愛するユヴェントスが日本にやって来た。1996年、国立競技場でトヨタカップのユヴェントス対リーベルプレートが開催。初めて記者としてスタジアムに入った。
「僕の大好きな背番号10が目の前にいる」
東京の自由が丘にあるイタリアンレストラン「バッボ・アンジェロ」のオーナー、コッツォリーノ・アンジェロさんは、昨日のことのように振り返る。
「スタジアムに入るとジダンがいたんです。『ジネディーヌ、チャオ』って言いながら、心臓はばくばくで。さらにデシャンや、今ユーヴェの監督になっているコンテ、そしてデル・ピエロも。もうかっこ良かったですね」
きっかけは、友人のサッカージャーナリスト“ジャンルカ・トト・富樫”こと故富樫洋一さんの誘いだった。熱狂的なユヴェンティーノの夢の時間は終わらない。イタリアンシェフがサッカーを語る舞台が用意されていた。
アンジェロとジャンルカ……名コンビ誕生
トヨタカップを取材した2カ月後、スカパー!ゲスト解説として声が掛かる。隣にはもちろん富樫さんがいた。気心の知れた2人は、絶妙な掛け合いで試合中継を盛り上げる。
「例えば、パルマの試合で『最高じゃないですか、パルメザンチーズと生ハムですから』なんて言うと、富樫さんも『うまいよね、パルマ産は』って料理の話になっちゃうんですよ。試合とは全然関係ないところで盛り上がる。これは僕と富樫さんだけでしかできなかったことですね」
「特別な存在」である盟友との出会いは、料理人で集まったサッカーの試合中。アンジェロさんがイタリア式の駆け引きをした瞬間だった。
「相手チームのGKがフィオレンティーナのユニフォームを着ていたんです。ユヴェントスファンの僕からすると熱くならずにはいられない、『そんなユニフォーム捨てちまえ』って言ってやったんです。すると『ユーヴェファンですか?』ってイタリア語で聞かれて、びっくりしましたよ。そのGKが富樫さんだったんです。そこからですね、仲良くなったのは。試合が終わって話をして、当時働いていた神楽坂の店に食べに来てくれました」
熱く楽しくサッカーを話すアンジェロさんは、最初日本とイタリアの解説の違いに戸惑いを感じた。
「イタリアでの解説だと、試合中に別会場のスコアも言うんですよ。気になるじゃないですか、特に終盤のスクデット争いや降格争いのときは。そのリアルタイムな情報が面白い。でも、日本では言ってはいけないんです」
スタジアムでは、ゴールが決まっていないのにファンが盛り上がっている。一緒に喜びたいけど喜べない、言いたいけど言えない。冷静さを装いながらしゃべっている裏では、実は熱くなっているサッカー少年の心を持っていた。
アンジェロパパが作るママの味
20歳のとき、日本でイタリアンレストランを経営する兄を頼りに来日した。「3カ月のつもりが、26年になっちゃいました」と語るアンジェロさんは日本全国の産地に足を運び、直接生産者と交流を持つ。日本の食材でイタリア料理を作るこだわりを持っていた。
「日本で作られた食材はおいしいんです。お店に来てくださったお客さんに、日本の食材のおいしさを感じていただきたい」
産地を巡る活動は、オーガニック野菜を作るアドバイザーとして8年前「やまなし大使」に任命されるほどだった。食材にこだわるアンジェロさんは、さらにある事件について話す。
「食品偽装問題は許せない、絶対にしちゃいけない。だから僕は生産者の顔が分かるようにしたいと考えています。安心しておいしい料理を食べてもらいたい。もちろん、おいしい野菜を作っている人たちを知ってもらいたいとも思っています」
えりすぐりの食材が使われた安心の料理は、アンジェロさんが幼いころ親しんだ味だ。
「店名の『バッボ・アンジェロ』は『アンジェロ・パパ』という意味です。パパになった僕が作るのは、僕のママの味。子供のころから食べてきた料理です。僕のお母さんの名前が入ったメニューもありますよ」
フィレンツェにあるアンジェロ家の味が自由が丘で楽しめる「バッボ・アンジェロ」は、もちろんサッカーも楽しめる空間。お店にサッカーファンが集まることもある。
「2カ月に1回サッカー・デイがあるんですよ。過去にゲストで八塚(浩)さんと倉敷(保雄)さんが来てくれました。何かテーマを決めて盛り上がろうとやっています。もちろんおいしい料理もありますよ。いつか『日本代表がもっと強くなるためにはどうしたらいいか』というテーマでイベントをやってみたいですね」
日本と世界との差は何なのか、日本が世界に追い付くにはどうすればいいのか。アンジェロさんならではの視点でスタミナの強化を例に挙げた。
「パスタはスタミナ源になる食べ物です。パルメザンチーズもカルシウム量が他のチーズに比べて多く体にいい。イタリア人選手は必ずパスタを食べています。シンプルにチーズを削っただけですごい量を食べる。例えば、日本人が1年間パスタとチーズ、オリーブオイルを食べる。そうした食生活でイタリア人のようになるのか、サッカーに変化があるのか見てみたいですね」
かつてセリエA専門誌『CALCIO2002』で料理のコラム連載をしていたアンジェロさんは、食を通じてサッカーの魅力を紹介していた。また、このコラムは当時編集長だった富樫さんの提案で始めたものだった。
イタリア人に聞いても一つしかない
アンジェロさんの母国イタリアが目指すものは一つしかない。明確に見えている目標とドライな文化がイタリアのサッカーを強くした。
「イタリアには『負けたけどいい試合』という考え方はない、結果がすべて。代表であればユニフォームの星の数を増やすこと。イタリア人に目標と聞いてもそれしかないよ」
もちろん、リーグ3連覇を決めた“イタリアの貴婦人”ことユヴェントスに関してもそうだ。生涯ユヴェンティーノが放った言葉は、たったの一言だった。
「アヴァンティ シニョーラ! (前へ進め、貴婦人!)」
5歳のとき、縦じまのビアンコネロ(白黒)の美しさに心を奪われ始まった。13歳のとき、近所のレストランで鍋洗いから始まった。陽気なイタリア人アンジェロさんは、長年愛するサッカーと料理を通じて、日本人の心とお腹を満たしてくれている。
文=辻清志郎(サッカーキング・アカデミー)
写真=高山政志(サッカーキング・アカデミー)
協力=佐藤功
●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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