2015.10.25

城、大久保、中村俊、そして乾へ…“聖地”カンプ・ノウでバルサと戦った日本人

乾貴志
乾はカンプ・ノウデビューを飾る史上4人目の日本人選手となるか [写真]=Getty Images
「フットボール」と「メディア」ふたつの要素を併せ持つプロフェッショナル集団を目指し集まったグループ。

 カンプ・ノウのピッチに日本人が立つ――。今や海外リーグで活躍する日本人選手は珍しくないが、バルセロナの“聖地”でプレーするのは、やはり特別なことだろう。実際、過去にそのチャンスを手にした者は数えるばかりだ。

 25日に行われるリーガ・エスパニョーラ第9節で、MF乾貴士が所属するエイバルは、バルセロナとのアウェーゲームに臨む。この試合で乾が出場すれば、カンプ・ノウデビューを飾る史上4人目の日本人選手になる。

 日本人選手が初めてカンプ・ノウのピッチに立ったのは、今から15年前のこと。2000年2月20日に行われたリーガ第25節で、当時バジャドリードにレンタル移籍していたFW城彰二氏が先発フル出場を果たした。

 当時のバルセロナを率いたのは、現在マンチェスター・ユナイテッドの指揮官を務めるルイス・ファン・ハール。また同じピッチには、当時まだ21歳だったカルラス・プジョルをはじめ、ルイス・フィーゴ、リヴァウド、パトリック・クライファート、ヤン・リトマネン、そして現トップチームの監督であるルイス・エンリケがいた。一流監督やスター選手を相手に戦う日本人の姿を見て、思わず鳥肌が立ったファンも少なくなかっただろう。

 ただし、結果は、その翌節にレアル・マドリードとのクラシコを控えていたバルサに4ゴールを奪われる完敗。後半には、城氏も深い切り返しでプジョルのスライディングをかわして、シュートを放つなど見せ場を作ったが、本気の相手に力の差を見せつけられた格好となり、スペインサッカーの実力の高さを実感した瞬間でもあった。

 それから時計の針を進めること、5年後。次にカンプ・ノウへの挑戦権を手にしたのは、当時マジョルカでプレーしたFW大久保嘉人だった。2005年2月19日のリーガ第24節で、後半途中から出場。プレー時間はわずか20分足らずだったが、フランク・ライカールト監督が率い、デコ、ロナウジーニョ、リュドヴィク・ジュリ、サミュエル・エトーらを擁したバルサと対戦した。

 なお同選手は、それから約7ヶ月後にも、再びカンプ・ノウのピッチに立っている。2005年9月11日のリーガ第2節、バルセロナとのアウェーゲームに臨むと、先発出場して70分過ぎまでプレー。前回対戦同様、0-2での完封負けだったが、そのシーズンに14年ぶりの欧州制覇を成し遂げるチームに対しても果敢にチャレンジしていた姿は記憶に新しい。

 カンプ・ノウでプレーした最後の日本人は、当時スコットランドのセルティックに所属したMF中村俊輔である。その舞台はリーガではなく、チャンピオンズリーグだった。2007-08シーズン、同大会のグループステージを2位で通過したセルティックは、決勝トーナメント1回戦でバルサと対戦。そして、2008年3月4日に行なわれたセカンドレグで、カンプ・ノウのピッチに立った。試合は、シャビの決勝ゴールでバルセロナが1-0で勝利。セルティックにとっては、CL敗退を意味する敗北だったが、同選手にとっては念願の夢を叶えた瞬間だった。

 城氏から始まった歴史は、乾がプレーすれば通算4人目となる。過去の記録を振り返っても、日本人選手はカンプ・ノウで全敗、さらに本人だけではなく、所属するチームが得点した例もない。“鬼門”と言われるリーガで、とりわけ高い壁となってきたスタジアムなのだ。

 果たして、日本人選手として、今度こそ確かな爪痕を残すことができるのか。今週、スペインのテレビ局『Cuatro』のインタビューで、「バルサに勝つぞ!」とスペイン語で力強く宣言した乾の活躍に期待がかかる。

(記事/Footmedia)

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