2018.12.20

スールシャール氏の行く末は?…モウリーニョの後任監督たちを振り返る

オーレ・グンナー・スールシャール、ビクトル・フェルナンデス、アヴラム・グラント、ラファエル・ベニテス、カルロ・アンチェロッティ、フース・ヒディンク
モウリーニョ監督の後任監督たち [写真]=Getty Images
「フットボール」と「メディア」ふたつの要素を併せ持つプロフェッショナル集団を目指し集まったグループ。

 マンチェスター・Uは19日、元ノルウェー代表FWオーレ・グンナー・スールシャール氏が今季終了まで暫定的にチームを率いることを発表した。

 同クラブは、18日にジョゼ・モウリーニョ監督の退任を発表。後任人事については様々な憶測が流れていたが、まずはOBであるスールシャール氏にチームの再建を託すこととなった。

 では、モウリーニョ監督の後任としてチームを引き継いだ監督たちはどのような成績を残してきたのか。“ポスト・モウリーニョ”の役割を担ってきた監督たちの戦績を改めて振り返る。

写真=Getty Images

■ビクトル・フェルナンデス

ビクトル・フェルナンデス

(写真は2014年12月、デポルティーボ指揮時のもの)

クラブ:ポルト
在任期間:2004年8月~2005年1月
指揮数(戦績):29試合(12勝10分け7敗)

 モウリーニョ監督は、2003-04シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)制覇を置き土産にポルトを退団。後任監督に指名されたのは、イタリア出身のルイジ・デル・ネーリ氏だった。しかし、同氏は公式戦で1試合も指揮をとることなく解任。代わってチームを託されたのが、スペイン出身のビクトル・フェルナンデス氏だった。

 攻撃的サッカーを志向することで知られたビクトル・フェルナンデス氏は、“欧州王者”として臨んだインターコンチネンタルカップで優勝。さらにCLでも決勝トーナメント進出を果たした。だが、モウリーニョ体制ほどの好成績を残せていないとして、就任からわずか5カ月で解任。公式戦29試合を指揮して12勝10分け7敗、勝率は41.3パーセントだった。

■アヴラム・グラント

アヴラム・グラント

クラブ:チェルシー
在任期間:2007年9月~2008年5月
指揮数(戦績):54試合(36勝12分け6敗)

 チェルシーを初めて指揮したモウリーニョ監督は、4年目の2007-08シーズンにオーナーのロマン・アブラモヴィッチ氏と激しく衝突。シーズン開幕から約1カ月で解任された。後任は、当時クラブのフットボールダイレクターを務めていた、イスラエル出身のアヴラム・グラント氏。ロシア語に堪能で、オーナーと親しかったのが就任の決め手となった。

 イングランドでの知名度は低かったが、就任2試合目から公式戦16戦無敗を達成。すぐに結果を残して、3カ月後には“暫定監督”から正式な監督に就任することとなった。しかし、クラブ史上初の決勝進出となったCLでは、PK戦の末にマンチェスター・Uに敗戦。さらにリーグ戦でもマンチェスター・Uを上回れずに2位、リーグカップも準優勝と、ここ一番での勝負弱さを露呈した。終わってみれば、4季ぶりの無冠が確定。サポーターからの評判も良くなかったことから、シーズン終了後に退任した。

■ラファエル・ベニテス

ラファエル・ベニテス

クラブ:インテル
在任期間:2010年6月~2010年12月
指揮数(戦績):25試合(12勝6分け7敗)

 インテルでイタリア史上初の3冠を達成したモウリーニョ監督の後任として、2010年6月に就任。すると、8月に行われたスーペルコッパ・イタリアーナ、12月に行われたFIFAクラブワールドカップで優勝を飾った。幸先よく2つのタイトルをクラブにもたらしたが、セリエAで極度のスランプに陥ったことに加え、マッシモ・モラッティ会長との不和もあり、ウインターブレイク突入直後に双方合意の上で契約を解除。わずか半年の短命政権に終わった。

 後日、ベニテス監督は希望した補強が行われなかったとしてインテルを批判したが、モラッティ会長は「性格に難があった」とスペイン人指揮官を酷評した。

■カルロ・アンチェロッティ

カルロ・アンチェロッティ

クラブ:レアル・マドリード
在任期間:2013年6月~2015年5月
指揮数(戦績):119試合(89勝14分け16敗)

 レアル・マドリードは2013年6月、3年間にわたってチームを指揮したモウリーニョ監督の後任として、カルロ・アンチェロッティ氏の招へいを発表した。イタリア人指揮官は、リーガ・エスパニョーラ初挑戦。さらに、メスト・エジル、ゴンサロ・イグアインという2人の主力選手が退団する一方で、クリスティアーノ・ロナウドとポジションが被るギャレス・ベイルがフロント主導で加入するなど、就任早々からサプライズ人事に直面した。だが、4-3-3を新たに導入して、ベイルを右ウイング、アンヘル・ディ・マリアをインサイドMFとして起用すると、1年目からコパ・デル・レイ(スペイン国王杯)とCLの2冠を達成。優れた手腕でクラブに史上10度目のビッグイヤーをもたらした。

 2年目のシーズンも開幕から好調をキープ。前半戦は公式戦22連勝を達成し、FIFAクラブワールドカップでも優勝を飾った。しかし、後半戦に大失速。リーガ・エスパニョーラではバルセロナに優勝を譲り、コパ・デル・レイとCLでは連覇を逃した。チームを率いた2年間で74.8パーセントという高い勝率を記録したが、主要タイトルを逃したことが原因でシーズン終了後に解任された。

■フース・ヒディンク

フース・ヒディンク

クラブ:チェルシー
在任期間:2015年12月~2016年5月
指揮数(戦績):27試合(10勝11分け6敗)

 2度目のチェルシー指揮で、クラブに再びプレミアリーグのタイトルをもたらしたモウリーニョ監督。しかし鬼門の3年目で極度の不振に陥ると、2015年12月にまたも解任の憂き目にあった。ここで後任に指名されたのが、オランダ出身のフース・ヒディンク氏。2008-09シーズンに続き二度目の暫定政権となった。

 言語も文化も異なる環境でチームを団結させる手腕は“ヒディンク・マジック”と呼ばれ、前回の暫定指揮時は、低迷していたチームを見事に立て直してFAカップ優勝を達成。このときも、就任初戦から11試合連続で無敗をキープし、奇跡の再現が期待された。しかし、パリ・サンジェルマンに力負けを喫してCLはベスト16で姿を消すと、FAカップでもエヴァートンに敗れてベスト8で敗退。プレミアリーグは前年度王者として当時の歴代ワーストの10位に終わった。

 クラブはシーズン終了前にアントニオ・コンテ氏の次期監督就任を発表し、ヒディンク監督はシーズン終了後に任期満了で退任となった。

(記事/Footmedia)

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