提供=サカイク

スピードをアップしたい! と考えている選手によく聞かれることが、「筋肉をつけると重くならないですか?」という質問です。結論から言うと、それは、トレーニングの方法次第です。速筋繊維に働きかけるトレーニングをすると、スピードは上がります。速筋繊維とは、「速く動く」筋肉なので、それを太くすることは、スピードをアップさせるという理にかなっています。速筋繊維を太くするためには最大筋力に対する70%以上の重量でのウエイト・トレーニングが有効です。ただし、ウエイト・トレーニングの動きのスピードは遅いので、そのスピードに身体が適応していかないようにしなければなりません。
例えば、リハビリ中にウェイト・トレーニングをやりすぎて、いらない筋肉がついて重くなるケースがあります。筋量が2kg増えたとしても、実際の動きに繋がらない筋肉は重りをつけているようなものなのでスピードは落ちてしまいます。また、リハビリのときは速い動きがしにくいので、身体が遅い動きに適応していってしまうのです。そうならないようにするためには、実際の動きに繋がる筋肉を鍛え、どのくらいの頻度で行うのか、ということに気を付けなければなりません。
■速い動きだけでなく、動きの遅いトレーニングとのバランスが大切
多くのトップ・プレーヤーは、上半身の筋肉も発達しています。上半身を鍛えることは、動きのスピードアップに繋がるだけでなく、コンタクトスキルを向上させるためにも有効です。上半身の筋力は必要ないと思っている人もいるかもしれませんが、上半身の筋肉は重要で、鍛えることでプレーは変わります。例えば、競り合いの局面で腕で相手をブロックし身体のバランスを保ったり、接触プレーなどでバランスを崩した時にすばやく立て直したり、より高くジャンプしたりする時など、上半身の筋力が必要になるからです。
極端な例で、ウエイト・トレーニングを例に挙げて説明しましたが、ジュニア世代にウエイト・トレーニングは必要ありませんが、自分の体重を支え、コントロール出来る最低限の筋力を養うトレーニングは必要だと思います。
速筋繊維に働きかける動きの遅いトレーニングと同様に、遅筋繊維がメインとなる有酸素的なゆっくりとしたランニングなどの動きも、速いスピードとは対極にあります。
つまり、動きの速さの違うトレーニングに取り組むにあたっては、遅い動きのトレーニングと短距離走(スプリント)や短距離のラダーなどといったスピード系のトレーニングとのバランスが重要になってきます。試合などの必要なタイミングで「身体が速く動く」感覚を失わないように、トレーニングのバランスを意識して取り組むことが、サッカー選手としてレベルアップするために必要なことなのです。

■スピードを追求する上でもう一つ重要なことは「身体の使い方」
海外のトップレベルの選手は、ボールを蹴るときも、ターンをするときも「腰の捻り」から加速をスタートさせます。私が柏レイソルに所属していたとき、ストイチコフという世界的に有名なストライカーがいました。パワフルなキックを持つ、セットプレーの名手としても知られた選手です。彼はすばらしくキレのあるボールを蹴りますが、大腿部(太ももの前と後ろ)の筋力測定をしてもそれほど高くはありません。しかし、筑波大学の協力を得て、彼の動きを分析してみると、角度のある踏み込みから、腰の捻りを初動にして、膝、そして足首へと加速していき、脚をムチのようにしならせて蹴っていることがわかりました。
近くにいる味方にインサイドキックでパスを出すとき、日本では「股関節を開いて、足の内側で面を作って押し出すように蹴る」という言い方をしますが、ストイチコフなどトップレベルの選手は腰の捻りから脚をムチのようにしならせて蹴っているのです。そのような蹴り方をすることで強烈な力をボールに与え、素早いボールスピードを実現させているのです。また、キック時だけでなく、ターンなどの方向変換時も腰の捻りは重要で、素早い腰の捻転が動きのキレに繋がります。
私はジュニア年代の選手に、手取り足取り、インサイドキックなどの蹴り方を教えなくてもいいと思っています。小さい時は、あそこに蹴るためにどうすればいい? と目指す場所だけを教えて、その子が動かしやすい身体の使い方でボールを蹴ればいいのです。向かい合って、「インサイドキックはこうやって蹴るんだよ」と、股関節を開いて押し出す蹴り方を教えてしまうと、試合で本当に必要な速いボールの蹴り方とは、違う動きが身につくことになってしまいます。以前、ドイツ代表で3度のワールドカップに出場経験のあるキックの名手、リトバルスキーさんとキックについてお話をさせて頂く機会があり、「私が子供のころは、色々な距離の的当てや門通しなど、遊びながら楽しく蹴ってたよ」とおっしゃっていました。また、子供の頃から良い見本を生で見てきたことも上達の要因だったのではないでしょうか。子供達は「真似の達人」ですから、教えなくても「見るだけで」出来てしまうのです。

筋力的なトレーニングや他のトレーニングとのバランス、そして、キックの仕方にしても、サッカーの試合を紐解き、競技の本質や動きの原理原則、身体の使い方などを理解し、発育発達の面から、どの時期に何をどのようにトレーニングをすれば良いのか、どのような教え方をすれば良いのかということを考えていかなければなりません。なかでも、将来サッカー選手としてプレーするための土台であるジュニア年代で、トレーニングに対する正しい知識や正しい身体の使い方を身につけることが、これから先、より良い選手になっていくための第一歩と言えるでしょう。
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取材・文/鈴木智之 写真/サカイク編集部(ダノンネーションズカップ2011より)
谷真一郎(たにしんいちろう)//
愛知県立西春高校から筑波大学に進学し、蹴球部に在籍。在学中に日本代表へ招集される。同大学卒業後は柏レイソル(日立製作所本社サッカー部)へ入団し、1995年までプレー。
引退後は柏レイソルの下部組織で指導を行いながら、筑波大学大学院にてコーチ学を専攻する。その後、フィジカルコーチとして、柏レイソル、ベガルタ仙台、横浜FCに所属し、2010年よりヴァンフォーレ甲府のフィジカルコーチを務める。
『日本で唯一の代表キャップを持つフィジカルコーチ』(2012年10月現在)
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