文・構成=増島みどり
サッカーファンも、関係者も、S級指導資格取得のために、どういったプログラムが組まれているのか、その詳細を知る機会はあまり多くないはずだ。
日サッカー協会技術部が作成する講座内容は、毎年、根幹の部分に大きな変化はない。しかし、授業終了後にインストラクターの意見や受講者の感想を参考にし ながら、一般企業で使われる自己啓発、新人研修、管理職養成といった、競技とは一見無縁の講座も適時加えられていく。サッカーでの輝かしい経歴を持った受 講者たちが、ピッチ上での実技指導やゲーム分析、スポーツ医科学といった授業を学ぶ以上に苦戦するのは、実は、こちらの講義のほうかもしれない。
例年行われている「ディベート」(主題について、賛成、反対など異なる立場で議論)の授業では、今回、2つのテーマが出された。ひとつは、「ザックジャパン について」。もうひとつの「原子力開発について」。こうしたテーマに対し、受講者は資料作りから、自分の意見の裏付けとなる関係者へのインタビュー取材な ど、実に細かい準備を行ったうえで議論をする。また、立ち会う講師、同じ受講者たちが互いを採点し合うなど客観性も重視される。
「ディベート」のほか、22人が違うテーマで、決められた時間内に発表を行う「プレゼンテーション」、意見をコンパクトにまとめるなどの「コミュニケーションス キル」の講義も組まれている。指導技術と同様に、伝達、発信力や、相手の意図を読み取る心理学的な要素を身に付けるためのカリキュラムは、サッカーの指導 者養成と聞いて抱くイメージとは違い、ユニークだ。
「現役時代も、ある選手は厳しく言っても大丈夫、とか、逆にアイツは萎縮するから言い方を変える、というような配慮はしたけれど、チームとなると話は別。こういう講義には、人心掌握をどうやっていけばいいのかのヒントがあった」
名波浩(39)はそう振り返り、これまで知ることのなかったコミュニケーションスキルを学んだことを収穫にあげた。
選手と本当の意味でオープンに話ができる指導者を目指したい
名波 日本代表の話題でも、解説をするわけではないので、いつもとは違った細かい準備をします。ディベートは5人ずつに分かれる。もちろん説得力が求められるけ れど、話し方や、反対の立場の主張をどう聞くかといったテクニック的な部分も大切。自分の意見を主張するのと同時に、相手の話を聞きながら、矢継ぎ早に次 の質問を考える。逆に質問されれば、自信を持って即答しないと付け込まれてしまう。
ディベートの場合は、油断をすると相手が優位に立って しまう、とか、常に自信を持って伝えないと足元をすくわれるといった、サッカーにも似た、スピード感と緊張感の中でのコミュニケーション術を学べたと思 う。また、事前の準備段階で、これまでとは違った人脈を築くこともできましたね。
ピッチ上でも、コミュニケーションが重要でしょう。お互いがイメージを共有しなければ形になりませんし、勝負がかかった場面ならなおのこと、早く、正確に伝えないと。
名波 ジュビロでいえば、前田(遼一、FW)は、試合中にきつくガツンと言っても、それを消化して力を発揮するタイプ。反骨心で奮起するヤツもいるし、同じ言葉 をかけたとしても逆に落ち込んでしまう選手もいる。選手に合わせて臨機応変に話の内容を変えることはできても、サッカーでの局面と、集団を同じ方向に、 シーズンを通して引っ張っていくこととはまた違うでしょう。例えば、コミュニケーションスキルの中には、「モチベーションを与えるにはどうすべきか」と いったものも含まれている。モチベーションというと、普通は、どういう言葉を選ぶかを考えるんだけれど、講義では、内容と同じように「伝え方」にも神経を 使えば、より強く伝わる、といったことも教えられた。
「こうするのは、こういう理由からだ」と伝えるよりも、「自分はこう考えている。な ぜならば・・・」と、結論を頭に持ってきた後に理由を話せば、意図がより伝わる傾向があるそうです。200字以内で自分の意見をまとめる、といったトレー ニングでは、自分の考えをできる限りシェイプしてシンプルに伝える方法も提示され、サッカーの現場でも活かせるものだと思う。
パスやプレーで実現できる“コミュニケーション”とは違う相互理解が求められる。
名波 そう。大きなテーマでいえば、人心掌握ということになる。例えば、選手をメンバーから外すという時、何も言わない監督もいるし、理由を説明する監督もいる でしょう。コーチ、スタッフが間に入ることもあるかもしれない。自分が現役の時、外されること以上に、なぜ自分で、なぜ今なのか、説明が欲しいといつも 思っていた。キャリアのある選手、まだ若い選手、立場によっても変わると思うけれど、伝える内容、それとどう伝えるか、両方大事だということ。
心理学でのアプローチなども織り込まれていたそうですね。
名波 プレゼンテーションでは、“かつ舌”を良くするための発声練習も含まれていたし、心理学的な観点から、自分のパフォーマンスが悪い状態で話すと、どうして もとげとげしくなってしまうといった傾向についても説明があった。自分の精神状態をなるべくいい「フロー状態」(集中力が高まり精神的にも充実した状態) に保つこともカギになるそうなので、たとえば夫婦げんかをした後で、選手にミーティングをしても説得力がないかもね。
分かるような気がします。現役時代から大切にしていた、サッカーというひとつ言語を、さらに磨ける研修でしたか。
2012年のS級受講者の選抜も、すでに終わっている。約50名の応募者から、面接が行われ、元磐田のMFで選手会会長を務めた藤田俊哉、なでしこリーグ「INAC神戸」を率いる星川敬監督ら20名に絞られた。
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