の選手が、あちこちのクラブへ出場機会を求めて出ていった。ユーヴェに戻った者もいれば、そうでない者もいる。もちろん、それぞれが最大限の努力をしているけど、運や巡り合わせも重要だ。僕たち下部組織出身者は、ユーヴェが世界で最も重要なクラブだと信じている。ただ、必要とされる人数は限られていて、そうでなければ違うクラブへ行くしかない。僕は幸運だった。ユーヴェが下部組織に注力するクラブで、特にその充実を図った時期に幼少期を過ごせたし、しかるべき年齢になった時にはトップチームが僕の年代の選手を必要としてくれた。
――多くの優れた監督の指導を受けられる幸運もあったよね。
マルキージオ これまでのどの監督にも感謝しているけど、名前を挙げるなら(マルチェッロ)リッピと(アントニオ)コンテの2人だね。リッピは若い僕の可能性を信じて、イタリア代表に招集してくれた。僕をトップレベルに引き上げてくれた監督だ。コンテは僕を勝たせてくれた。ユーヴェは長く勝てず、僕はタイトルの味を知らない選手だった。それを変えてくれたんだ。
――アルベルト・ザッケローニについてはどうかな?
マルキージオ 尊敬すべき人物だよ。日本は素晴らしい監督を選んだと思う。コンフェデレーションズカップでの日本代表はすごく良いチームだったし、期待できるよ。
――ところで本田圭佑の印象は?
マルキージオ 既にチャンピオンズリーグの舞台でプレーしているけど、今回こそ真価が問われる舞台になる。ビッグクラブに挑戦するための準備は整ったと思う。注目しているよ。
自身のキャリアを振り返ったマルキージオが、ユヴェントスの今後に言及。インタビューの続きは、発売中のワールドサッカーキング1402号でチェック!