2013.06.29

試合日は人口第4の都市も機能ストップ…ブラジル人とサッカーの関係は

 お金がない。

 正確に言えば、アメリカ・ドルはあるがブラジル・レアルが底をついた状態となっていた。ブラジルとウルグアイが対する26日の準決勝を控え、手元に残っているのは、日本円で約1500円にあたる30レアルを切っていた。

 決勝の前日練習から宿に帰って来た時には既に21時を回っていたため、両替は試合当日になってしまう。ただ、午後4時のキックオフ前にドルとレアルを交換すれば問題無いだろうと、タカを括っていた。当たり前だが、レヴァンドフスキがマドリードへのトレードが決まったという話ではない。もちろん、通貨についてである。

「両替所は、セントロの中心にあるよ」

 偶然、宿が一緒となったベロ・オリゾンテの試合会場でボランティアとして従事するクレイトンは、親切に教えてくれた。しかし、少し気になる言葉も付け加えていた。

「明日は休みだから、やっていないかもしれない」

 ブラジルには、6月に祝日はない。もちろん、26日は万国共通で水曜日である。クレイトンに感謝しつつも、違う日と勘違いしているのだろうと思い込む。ところが、翌日の朝に街の中心部であるセントロに向かったが、何やら様子がおかしい。悪い予感は当たるのである。

 前日までの活気溢れた様子とは打って変わり、街に人気が全くない。そもそも、店舗が軒並み閉まっている。飲食店はもちろんのこと、銀行も当然アウト。開いているのは、ファーストフード店か街に点在するキオスクのような小型売店のみ。ショッピングモールすらシャッターが降ろされたままの道を進む中、ついに教えてもらった両替所の前に着く。

「26日はウルグアイとの準決勝のため、臨時休業。27日は通常営業となります」

 ポルトガル語は、全く読めない。それでも、数字と単語の組み合わせで、シャッターに寂しく貼られた1枚の張り紙の内容は何となく分かった。

 試合時間が迫って焦りが増す中、ホテルに飛び込み両替を懇願するが、どこもかしくも「今日はやっていない」の一点張り。何度目かに断られたホテルの斡旋により、別のホテルで何とか100ドルのみを両替でき、試合には無事に間に合った。

「今日はブラジル代表の試合があったから街全体が休みだった」

 ブラジルの劇的な勝利とともに、ベロ・オリゾンテでのボランティアの全日程を終えたクレイトンは、いつも通り丁寧に教えてくれた。ブラジルではワールドカップで優勝した日は休日となるという、都市伝説的な話を耳にしたことがあるが、おそらく真実だろう。何しろ、試合会場の街は当日、休みになった上でゴーストタウンとなったように人影がなくなるのである。

 ちなみに、ボランティア精神溢れるクレイトンは、試合がない日はベロ・オリゾンテの街中を案内してくれるほどの好青年。日本対メキシコ戦の翌日には、同じく同宿に泊まり、休日は大宮アルディージャのボランティアを務める落合宏則さんと一緒に、観光案内に連れて行ってもらうほどの厚遇を受ける。

「泊まっている宿から3マイルぐらい上ったところは、麻薬とかやっている危ない奴らがいる」

「休日の市場では、旦那は露天で買ったビールをあおりながら、嫁さんの買い物が終わるのを待っている」

 英語が堪能な落合さんの通訳を介して、様々な情報を伝えてくれるクレイトン。最後に、「眺めのいいところに行こう」と言い、ベロ・オリゾンテの街を一望できる丘を案内してくれた。

 なるほど、麻薬が飛び交うという地域のちょうど反対側の街外れに位置し、高級住宅地でもある丘からの眺めは、確かに抜群である。危険地域間近にあたる宿周辺で見かける物売りの存在や落書きは一切なく、あるのは大きな家を取り囲む真っ白な外壁と公園で休日を家族全員で楽しむ牧歌的な雰囲気である。

「ブラジルで金持ちになるなら、金持ちの家に生まれるしかない」

 クレイトンがあまりにサラッと言ったことで、かえって実感は強いものとなった。ブラジルでサッカー選手になることは、貧困層から脱出する手段と語られるが、前述した休日の件と同様、真実なのだろう。実際に多くのスラム出身の選手が、「サッカーがなければ今まで生きていなかったかもしれない」と口にする。

 経済成長が進みながらも、試合の日になれば同国人口4位の大都市全体が休みとなってしまうほど、ブラジル人の生活とサッカーは密接している。ただ、富の集中が解消されない現状において、サッカーが生み出すのは決して熱情だけではない。経済成長の恩恵もままならない貧困層にとっては、今でも大きな希望の光りとなっているのである。

写真・文●小谷紘友