2016.07.01

「人生をかけた一戦」…慶應大DF宮地元貴が語る早慶戦への想い「負けた年の主将とは言われたくない」

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 精神面でもプレー面でも慶應義塾大学ソッカー部を引っ張る宮地元貴主将。1年生から試合に出場する宮地は2年生の時にはFWも経験した。4年生となり“黄金世代”の主将となった宮地に、前期リーグ戦の振り返り、第67回早慶サッカー定期戦への熱い想いを聞いた。

取材=吉田遼平(慶應スポーツ)

「個人としても悔しい前期リーグ戦でした」


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――まずリーグ戦についてですが、成績、内容を考えて点数をつけるとしたら何点になりますか?
宮地 50点ぐらいですかね。

――やはり満足いってないということですか?
宮地 成績、結果もそうですし、自分たちが普段の練習からやっているサッカーを出せた試合と、出せなかった試合がはっきりと分かれてしまったので、結果と内容という部分で物足りない、悔しいという印象です。

――宮地選手個人を振り返るとどう思いますか?
宮地 シーズンインしてから、個人的な都合でチームを離れることが多くて、そういう中でも自分としては万全の準備をして、チームとしても開幕戦を迎えたつもりでした。ですが、開幕戦の明治大学を相手に屈辱的な試合をして、個人的なパフォーマンスもチームを引っ張っていけるレベルに達していなかったです。順天堂大学戦から3連勝することができて、最後に2分けという形だったのですが、チームが上向いてきた1つの要因としては、僕が自分のできるプレーをして、それがチームに少しでも良い影響を与えられたからだと思います。まだまだな部分もありますし、評価できる部分はほとんどなくて、個人としても悔しい前期リーグ戦でした。

――リーグ戦の開幕前に宮地選手や主力選手の合流が遅れたことはチームとしてはやはり難しいものがありましたか?
宮地 僕たち全日本に行ったメンバーに限っては、個人としてはすごくいい経験をさせてもらって、日の丸を背負って国際的な舞台でサッカーをさせてもらったので、それはすごくプラスになったと思います。でもやっぱりチームとして考えたときに、シーズンイン前に全員がそろってできた試合が1試合しかなくて。でもその中でも去年から出ている選手が多いし、選抜にも選ばれてるし、チームとしても個人としても奢り、慢心が出ていたと思うし、それがあのような結果につながった要因だと思っています。

――順天堂大戦からゲームキャプテンが宮地選手から井上大選手へと変更となりましたが、あの時をどう振り返りますか?
宮地 唐突に監督から言われたので、言われた時は自分としても気持ちの整理がなかなかつかなかったです。でも監督もチームが勝つため、良い方向に向かうために下した決断であると思うし、自分がゲームキャプテンを外れることによってチームが上向きになるのならば、それでいいと思いました。もちろん悔しい思いしかありませんが、その結果チームも3連勝と波に乗れましたし、そこからは前期リーグは負けなしなので、信頼する監督の判断なので、一サッカー選手として成長できる環境を作ってくださったと思って感謝しています。

――井上副将については4年間振り返ってどのように思っていますか?
宮地 井上はこの大学がサッカーをする最後のカテゴリーだと思うし、チームが良くなるためだったり勝つためには誰に対しても思ったことを言うし、すばらしい選手だと思います。僕も主将と副将という関係で井上と関わっているんですけど、僕の短所を井上が埋めるという副将ではなくて、主将と副将が独立してお互いにチームを引っ張っていけるという関係を築いていきたいと思っています。今それに近い関係が築いていけてるんじゃないかと思います。

――須田芳正監督とも信頼関係は築くことができていますか?
宮地 はい、そうですね。1年生の僕がまだ何も慶應ソッカー部について知らない時から、開幕戦で僕を信頼して試合に出させて下さった監督ですし、それだけじゃなくてここに至るまで、自分をサッカー的にも人間的にも成長させてくれた恩師だと思っているので、すごく僕は尊敬していますし、信頼しています。

――今の4年生が“黄金世代“と呼ばれることについてはいかがですか?
宮地 もともと僕たちの代は高校時代に無名の選手が多くて、大学に入ってから出場機会を勝ち取った選手が多いんですけど、やっぱり出場機会を勝ち取れるというのは、自分たちのサッカーに対する情熱だったりとか、練習時間以外にしている努力だったりとか、そのような姿勢が結びついていると思います。サッカーへの情熱に関してはどの代も持っていると思いますし、もともとスターだった選手はいないんですけど、努力の天才がすごく多い代だと思っていてすごく誇りに思ってますし、慶應の歴史を変えることができるのは僕たちだと思っています。

――副将の井上選手以外にも支えられていると感じる選手はいますか?
宮地 みんなです。僕が主将になった時も、同期の投票で決めるんですけど、ほぼ僕に票を入れてくれて、サポートすると言ってくれました。僕がゲームキャプテンを外れてつらい時期はあったんですけど、そういうときにも声をかけてくれた同期がいっぱいいますし、声はかけずとも自分の隣で体を張ってプレーで一緒に戦ってくれる同期もいます。本当にみんなに支えれているなと思っています。

「僕に求められていることはピッチで戦うこと」


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――増田湧介主将、久保飛翔(現ファジアーノ岡山)主将を見てきて、宮地主将のキャプテンとしての自分らしさはどこにあると思いますか?

宮地 飛翔君はあまり口数は多くないんですけど、本当にピッチで体を張って引っ張ってくれました。常にチームを鼓舞する声をかけていて、ほとんどネガティブなことは言わなかったので、僕がボランチの時は後ろにいてくれて頼りになる存在でしたし、本当に慶應の大黒柱だなという感じですね。増田君も同じですけど、個人的にも良くしてもらっていて、増田君も声はあまり出すタイプではなかったのですが、プレーとか献身さでチームを支えてくれて慶應の象徴みたいな選手でした。そういう点からみると、慶應の主将や選手とかは体を張るとか泥臭くピッチで戦うことが強みだと思うし、そういう慶應の色をピッチで表現できると思うし、僕もそういった点は自分の強みにしているので、今までの偉大な主将が僕たちに残してきてくれたものは、下の世代にも僕たちが受け継いでいかないといけないと思っています。僕の場合は1年生の時は何もチームのことを考えられないエゴイストで、さすがにこのままじゃいけないと思って2年生、3年生とサッカー面はもちろんですけど、グラウンド以外のことについても積極的に取り組んできました。同期が一番僕を主将に推してくれる中で、僕に求められていることはピッチで戦うこと。誰よりも声を出して、誰よりも指示を出して、地面スレスレのボールにでも頭から突っ込んで、体を張って、全力で戦う姿を見て僕が主将になるべきだと言ってくれたので、戦うという部分で今までの主将と差をつけるのは難しいのですが、よりサッカー選手として、チームの勝利に貢献するというところで、僕が強みにしていかないといけないと思います。

――大学サッカーではFW、DF、ボランチを経験した宮地選手ですが中学、高校時代はどのようなプレーヤーだったのですか?
宮地 中学は桐蔭学園中学校で、トップ下とかサイドのプレーヤーで、今みたいに体重もなくて、ヒョロヒョロでテクニシャンみたいな感じでした。自分の好き勝手やっている選手で、高校は最初そのままの勢いで入ったのですが、東京ヴェルディユースは2学年上がプラチナ世代と呼ばれていて、すごい選手が多くて、挫折をして、試合にも出れなくて、そこで高校2年生の時にDFをやってみないかと言われてそこからDFになりました。

――今のプレースタイルが確立されたのもこの時期ですか?
宮地 そうですね。今まではテクニックだとか技術だとかゴールだとかで物を言わせていたのですが、それだけじゃ自分は上に行けないと思ったのがその高校2年生の時です。そこからコンスタントに試合に出ることができたわけではないんですけど、自分の強みを作らないといけないということで、誰にでもできる声を出すことだったり、体を張るとかそういうところを自分はそこを強みにしなければ生き残っていけないだろうと思いました。他の選手とのコミュニケーションだとか、今まで何も考えてなかった自分から少し変わってきたのは高校2年生のDFになった時期だったと思います。

――そこから慶應ソッカー部に入部することになるのですが、そのきっかけや理由は?
宮地 僕はずっと慶應に憧れていて慶應ボーイってかっこいいなと思っていたのが入りたいと思っていた理由です。慶應に入るということが自分の中ではサッカー選手になるぐらいの目標で、そのまま高校からプロに上がっていたら、絶対慶應と関わることはなかったと思うんですけど、大学で慶應に入ってサッカーをすることができて幸せですね。

――大学サッカーで自身が成長したと思う点はどこだと思いますか?
宮地 やっぱり人間的な成長と、サッカー選手としての成長だと思います。高校時代も本当に多くの方に出会って、支えられてきたんですけど、大学はその比にならないくらい多くのもっといろいろな人がいて、そういう人たちと交流したりして、コミュニケーションを取る中で、横のつながりもそうですし、この部に入ったらOBとか、偉大な先輩方もいるので縦のつながりもそうですし、自分は体育会本部に入っているので、他部との横のつながりもそうですし、本当に多くの人に出会う中で人間として成長させてもらったなと思っています。サッカー面でも須田さんと出会って、成長できたなと思います。

――学年が上がるとやはり精神面でも成長してきましたか?
宮地 そうですね。やっぱりそこが変わってきたことで、監督とも徐々に信頼関係を築くことができるようになったことで、出場機会も与えていただいたと思っています。

――宮地選手のサッカープレーヤーとしての最終目標を教えて下さい。
宮地 世界一になることです。個人としても、日本代表になって、日の丸を背負って、ワールドカップとか東京オリンピックにもオーバーエイジでも入れるので、自分が出場して、日本を優勝させたいですね。

「絶対勝ってお世話になっているすべての方々に感謝の気持ちを勝利という形で示したい」


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――これまでの早慶定期戦を振り返ってください。
宮地 自分が入学してきて早稲田には負け続けてきて、リーグ戦では前期は勝ったし、2年前も勝ちましたけど、定期戦では1度も勝ててなくて、定期戦とは特別な舞台ですし、それは自分自身も感じました。今までの先輩を見てきてその先輩たちが本当に悔しがっている姿とか号泣している姿を見て、本当にこの早慶戦というものはみんなが大学生活とサッカー人生をかけて、臨んでいる一戦なんだなと肌で感じてきました。

――相手選手に特に意識する選手はいますか?
宮地 新井純平は意識しますね。理由は同じ主将ですし、そのつながりで純平と話すことが多くて、選抜でも話すことも多かったし、サッカー面もプライベートでも会うことが多いので、ピッチ外でも仲がいいけど、ピッチでは両校のプライドをかけてバチバチやりあえるということはとても良い関係だと思います。

――最後に、宮地選手にとって早慶戦とは?
宮地 人生をかけた一戦だと思っています。それはなぜかというと、今お世話になっているOBの方などがたくさんいるんですけど、70歳とか80歳になられても自分の当時の早慶戦の結果とか早慶戦への思いなどを僕に話してくれて、その時勝ったとか負けたとかで、人生ずっと付きまとってくるぞと言われたんです。そういう話を聞いて、本当に死ぬまで慶應ソッカー部とは付き合っていくと思うので、本当に大げさではなく人生をかけた一戦だと思っています。負けた年の主将とは言われたくないので、絶対勝ってお世話になっているすべての方々に感謝の気持ちを勝利という形で示したいと思いますし、この最高の同期とチームメイトと絶対に今年は勝ちたいと思います。

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