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【アジアの強豪への道のり】 タイ代表に課せられたミッション、いざ挑む高い壁

2018.10.26

AFFスズキカップ3連覇を目指す新生タイ代表 [写真]=ゲッティ イメージズ

文=本多辰成 Text by Tatsunari HONDA
写真=アフロ、ゲッティ イメージズ Photo by AFLO, Getty Images

躍進を導いた英雄の退任

 ロシアワールドカップのアジア最終予選。格上の強豪国たちを相手に苦しい戦いを強いられたタイは、アウェーでの日本戦に0-4と完敗したことで敗退が決まった。2次予選ではグループFで本命と目されたイラクを抑えて首位通過を果たし、東南アジア勢として唯一、最終予選に進出。東アジア勢、中東勢にオーストラリアとウズベキスタンを加えた近年のアジアの上位グループに割って入る快進撃を見せてきたが、強国の集う最終予選の高い壁には跳ね返される結果となった。

 ワールドカップアジア予選敗退が確定した日本戦から3日後の2017年3月31日、タイサッカー界は大きな変化の時を迎えた。タイ代表の躍進を指揮官として支えてきたキャティサック・セーナムアンが、自身のSNS上で代表監督辞任を表明したのだ。現役時代はタイ代表歴代最多のキャップ数を誇るレジェンドであったキャティサックは、14年に母国の代表監督に就任。低迷していたタイ代表を若返らせることで一気に上昇気流に乗せ、指導者としてもタイのサッカー界に大きな功績を残した。代表チームの近年の急激な台頭は彼の存在なしには語れないものだっただけに、その退任は大きな意味を持っていた。

 キャティサックの後任には、タイ代表に新たな血を投入してくれる人材を海外から招へいすることになる。新監督候補には日本サッカー協会元技術委員長の霜田正浩氏ら日本人も含めて多くの名前が挙がったが、最終的にタイサッカー協会が選んだのはセルビア人のミロヴァン・ライェヴァツ氏。南アフリカワールドカップではガーナ代表をベスト8に導き、カタール代表やサウジアラビアのアル・アハリなどを率いた経験のある63歳(就任時)の指揮官にタイ代表の次のステップは託された。

 昨年4月26日に新監督就任が発表され、契約期間は延長オプション付きの1年間。だが、ロシアワールドカップ予選での敗退が決まったタイミングでの就任となったため1年以内に結果の問われる大きな国際大会はなく、当面の目標が設定しにくい難しい時期の船出となった。

ライェヴァツ監督の下で再スタートを切ったタイ代表 [写真]=アフロ

新生タイ代表の船出

 ライェヴァツ監督の初陣は、2017年6月6日にアウェーで行われたウズベキスタンとの強化試合だった。就任から1カ月を経過していたライェヴァツ新監督は、キャティサック体制下のチームをベースとしながらも国内リーグを視察して目についた新戦力を積極的に招集。特に特徴的だったのはセンターバックの人選で、それまで代表歴のなかったパンサー・ヘーミブーン(ブリーラム・ユナイテッド)とチャルンポーン・グーケーオ(ナコンラチャシマーFC)を招集してスタメンに抜擢した。逆にキャティサック監督時代はセンターバックの一角で起用されることの多かったタナブーン・ケーサラット(現バンコク・グラス)は本職のボランチに戻すなど、ディフェンスラインに独自の色を加えている。タイ代表がさらなる進化を遂げるには守備の強化が不可欠だ。その点はライェヴァツ監督就任時から言及しており、新監督の中に守備面をテコ入れする意識があったのは確かだろう。試合はウズベキスタンに0-2と敗れたが、新生タイ代表の姿がぼんやりと浮かび上がる初戦だった。

 ライェヴァツ監督は、もちろんディフェンダー陣以外にも多くの新戦力を招集した。新戦力とは言っても、パンサーは初招集の時点で27歳になろうとしており、チャルンポーンはすでに30歳と、単純に若手を発掘しようとしているわけではない。タイリーグのスタンドではライェヴァツ監督と代表スタッフ陣の姿をよく目にするが、外国人ならではのフラットな目で年齢や実績に関係なくベストな選手を選び、タイ代表を再構築しようとしているのだろう。

 新体制での2戦目はワールドカップアジア最終予選、ホームでのUAE戦だった。初陣と同様にセンターバックにはパンサーとチャルンポーンを起用し、右サイドバックにはセンターバックもこなせるアディソン・プロムラック(ムアントン・ユナイテッド)を配する守備に比重を置いた布陣。ホームゲームながらタイ得意のパスサッカーを抑えて試合をスコアレスのまま進ませ、69分に先制点を奪う狙いどおりの展開となる。後半アディショナルタイムに同点ゴールを許して歴史的な最終予選初勝利は逃したものの、守備面での意識の変化は垣間見せた。

 続く予選のラスト2試合はホームでイラクに1-2、アウェーでオーストラリアに1-2と連敗。共に1-1の同点から最後の5分で決勝点を奪われるという悔しい展開だった。アジアのトップレベルまであと一歩というタイ代表の現状を表しているような結果だったとも言えるかもしれない。

 前述したように監督就任1年目はワールドカップ予選以外に大きな公式戦は行われていないが、今年に入ってタイサッカー協会はライェヴァツ監督との契約延長を決めた。ワールドカップ予選3試合の内容、そして北朝鮮、ベラルーシ、ブルキナファソをタイに招いて行われたキングスカップでのタイトル獲得も評価されたのだろう。だが、タイ代表にとって本当の勝負は18年末から19年1月にかけて控えている。11月に開幕する3連覇を懸けたAFFスズキカップ(東南アジア選手権)、そして3大会ぶりに本大会出場を決めている年明けのAFCアジアカップだ。どちらもタイにとっては非常に重要な大会であり、ライェヴァツ監督への真のジャッジもそこで下されることになるだろう。

昨年4月に代表監督に就任したライェヴァツ氏(中央) [写真]=ゲッティ イメージズ

アジアの強豪への正念場

 急成長で一気にアジアの上位グループに加わろうとしているタイ。国内に本格的なプロリーグが誕生して多くの若い才能が育つ土壌が生まれ、みるみるうちに飛躍していく姿はJリーグがスタートした時代の日本と重なって見える部分も多い。

「海外組」の登場も、そう感じさせる点の一つだ。昨年からタイのトップ選手たちの海外移籍が本格化。チャナティップ・ソングラシンの北海道コンサドーレ札幌移籍を皮切りに、サンフレッチェ広島にティーラシン・デーンダー、ヴィッセル神戸にティーラトン・ブンマタンとタイ代表の主力たちが次々とJリーグ移籍を果たした。今や札幌に欠かせない存在となったチャナティップを筆頭にタイ代表クラスの選手はJ1でも十分に通用することを証明しており、タイ人選手を見る日本側の目も確実に変化しただろう。その意味で、タイサッカーにとってのチャナティップは日本サッカーにとっての中田英寿のような役割を果たしているようにも思える。

 さらに、タイ代表の守護神を務めるカウィン・タマサチャナンは今シーズン、タイリーグの強豪ムアントン・ユナイテッドからベルギー2部のOHルーヴェンへの移籍を果たし、ヨーロッパでプレーしている。Jリーグ勢を含めた「海外組」は、もちろんライェヴァツ体制下のタイ代表でも中心選手として不動の存在。日本サッカーの急成長時代と同様に、海外のリーグで経験を積んだ彼らがこれから代表チームに多くのものを還元することになるだろう。

 だが、成長期とはいえ上ばかり見ていられない状況もある。他の東南アジア諸国もタイに劣らない勢いで急速に力を付けているからだ。今年1月に行われたU-23アジア選手権ではベトナムが準優勝の快挙を成し遂げ、マレーシアも準々決勝に進出。8月にインドネシアで開催されたアジア大会でもベトナムがベスト4進出、マレーシアとインドネシアも決勝トーナメントに駒を進めている。さらに、2014年にはU-19アジア選手権でミャンマーがベスト4に入り、U-20ワールドカップ初出場を果たして驚きを与えた。いずれの大会でもタイはそれを下回る成績に終わっており、若い世代ではむしろタイ以外の東南アジア諸国の躍進が目につく状況なのだ。

 最新のFIFAランキングを見ても、タイは122位でベトナム(102位)、フィリピン(114位)の後塵を拝している。実際、フィリピンは来年のAFCアジアカップで初の本戦出場を決めており、同じくベトナムも自国開催の大会を除けば初となる本戦に駒を進めた(南ベトナムとしては2度出場)。ライバルたちが力を付けている上に、AFFスズキカップの開催期間は国際Aマッチデーに当たらないためタイは「海外組」を招集できない可能性もある。タイ代表にとって同大会の3連覇は絶対のミッションと言えるが、決して簡単なことではないはずだ。仮に東南アジア内で足元をすくわれる結果となれば、ライェヴァツ監督の進退を問う声が上がることも避けられないだろう。

 東南アジアの王座を死守した上で、ワールドカップアジア最終予選進出という結果がフロックでないことをAFCアジアカップで証明することができるか。アジアの強豪国への歩みを始めたタイ代表は今、正念場を迎えている。

札幌の応援席には、チャナティップに向けられたフラッグも。彼らの活躍により、日本から見たタイサッカー界のイメージも変わりつつある [写真]=ゲッティ イメージズ

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