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「矢野貴章には『センターフォワード』という表現が似合う」戸塚啓が振り返る取材ノートの記憶

2013.04.14

Jリーグサッカーキング5月号 掲載]
サッカー専門誌の編集者時代から現在に至るまで、使ってきた取材ノートの数は81冊以上に上る。それらに残されたメモを頼りに、日本サッカー界の様々な時代をひも解いていく。今回は今シーズンから名古屋のユニフォームに袖を通した矢野貴章。順調に歩んでいたプロ生活は、夢の訪れとともに悔しさの募る時間が増した。だからこそゴールへの強い思いは急加速し、今シーズン新天地でさらなる高みを望む。
矢野貴章
文=戸塚 啓 写真=山口剛生

 彼は「センターフォワード」と書きたい。

 185センチ、77キロとフィジカルに恵まれ、プレーのスケールは早くから大陸的な雰囲気を漂わせていた。2トップの一角を担い、ウイングでもプレーできるが、矢野貴章には「センターフォワード」という表現が似合う。

 若年層から代表に名を連ねてきた。浜名高校(静岡県)在籍時の2001年にU-17ワールドカップに出場し、柏レイソル加入直前の03年1月にはアテネオリンピック出場を目指すU-22日本代表チームにもピックアップされている。当時はセレッソ大阪に在籍していた佐藤寿人(現サンフレッチェ広島)や前田遼一(ジュビロ磐田)らとともに、カタール国際トーナメントに出場した。

 チームを率いた山本昌邦監督は、「高校生ですから発展途上なのはもちろんですが、将来性は豊かです。国際舞台で揉まれていけば、上のカテゴリーでも十分にプレーできる可能性を秘めていますよ」と話している。上のカテゴリーとはもちろん、日本代表を指し示していた。

 フットボーラーとしてのキャリアが飛躍を遂げるのは、プロ5年目の07年である。柏からアルビレックス新潟へ移籍した2年目のシーズンだ。イビチャ・オシム監督(当時)が指揮する日本代表に初めてピックアップされ、3月のペルー戦で国際Aマッチデビューを飾る。「局面の厳しさや強さは、普段の練習や試合ではなかなか経験できないもの。試合に出ることによって成長できるところは間違いなくあります」と、代表定着への意欲を膨らませた。

 Aマッチ初ゴールは、ほぼ半年後である。9月11日のスイス戦だ。激しい撃ち合いを締めくくる決勝弾を挙げたのが、背番号20を着けた矢野だった。

 3-2から同点に追い付かれたスイス戦の3点目は、彼がマークに付き切れなかったのが原因だった。試合後には「自分がマークできなくて失点したので、何とか取り返したいと思っていました。ゴールはうれしいようで、安心したというか、ホッとしたというか」と遠慮がちに笑みをこぼす。「それまで何試合か使ってもらっていて、確かスイス戦が7試合目で、出るたびに早く取りたいと思っていて。そういう意味で一つ取れてホッとしたというか、気持ち的に楽になったのはありますね。でもまだ、代表では1点しか取っていない。これを続けていかないと」と、さらなる意欲をかき立てていた。

 07シーズンのJ1リーグでは、エジミウソン、マルシオ・リシャルデスに次いでチームで3番目に多い7ゴールをマークした。進化を印象付けたのは、9月22日の鹿島アントラーズ戦で挙げた先制弾だ。センターサークル付近でパスを受けると、ストライドの大きなドリブルで爆発的に加速していく。追走する岩政大樹を振り切り、ゴールネットを揺らした。「最後まで持っていけて、きっちり決められたのが良かったですね。以前ならまず確実にボールをキープして、パスを出すことを考えていたかもしれない。そこで、一人で持って行くという選択肢が出てきたのは変化かもしれません。日本代表で試合に出るようになって、相手のプレッシャーやコンタクトに負けちゃいけない、簡単に倒れちゃいけないと意識するようになっていたので」

 岡田武史監督(現杭州緑城足球倶楽部/中国)の下で代表チームが再出発を図った08年早々にも、矢野は招集を受けている。ただ、タイをホームに迎えた南アフリカW杯3次予選では、18人の登録メンバーから外れた。スタンドからチームの勝利を見つめた新潟のエースは、自らの立場を痛感する。「ベンチの18人に入れなかったのが、今の自分の現状です。そこに入りたいし、試合にも出たい。自分のレベルをもっと上げなければいけない」

 胸に秘めた悔しさは持続力を持ち、レベルアップを希求する原動力となる。「FWは点を取ってナンボ」と、頻繁に口にするようになったのもこの頃からだ。09年にはキャリアハイの8ゴールをマークし、同年6月から遠ざかっている代表復帰をアピールした。

 10年のシーズン前には移籍も噂されたが、新潟に残留する。それもまた、代表への思いが理由となっていた。「W杯に出たい気持ちはもちろんありますし、選ばれる可能性はゼロではないと思っています。そのためにはJリーグで、アピールしなければならない。新潟からW杯に出場するのは、夢でもありますし」W杯出場という夢は、もう一つの夢も運んできた。南アフリカへ向かう日本代表に選出され、カメルーン戦に途中出場した矢野に、ドイツ・ブンデスリーガのフライブルクからオファーが届く。10年8月末に契約が結ばれ、9月11日にはデビューを飾った。

 リーガ初先発は、9月26日のヴォルフスブルク戦だった。長谷部誠との日本人対決として注目されたが、矢野は前半だけで退く。負傷による交代だった。「自分ではできると思ったんですけど、止めておけと言われて……」と、試合後の表情には消化不良の感情が貼り付く。

 もっとも、プレーについては悪くない感触を得ている。「チャンスがありながら決められなかったのは残念です」と切り出すが、表情は先ほどより明るい。「こうやって先発で出てみて、こういうサッカーなんだなと感じられた。日本だと絶対にファウルになるようなプレーが、特に球際のプレーなんかで笛が吹かれないのは違いだと思うし、そういうことを肌で感じられた。その中でやっていける自信もありましたし、改善していかないと、という課題の部分もたくさん見えてきた」

 ストライカーとして、助っ人外国人としての意欲が溢れ出る。「もっと」という言葉を、矢野は何度も繰り返した。「自分はゴール前で仕事をしなきゃいけないので、そこでもっともっと顔を出したりして、チャンスが作れたらいいなと思いますね。今日はもっともっとできたし、もっともっと良くなっていくと思います」

 ドルトムントで活躍する香川真司(現マンチェスター・ユナイテッド)の存在も、大きな刺激となっている。「同じ日本人として自分も活躍したいし、そのために頑張らないといけない」と表情を引き締めた。

 その後もコンスタントに出場機会を与えられるが、ゴールは遠かった。ピッチに立つ時間も、徐々に短くなっていく。11月下旬のリーグ戦では、終盤にユニフォーム姿となるものの交代が見送られた。質問に対する答えからも、滑らかさが失われていく。「出番がない理由?

 うーん……まあ、自分に何かが足りないからだと思います。使ってもらった試合で点を取れていないですし、そういったところが一番……。結果を残せていないとは思います」

 ドイツで2シーズン目となる11-12シーズンは、ゲームに絡むことも難しくなる。シーズン開幕から出場機会を与えられず、前半戦が終了すると移籍が取り沙汰された。

 試合後に矢野を囲む記者の興味も、去就に集中する。「試合に出られない状況が続けば、移籍も考えなければ」という以前のコメントを引用した質問には、「そういうことも一応、視野に入れてというか。そうなるかどうかは、分からないですけど」と答えた。

 彼自身の中での手応えは、決してしぼんでいない。少しずつだが、輝きを増していた。だが、結果を出せていない現実は、直視しなければならない。行き先を見つけられない思いがさまよい、それまで押し止めてきた悔しさが最後にこぼれた。「何て言うんですかね、うーん……自分の力が全く通用しないとはさすがに思っていないし。それだけでこういう状況なのかといったら、正直よく分からないし。でも、監督が決めたことはちゃんと受け止めていますし、それを見返せるようにというか、その判断を覆せるようにと思ってやってきましたけど。とにかく監督に必要とされるようになることと、ここでやることはすべてじゃない、ということを考えてやっていました。そうじゃないと、やっていられない部分があったので」

 フライブルクとの契約は12月下旬に解除され、12年2月に新潟復帰が発表される。かつてのエースの帰還に、新潟のファン・サポーターは沸き立った。矢野自身も「皆さんの声援を受けてまたプレーできる」と素直な喜びを表し、「今まで経験してきたことを踏まえて、もう一度ここで活躍したい」と力強く続けた。

 定位置を確約されていたわけではない。試合感覚を取り戻さなければいけない。

 それでも、矢野貴章である。「やってくれるはずだ」という期待が、シーズン開幕前にして確信へ変わってもおかしくない。だからこそ、途中出場の多いシーズンは、誰にとってもやりきれないものだった。

 今シーズンから新天地を求めた。名古屋グランパスでプレーする。

 ドイツでの1年半は、取り戻さなければいけない時間ではない。生かすべき経験が詰まっている。「今年はゴールにこだわる」というシンプルな誓いに、4月で29歳となる男はたくさんの思いを詰め込んでいる。

 開幕から2試合連続で、ポジションは最前線の中央である。センターフォワードとして結果を残していくその先には、自身が「特別なもの」と話す日本代表復帰が見えているはずだ。

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