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2016.08.11

【サッカーに生きる人たち】サッカー観戦の新たな時代を築きたい 菅原慎吾(J SPORTS プロデューサー)

編集者、サッカーライター、スポーツカメラマンを目指す人のためのアカデミー

 海外サッカーの深遠な魅力を余すところなく届けてくれるJ SPORTS。スポーツテレビ局として国内最大規模を誇る会社で、制作部第3制作チームのプロデューサーを務めているのが菅原慎吾さんだ。

 スペインの現地紙から集めたディープなネタをおもしろおかしく披露する姿は、人気番組『Foot! Monday』でおなじみの光景となっている。ユーモアにあふれ常に人を楽しませることを忘れない「歌って踊れるプロデューサー」は、新しい時代を作る「ゲームチェンジャー」になりたいと話す。

もともとはフットボーラーになりたかった

 現在、プレミアリーグ中継を担当しプロデューサー業をこなすかたわら、月曜夜に放送されるデイリーサッカーニュース『Foot! Monday』に出演している。楽しそうにフットボールの魅力を伝えるその笑顔が、かつてサッカー少年であったことを物語る。

 サッカーとの出会いは、親に言われて始めた幼稚園のスポーツクラブだったという。いやいや始めたサッカーは、当時どうしても好きになれなかった。しかし、菅原少年は中学生になりサッカーとの再会を果たすと、その魅力にのめり込んでいく。

「中学の頃、学校でもう一度ちゃんと部活として始めて、サッカーって楽しいなって感じるようになりましたね。ちょうどその頃からヨーロッパのサッカーも見出したから、そこからだんだん生活の中心になっていったかな。中学・高校と、両方ともキャプテンでした。ずっと、アメリカの大学に行っても向こうでサッカーは続けていました」

 膨大な量の現地紙をチェックし、海外への取材も精力的に行う現在のスタイルは、やはり深いサッカー愛に基づくものだった。

「僕らみたいな仕事をしている人の多くって、もともとはプロのフットボーラーになりたかったんですよ。でも夢破れて、それでもサッカーの近くにいたいからこういう仕事をしている。だから楽しくてしょうがないし、恵まれているっていうことだけは絶対忘れないようにしていますね。それと、選手に対するリスペクトは必ず持ち続けるようにしています」

Mr.SUGAWARA02

スペイン語は、人生の中で最も正しい決断の一つ

 学生時代は、海外サッカーと洋楽が二大興味だったという。その目が海外に向くのは自然の成り行きだったのかもしれない。海を渡りアメリカの大学に進学するという決断は、のちの人生の転機となっていく。

「はっきり何をしたいかって、当時は正直決まっていなかったように思います。だけど、何にせよやっぱり英語は身につけなきゃいけないなっていうのはありました」

 漠然と始まったアメリカ留学だったが、運命によってサッカーへと導かれていく。中南米の友人たちと一緒にボールを蹴るうち、次第にスペイン語を覚えるようになり、これが将来の自分の武器になると感じたという。

「言語は目的じゃなくて手段だと言いますよね。それを使って何をするかが重要なわけです。その観点から言うと、僕はスペイン語を始めた時から『サッカーの仕事に就くために』という意識を持ってやっていましたね。やっぱりスペイン語はサッカーに強いですから」

 留学先でのスペイン語習得は、その後のキャリアに大きな影響を与えることとなる。2001年、J SPORTS入社当初は、サッカーとはあまり関係のない部署に配属された。しかし、現在の部署に異動しサッカーに携われるようになったのも、『Foot!』に出演するようになったのも、スペイン語の力が一つのきっかけだった。

「スペイン語は強みだし、相当得していますね。スペイン語に関係するほぼすべてのチャンスが、僕のところに来るということですから。スペイン語を学んだっていうのは、僕の人生の中で最も正しい決断の一つかもしれない」

 現在は、現地紙を紹介するリーガコーナーのため現地紙4紙を常にチェックし、海外での取材時は交渉もインタビューも自らこなす。サッカー番組制作の現場でこそ自分は輝ける、という確信は現実のものとなった。サッカーへの深い愛情とスペイン語という2つの武器が、自らの道を切り拓いたのだ。

Mr.SUGAWARA03

テレビ界の「ゲームチェンジャー」になる

 高い熱量を持ちながら、海外サッカーの機微を肩ひじ張らずに届けてくれる菅原さんに今後の目標を尋ねると、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「家のローンを返すことだね!」

 緊張と緩和、笑いとシリアスの秀逸なバランスという菅原さんの真骨頂が垣間見えた。ただ、口を突いて出た冗談はその裏側にあるものへの照れ隠しなのかもしれない。社内で唯一、自身が出演するレギュラー番組を持つという異端児は、壮大な目標について語り出す。

「最近自分の中で意識しているのは『ゲームチェンジャー』という存在。あるジャンルにおいて、今まで誰もやったことのないような新しい要素を使って全く新しいものを作って、一つのジャンルにしてしまう存在ですね」

 それまで当然であった状況を覆し、新たな価値観をもたらす「ゲームチェンジャー」。菅原さんはその例として、今年トニー賞最多11部門に輝いたミュージカル『ハミルトン』のクリエイター、リン・マニュエル・ミランダの名を挙げた。同作は、アメリカ建国の父アレクサンダー・ハミルトンの生涯をつづったミュージカルだ。オペラの流れを汲み100年近い歴史を持つ演劇形式に、ヒップホップという異色のジャンルを取り入れる斬新なスタイルで空前の大ヒットとなった。

「ミランダは、やっぱり『ゲームチェンジャー』と言えるでしょう。新しいジャンルを作ってしまったのだから。それと同じことを、サッカー中継や番組制作でやれたらいいなっていうのは、本当に漠然とですが思っています」

 具体的なアイデアを問うと、あっけらかんと「何もない」と答える。しかし、実際はしっかりとそのヴィジョンを描いているようだった。

「『14/15イングランドプレミアリーグナビ!』では、アメリカ人と日本人の血を引くダンサーのえんどぅさんを題材に番組を作りました。えんどぅのダンスの合間にプレミアリーグの紹介をはさむっていうすごい空気感のやつを。まぁ、社内でも賛否両論ありましたね。でも、『すごくよかった』と言ってくれる人がいたのも事実です。やっぱり、新しいことを、誰もやったことのないことをやっていくしかないんだと思います。それが、いずれ常識になるかもしれない。プロデューサーで『Foot!』に出ているのも、ひょっとしたら『ゲームチェンジャー』のきっかけになるかもしれません」

 映像の世界でサッカーの新たな可能性を開拓するというチャレンジは、まだ道半ばだ。しかし、胸に確固たる決意を秘めながら、そう遠くない未来を見つめるようにつけ加えた。

「テレビ界の『ゲームチェンジャー』になれる日をね……なりたいなと思っています。新しいスタンダード……ここから何か新しいスタンダードを作れるようになったなら、次に会った時、その話をします」

 飄々(ひょうひょう)とした人となりの中、飽くなき向上心がその瞳に宿った。決して失敗を恐れない大胆不敵な男の、「ゲームチェンジャー」としての大いなる挑戦が始まろうとしている。

J SPORTS

インタビュー・文=内海啓之(サッカーキング・アカデミー/現フロムワン・スポーツ・アカデミー

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