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母国との対戦を控え…フランスのレジェンド、アンリ・コーチにも注目

2018.07.10

ベルギー代表のコーチを務めるアンリ氏 [写真]=Getty Images

 2018 FIFAワールドカップ ロシアはいよいよ準決勝を迎える。10日に行われるのはベルギーとフランスによる“隣国対決”。この大一番で密かに注目を集めているのが、元フランス代表FWで、現在はベルギー代表のコーチを務めるティエリ・アンリ氏だ。

 自国開催となった1998年大会で初のW杯優勝を成し遂げたフランス代表メンバーの一人。通算123試合出場は同国歴代2位、51ゴールは歴代1位を誇るレジェンドだ。当時の代表キャプテンであるディディエ・デシャン監督が今回の一戦に先立って、「彼がベルギーのベンチにいるのは不思議な感じだ」と口にしたのも無理はない。

 そんなアンリ氏がベルギー代表のチームスタッフとして入閣したのは、2016年8月のことだった。同代表は直前のユーロ2016で、ウェールズ代表に敗れてベスト8敗退。2014年のブラジルW杯に続いて“8強の壁”を乗り越えることができなかった。MFケヴィン・デ・ブライネとMFエデン・アザールはプレミアリーグでトップ5に入る逸材であり、FWロメル・ルカクは世界で最も恐れられているストライカーの一人。GKティボー・クルトワも世界最高の守護神としての評判を確立している。だが、世界屈指のタレント集団はチームとしてのまとまりを欠き、肝心なところでの勝負弱さが目立っていた。

 そこで“黄金世代”を真の戦う集団へと変貌させるため、ベルギーサッカー協会は新たな改革に乗り出す。ユーロ2016終了後にマルク・ヴィルモッツ監督との契約を解除すると、後任監督の選定を開始。同時に、選手として国際大会で優勝した経験を持ち、そのノウハウを代表選手たちに伝授してくれるコーチの招へいを目論んだ。

 イギリス紙『ガーディアン』によると、そんな折に名前が挙がったのがアンリだったという。後任候補の一人だったラルフ・ラングニック(現ライプツィヒ監督)が適任者として名前を挙げたのが、アンリ氏だったそうだ。

 ラングニックは、アンリ氏がベルギー代表に関心を持っていること、そして自分が正式に監督就任を果たした場合には彼をスタッフに加えることを協会に伝えたという。結局、新監督に任命されたのはロベルト・マルティネスだったが、スペイン人指揮官もアンリ氏のコーチ就任を歓迎した。

「ティエリ(アンリ)は、まったく違ったものを代表チームにもたらしてくれる。彼は母国のために特別なものを勝ち取るという状況を経験してきた人間だ。今の我々にとって、とても重要な存在であり、選手たちにはこれまでの経験を伝えてほしい」

 マルティネス新監督がそう語ったように、ベルギー代表に欠けていた“勝者のメンタリティ”を注入するのに、アンリ氏以上に相応しい人物はいなかった。

 その成果は、今大会の成績が証明している。3連勝でグループGを首位突破すると、決勝トーナメントでは日本、そしてブラジルを撃破。1986年のメキシコW杯以来となるベスト4進出を果たした。ここまで14得点は大会最多。32年前に記録したW杯1大会の得点記録(12ゴール)も塗り替えた。

 何より、現体制が発足して以降、黒星を喫したのは1試合だけ。それも2016年9月1日に行われたスペインとの初陣であり、0-2で敗れた同試合以降は24試合連続の無敗記録を継続中。フランスに勝てば史上初の決勝進出を果たし、全勝でのW杯優勝も不可能ではない。

 もちろん、選手たちからの評判も上々だ。MFアドナン・ヤヌザイが「彼の指導はとても細かくて分かりやすい」と話せば、FWミシー・バチュアイは「上達するために多くのアドバイスをくれる」と絶賛。ルカクも「FWとしての動き出しやスペースの見つけ方、そしてボールコントロールの方法まで。彼は出来る限りのことをしてくれる」と、サッカー史にその名を残す偉大なストライカーの献身的な働きぶりに賛辞を送っている。代表活動期間外でも、アンリ氏はイングランドのサッカー番組で解説者を務めているため、ルカクを筆頭にプレミアリーグでプレーする選手たちとは定期的にコンタクトをとることができる。そこで、選手に直接アドバイスを授けることもあるという。

 もっとも、アンリ氏は“あくまでコーチ”という立場を崩しておらず、自分にスポットライトが当たらないよう意識的に振る舞っているようだ。選手として輝かしいキャリアを送ったとはいえ、指導者としてはあくまで“新人”。プレミアリーグなど、最上位カテゴリーで監督を務めることが可能なUEFA Proライセンスは今年5月に取得したばかりだ。実際、ベルギー代表のコーチとしてインタビューに応じることはほとんどないという。そんな中、同国の公共放送が行った貴重なインタビューで、本人は代表コーチとしての心構えを次のように語っている。

「私は代表監督でもなければ、アシスタントコーチでもない。あくまで3番目のコーチだ。この職に就いたときから言っているように、全員が落ち着かなければならない。これは“ティエリ・アンリ・ショー”というテレビ番組ではないんだ」

「私は監督や選手たちをサポートするためにここにいる。メディアに向かって話をするのは監督の仕事だ。私はチームを今以上に良くするつもりだ。選手時代に何を成し遂げたか、コーチとしてそれを話す必要はない。それにコーチとして、私はまだ何も成し遂げていない」

 その言葉を裏付けるように、アンリ氏はコーチ活動を指導者研修の一環だと捉えており、ベルギー協会から受け取る報酬を懐に収めず、チャリティー団体へ寄付しているという。またマルティネス監督は今大会の開幕前に2020年までの契約延長を締結したが、アンリ氏は延長オファーを固辞したとされる。

 実際のところ、アンリ氏のベルギー代表での役割はかなり限定されている。基本的には、攻撃的な選手のトレーニングとセットプレーを担当するのみ。それ以外のセッションでは、コーンを移動したり、練習を静かに見守ったりと黒子に徹している。ただし近寄りがたい雰囲気はなく、気分転換にアザールとバスケットボールをすることもあれば、主将のDFヴァンサン・コンパニとは試合を見返すこともあるという。コーチというより兄貴分のような存在で、笑顔が絶えないそうだ。

 今ではすっかりベルギー代表の一員となったアンリ氏。それでも、母国フランスとの準決勝は特別な一戦になるだろう。

 フランス代表FWオリヴィエ・ジルーは偉大な先輩が敵ベンチにいることについて、「ティティ(アンリの愛称)が間違ったチームを選んだことを証明できれば誇らしい」と冗談交じりにコメントした。ただ、ベルギー代表のコーチに就任するまで、アンリ氏のもとにはフランスサッカー協会から何のオファーも届かなかっただけだ。同協会のノエル・ル・グラエ会長は、アンリ氏が長い間イングランドに拠点を置いていたため、あまり接触を図ってこなかったことを認めている。タイミングが違えば、今頃フランス代表は、『デシャン&アンリ』の黄金コンビに率いられていたかもしれない。ただそれも人生であり、サッカーの面白さとも言える。

 通算74回目の“隣国対決”は、果たしてどんな結末を迎えるのか。そしてアンリ氏はどんな心境でフランス国歌を聞き、試合終了後の結果をどう受け止めるのか。真の主役はピッチに立つ22人の選手たちだが、ベルギー代表のベンチにいるはずの褐色肌のフランス人には、両国民、そして世界中のサッカーファンから熱い視線が注がれることになるだろう。

(記事/Footmedia

By Footmedia

「フットボール」と「メディア」ふたつの要素を併せ持つプロフェッショナル集団を目指し集まったグループ。

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