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本田圭佑の新たなる挑戦

2018.10.27

文=池田敏明 Text by Toshiaki IKEDA
写真=ゲッティイメージズ、HONDA ESTILOPhoto by Getty Images, HONDA ESTILO

ビッグサプライズを提供

 2018FIFAワールドカップロシア終了後、本田圭佑の去就が注目を集めた。17-18シーズンにはパチューカ(メキシコ)に在籍していたが、すでに退団を表明。ロシアワールドカップではセネガル戦で1ゴールを挙げるなど勝負強さを見せつけたものの、途中出場がメインだった。ラウンド16でベルギーに惜敗した直後には、次のワールドカップは目指さない旨を明言しており、そのまま現役引退するのではないか、とも言われていた。

 しかし8月2日、インターネットテレビの番組に出演した際に「2020年東京五輪へのオーバーエイジ枠での出場を目指し、現役を続ける」と宣言。“オーストラリアのチーム”との交渉が大詰めを迎えていることも示唆していたが、8月6日にはAリーグのメルボルン・ビクトリーとの契約締結が発表された。

 現役続行を決意した本田だったが、彼はその6日後、さらに驚くべき発表を行った。8月12日、カンボジア代表の実質的な監督に就任することを明らかにしたのだ。

 カンボジア代表での本田の肩書きは「Head of delegation」。直訳すると「代表の団長」となり、彼自身は代表監督に必要なコーチングライセンスを保有していないため、登録上はアルゼンチン国籍のフェリックス・アウグスティン・ゴンザレス・ダルマス氏が監督に就任している。しかし、記者会見での質疑応答で本田自身が明言したとおり、彼が「実質的な監督」を務めることになる。現役選手でありながら、第三国で代表監督を務める。これまで誰も成し得なかったことに挑み続けてきた本田らしい、新たな挑戦がスタートすることとなった。

カンボジアの実質的な代表監督に就任した本田圭佑 [写真]=ゲッティ イメージズ

縁深い国でのチャレンジ

 本田とカンボジアは、縁もゆかりもないわけではない。2015年11月に同国を初訪問すると、2016年11月には彼がプロデュースする「SOLTILO FAMILIASOCCER SCHOOL」のカンボジア校を開校。同年12月にはカンボジア2部リーグ(当時)のシェムリアップ・アンコールFCの経営に参入して「ソルティーロ・アンコールFC」に名称を変更し、チームを1部に引き上げている。

 本田はカンボジアを初訪問した際、「サッカーを通じてこの国の未来に夢や希望を与えられないか」と考えるようになったそうで、今回の就任に際しては自らカンボジアサッカー連盟に「現役を続けながらカンボジア代表監督をやることは可能か」と働き掛け、「本気ならオファーする」との返答を受け取ったことで、実現の運びとなったという。

 本田は代表監督就任にあたり、2つのミッションを掲げている。まずは「カンボジアのサッカースタイルを確立すること」。サッカー連盟、各クラブ、育成年代、すべてが同じ方向を向き、明確な目標を掲げて前進していく。そうやってカンボジアサッカー界を成長させていきたいと考えている。

「サッカー以外のカンボジアの魅力を世界に伝えていくこと」も、自分の使命だと考えているようだ。何度もカンボジアを訪れ、カンボジアの素晴らしさを少なからず認知している本田だからこそできることだろう。文化、農業、世界遺産、そしてカンボジア人が見せる真面目さ-。本田が伝えるべきものは数多くある。

 契約期間は2年間で、報酬は代表チームに合流するための交通費のみ。現役を続けながらのチャレンジなので選手としての職務を優先させなければならないケースも出てくるが、現地のスタッフや関係者とテレビ会議などを通じてコミュニケーションを取りつつチーム作りを進めていくという。

 どのようなスタイルを構築していくつもりかを聞かれて、本田はこのように答えている。

「カンボジアの選手の特徴は日本と似ているので、ボールポゼッションとディフェンスのハイプレスは高められると思っています。相手に応じて変わりますが、選手の特徴を生かして、柔軟な戦術を採っていきたい。ここにいる皆さんに『カンボジアのサッカーは変わったな』、『見ていて面白いな』と思ってもらえるようなサッカーを目指していきたい」

8月12日、「選手の特徴を生かして柔軟な戦術を採りたい」と、“監督”としての抱負を語った [写真]=HONDA ESTILO

初陣に手応えを感じる

 前代未聞の“選手兼代表監督”となった本田が、カンボジア代表をどのように強化していくのか。注目の初陣は9月10日、カンボジアのプノンペン・オリンピックスタジアムで行われたマレーシアとの国際親善試合だった。

 豪雨の影響でキックオフが30分遅れるハプニングに見舞われる中、本田“監督”は黒いシャツに黒いロングパンツ、そしてサングラスといういで立ちで登場。キックオフの笛が吹かれるとサングラスを外し、テクニカルエリアで指示を出しながら戦況を見守った。

 試合は開始早々から、カンボジアがセットプレーやショートカウンターで何度もチャンスを作る。そして18分、チエリー・ビンのFKの折り返しにセウイ・ウィサルが反応し、左足で強烈なボレーシュートを叩き込んでカンボジアが先制する。これには本田も思わず笑顔を浮かべた。

 カンボジアはその後も多くのチャンスを作った。特にセットプレーでは精度の高いボールが何度も供給されたが、相手GKの好セーブに遭い、追加点を奪うことができない。そして後半に入るとマレーシアの反撃を受け、3失点。本田監督の初陣を飾ることはできなかった。

「勝てなかったが満足している。最初の30分間はいい試合ができた。選手は僕が言ったことの90パーセントを実践してくれた。結果が出なかったのは僕の責任。敗因には理由があるので、今晩はそれを考えるのに時間を費やすだろう」

 初陣を終えた本田はそのように語った。手応えを感じる一方で、多くの課題もある。FIFAランキング169位(2018年9月現在)のカンボジアを強化するのは、一筋縄ではいかない難しさがあるはずだが、本田はどこまでもポジティブだ。試合から2日後の9月12日、彼は自身の公式ツイッターにおいて、英語で次のようなツイートを投稿した。

「スタジアムに来てくれたカンボジアの方々に感謝します。我々は着実に、少しずつ成長しています。チームの中に素晴らしい習慣ができつつあります。偉大なチームは、1日で作られるものではありません」

 時間は掛かるが、絶対に成長できる。本田はカンボジアの明るい未来を信じて疑わないようだ。

メルボルン・ビクトリー加入記者会見に臨んだ本田(右はケヴィン・マスカット監督)。タイトル獲得に意欲を見せた [写真]=ゲッティ イメージズ

独自の見解が議論の的に

 ツイッターと言えば、本田はたびたび、独自の見解を明らかにして議論を巻き起こしてきた。9月12日には次のようなツイートを発信している。

「今のコーチングライセンス制度は廃止して新しいルールを作るべき。プロを経験した選手は筆記テストだけで取得できるのが理想。

母数を増やして競争させる。クラブ側も目利きが今まで以上に求められる。ただ選択肢は増える。日本のサッカーはそういうことを議論するフェーズにきてる。」

 自身が監督としてのデビューを飾った直後のタイミングだっただけに、賛否両論、さまざまな意見が飛び交った。世の中には旧態依然としたルールや慣習が数多くあるが、時代に合わないものはどんどん変えていくべきだというのが本田の考えのようだ。

 現役の選手でありながら、カンボジア代表の実質的な監督でもあり、各方面でビジネスも展開している。異端に見えるかもしれないし、批判を浴びることもあるだろう。しかし、誰もやっていないことにチャレンジするのが本田の生き様だ。Aリーグの18-19シーズンは10月19日に開幕するが、その後はいよいよ「選手であり、代表監督でもある」という生活が本格的にスタートする。今後、両方の立場でどんな実績を残していくのか。本田圭佑の挑戦から、ますます目が離せない。

トレーニング施設はかなりオープンな環境。「誰でも入れるね。常識を覆される環境」と本田も最初は戸惑いを見せた [写真]=ゲッティ イメージズ

本田圭佑(ほんだ・けいすけ)
1986年6月13日生まれ、大阪府摂津市出身。CSKAモスクワやミランで活躍し、今夏メルボルン・ビクトリーに移籍。日本代表としては3度のワールドカップに出場して通算4得点を記録するなど、通算98試合37得点。選手としてのみならず、独特のライフスタイルも注目を集める。

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