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【戸田和幸氏の2016-2017プレミアリーグ総括・前編】アーセナルはなぜトップ4を逃したのか?

2017.07.10

プレミアリーグの解説でおなじみの戸田氏[写真]=野口岳彦

2016-2017シーズンのプレミアリーグでは「アーセナルがトップ4に入る」という一つの定説が崩れた。アーセン・ヴェンゲル監督の下、20年にわたって上位をキープしてきたアーセナルはなぜトップ4から陥落したのか。元日本代表MFで、現在はサッカー解説者として活躍する戸田和幸氏にその理由を聞いた。

インタビュー=国井洋之 写真=野口岳彦
 

アーセナルはサンチェスとエジルのチーム

アーセナルがプレミアリーグのトップ4を逃し、チャンピオンズリーグの連続出場も「19」でストップしました。原因として様々なことが考えられると思いますが、戸田さんの見解を聞かせてください。

監督、選手層、選手の質、プレースタイル……いろいろと要因はあったと思います。

もちろんこれはライバルチームと比較して相対的に見た時の話ですが、僕の印象ではアーセナルはやはり(アレクシス)サンチェスと(メスト)エジルのチームです。アーセナルのすべては彼らから始まる。プレミアのトップ6の中で、これだけ特定の個人に依存しているチームは他にないのではないでしょうか。

例えばマンチェスター・シティにとって(ダビド)シルバや(ケヴィン)デ・ブライネは非常に重要な選手ではありますし、チェルシーでは(エデン)アザールやジエゴ・コスタもそういった存在と言えます。ですが、攻撃のほぼすべてが彼らから始まるかと言ったら決してそんなことはありません。チェルシーもスパーズ(トッテナム)もシティも、まずはチームとしての全体像がありシステムがあり……というようにそれぞれチームとしての骨格があります。そういう中でアーセナルは良い意味で言えば選手に任せている、違った言い方をすると依存していると言えるのではないでしょうか。

選手の質にしてもストライカーや中盤のセンターをはじめ、ライバルと比べると少し足りないと思います。センターバックは(シュコドラン)ムスタフィが来て、(ローラン)コシェルニーの負担はだいぶ減り、レベルの高いユニットを形成しましたし、GKの(ペトル)チェフは変わらずトップレベルを維持しています。しかし中盤に目を移すと、(グラニト)ジャカをはじめ良い選手はそろっていますが、他のクラブの同ポジションの選手たちと比べるとやはり足りない。アーセナルというチームはサンチェスとエジルという飛び抜けたレベルの選手が2人いて、そこから離れたところに他の選手のグループがあるという印象です。

システムについてはシーズン終盤に3バックへと変更しましたが、明確な狙いがあって変更したというよりは失点を食い止めるための緊急的な措置としてそうせざるを得なかったという印象でした。

プレッシングや守備ブロックの形成方法、攻守の切り替えなどのスピードについても、選手のモチベーションが高い時はよく機能していて「アーセナルにもこういうことができるんだ」と思わせてくれますが、それを戦略としてやっているかというと何とも言えない部分がありましたし、シーズンを通してきちんとした方法論を持っていたかというと自分にはそうは見えませんでした。

それはつまり、監督の戦略的な引き出しの差ということでしょうか?

まずはクラブとしての方針に尽きるのかなと。アーセナルは健全経営が売りで基本的に他のビッグクラブほど大きな投資は行ってきませんでした。そういう視点で見るとヴェンゲル監督はクラブにとって理想的な監督であったと言えますし、実際に若い選手たちが試合に出て経験を積み成長していくというところでは、(アレックス)オックスレイド・チェンバレンや(エクトル)ベジェリン、(アレックス)イウォビのような選手も育ってきています。しかし、サッカーを取り巻く環境は変わってしまいました。

他のクラブはもっとタイムリーにお金を使い、よそから優秀な選手を引っ張ってくる。健全経営や若手の育成が良いか悪いかではなく、現実問題としてどのチームもお金を使う時代になりました。

クラブが「健全経営」にプライオリティを置いている以上、今の時代は勝てないと?

健全経営を第一に掲げている以上、一定額以上の投資はしませんよね。投資をしないということは勝つための選手がそろわない、もしくはそろい切らないということに繋がると思います。アーセナルの選手たちは全員が一流だとは思いますが、残念ながらライバルチームの選手たちのほうがワンランク上というか……。であればそういう中で特別な戦術やプレースタイルがあるかというと、そこは割とオーソドックスですよね。

4-2-3-1のオーソドックスなシステムの上に人を配置して自由を与える、選手たちのイマジネーションを活用しながら攻撃していく。それはアーセナルが持つ素晴らしさでもあると思うんですが、例えばその良さを消された時、もしくは相手の力が上だという時にどうすればいいかという部分で苦労しているように見えます。

2016/17シーズンも前半戦は好調でした。ただ、後半戦に入ると“いつもの”失速が始まります。

これまで話したような問題点が決定的になったのが、敵地でのチェルシー戦(2月4日、1ー3で敗戦)だったと思います。

僕はこの試合を現地で見ていましたが、監督の中に明確な全体像があって各ポジション毎に明確な役割があって、組織だった守備に個の能力を上手に組み込んで攻めていたのが青いチーム。一方でサンチェスとエジルに委ねていたものを完全に消されて敗れてしまったのが赤いチーム。結果的に試合を決めたのはアザールのスーパーゴールではありましたが、それ以前にチームとしての戦い方の部分や個々の身体的な強さなどで大きな差を感じた試合でした。しかもサンチェスとエジルを抑え込まれた時にアーセナルがどう対処していくかというのも全く見ることができませんでした。

またサンチェスをスタメンから外し、よりダイレクトなフットボールをと臨んだリヴァプール戦(3月4日、1-3で敗戦)では「闘う」部分で適わずリヴァプールの勢いを前に完敗を喫しましたし、3バックに変更するきっかけとなったクリスタル・パレスとの試合(4月10日 0-3で敗戦)でも苦手とする空中戦やフィジカルの勝負に持ち込まれて良いところなく敗れてしまいました。またホワイト・ハート・レーンでの最後のノースロンドンダービーとなったスパーズ戦も、残念ながら完敗という言い方しかできない内容と結果だったと思います。

ただ、一方でシーズン序盤ではありますが、チェルシーを完膚なきまでに粉砕した試合(9月24日 3-0で勝利)は素晴らしいの一言でしたし、マンチェスター・ユナイテッド戦(5月7日、2ー0で勝利)は相手がヨーロッパリーグ(EL)を取りに行くと決めてメンバーを落とした中ではありましたが、攻守ともに圧倒する内容でした。FAカップ決勝(5月27日、チェルシーに2ー1で勝利)もタイトルへの強い気持ちが見られ、前へ前へと攻めていく良い試合でした。最終的な結果という意味では厳しいシーズンとなったアーセナルではありますが、ポイントポイントで素晴らしい試合はあったんです。

しかしシーズンを通して見ると、それが本当にチームとして持っているスタイルなのかという疑問が残りましたし、選手のモチベーションがベースにあってそれにものすごく左右されているように見える。この数年のアーセナルを見てきてそう感じました。
 

[写真]=野口岳彦

サンチェスの1トップはもっと続けてほしかった

昨シーズンはヴェンゲル監督の退任を求めるサポーターのデモなどもありました。あのような状況が毎試合続くことの影響についてはどうですか?

なかなかああいった事は起こらないですからプレッシャーは非常に大きかったと思います。

それでも選手たちは基本的にヴェンゲル監督のことを支持しているのではないでしょうか。なぜなら決め事が少なく選手たちに委ねてくれる、監督から口うるさく「ああしろ、こうしろ」とは言われていないはずですから。選手というものは、当たり前ですがフットボールにおいて主役ですから、監督からああだこうだと言われるよりは自由を与えられて自分たちの感覚やリズムでプレーしたいものです。

ただ残念ながら、それだけではどのレベルにおいても常に勝ち続けるのは難しいと思います。ですから、正直なところヴェンゲル監督の続投には驚きました。個人的にはFAカップを獲って次にバトンタッチするものと思っていましたが、タイトルを獲ったことが評価されての続投という判断なのだと思います。

昨シーズンのアーセナルというところでもう一つ挙げさせてもらうと、チャンピオンズリーグ(CL)でバイエルンに敗れた2試合(2戦合計2ー10で敗戦)は「このレベルの相手にはどうやっても敵わないな」という思いが強く残りました。セカンドレグでは思い切ってそれまで採用することのなかった4-3-3を採用して攻めに出ましたが、それもバイエルンを前にしては効果を発揮することはできず惨敗を喫しました。あそこまで完膚なきまでに叩きのめされた試合はアーセナルファンでなくてもショッキングなものだったのではないでしょうか。

「策」という意味では、戦術や采配の部分で頑なだったヴェンゲル監督にも少しだけ変化が見られました。シーズン序盤に採用していたサンチェスの1トップなどはその好例だったと思います。

サンチェスの1トップはすごく良かったと思います。素晴らしい技術と身体能力・得点感覚を持った何でもできるスーパーな選手ですし、素早い動きでボールを引き出し狭いスペースでも難なく前を向いて仕掛けることができる。滅多にボールも奪われませんし、パスも素晴らしく上手、平面にパスコースがなくても上からパスを届けてしまう視野の広さ、感覚、スキルがある。

ただ、それがうまく運ばないように見えると、(オリヴィエ)ジルーを入れてサンチェスを左に移動させたりしていましたよね。もちろんそれも一つの解決策でありオプションだとは思いますが、サンチェスの1トップを採用するのであればそれをとことんやって熟成せていくという選択もあったのではないかと。ショートパス・スピード・コンビネーションといったアーセナルらしさという意味でも個人的に可能性を感じていたので、もっと続けてほしかったという気持ちで見ていました。

サンチェスは相手の陣形にズレを作るというか、とにかくつかみづらい動きをしますよね。しかもスピードがあって技術的な精度も非常に高く、なおかつアイデアもある。エジルとの関係も距離が近いので常にお互いがお互いを意識しながら様々なアイデアを共有してゴールに迫ることができていましたし、他の選手に対しても多くのチャンスメークをしていました。

また、彼はものすごく勝ちたい選手ですから味方に対して「もっと来い!」とジェスチャーしながら積極的にプレッシングにも入っていましたし、前線からのプレッシングというところで考えてもサンチェスのトップ起用には大きな可能性を感じていました。

シーズン終盤には3バックを採用していました。この変更についてはどんな印象ですか?

パレスに0-3で敗れた後から採用したということを考えても、苦肉の策だったのではないかと思います。レスター戦(4月26日、1ー0で勝利)とスパーズ戦(4月30日、0ー2で敗戦)を現地で見ましたが、守勢に回ったスパーズ戦では「3ー4ー3」というよりも「5ー4ー1」のような形になってしまい機能することはありませんでした。

あのシステムでは守勢に回った時にサンチェスとエジルが「4」の左右に入ることになりますが、闘争心と運動量を持つサンチェスは別として、アーティストタイプのエジルはやはり守備を苦手としているので、どうしてもエジルのいる右サイドを使われてしまう。しかも攻撃時には2人とも自由に振る舞うので、守備に切り替わった局面でバランスを整えるのが難しい。

FAカップ決勝のように後ろに人数をそろえることなく、常に攻撃的なマインドで積極的に仕掛け続けることができれば、3-4-3は非常に効果的なシステムになると言えます。ですが、試合の中で必ず迎える自陣での守備という局面を考えると5-4-1という形をとることになり、サンチェスとエジルがそれぞれ中盤の両サイドに入ることになりますから、スパーズ戦で露呈してしまったように特にエジルのサイドを狙われると機能させるのが難しいシステムとも言えます。

基本中盤には4枚いる形にはなりますが、実質的にサンチェスとエジルがそのラインに戻って来られるかということと、戻ってきても特にエジルは守備が苦手なので彼のサイドを狙われると他の3人は結局スタートポジションから右にズレていかなければならない。守備が弱いと分かっていても右サイドにはエジルがいる以上、まずは4枚で立つことになるので余計な運動量が必要になる場面が出てきます。結果として右サイドの守備が機能しないので他の選手が右にスライドしますが、スライドした時にはすでに後手を踏んでいるので奪うところまでは持ち込めない、あるいは逆サイドへと展開されてしまう。

そうなると左→右→左と大きく振られることになり、さらに走らされることになってしまいます。特にスパーズ戦の前半はエジルのところを徹底的に狙われてしまい終始押し込まれ続けました。失点自体は後半に奪われたものでしたが、試合としては前半からスパーズが圧倒したと言える内容でした。

ヴェンゲル監督の続投が決まった中で、今後のアーセナルに求められるチーム作りとはどんなものでしょうか?

まずサンチェスとエジルの去就がどうなるかという問題がありますが、この2人を保持できたとしても、他のクラブがしてきたようにタイムリーにお金を使って身体的に強い選手をそろえて、なおかつ監督がそこに色を加えて、ということをやっていく必要があるのではないでしょうか。これまでオーソドックスな形で選手に委ねて戦ってきた結果、ついにトップ4を逃してしまった。CLの出場権を逃してしまったことによって絶対的な柱が抜けてしまうかもしれないという状況を招いてしまいました。

これまでアーセナルを見させてもらってきた中での僕の印象では、ヴェンゲル監督は試合によって選手の配置を変えたり役割を変えたり、ゲームプランそのものを変えたりということをほとんどしてきていません。先ほど話したように、バイエルンとのセカンドレグやリヴァプール戦では思い切ってシステムやメンバーを変えてはみたものの、残念ながら機能するところまではいきませんでした。あくまでも個人の見解として、調子の良い選手を選んで「サッカーを楽しんでこい」と送り出すようなタイプの監督さんなのではないかと見ています。

今回CLの出場権を失ったことで、ひょっとしたら新しい選手との交渉がうまくいかない可能性もありますが、そういう状況下で新シーズンを戦った時にどうなるのか。CLを逃したことがきっかけで今までとは違う方向に行ってしまうのではという不安はありますが、同時にどうなっていくのか、新たな何かを見ることができるかもしれないという興味深さもありますね。

アーセナルに最も必要な選手は誰でしょう? プレミアリーグの選手限定で挙げていただけますか?

中盤の真ん中の選手ではないでしょうか。基本的にアーセナルは4-2-3-1という一つのシステムで戦ってきましたが、(サンティ)カソルラがケガで離脱して以降、いわゆるパスでゲームを作ることができるアンカー的な役割をこなせる選手がなかなか見つかっていません。アーセナルはボールを持ってナンボのチームですが、実はアンカータイプの選手がおらず、起用されるのも(フランシス)コクラン、(モハメド)エルネニー、(アーロン)ラムジー、チェンバレン、ジャカと、ジャカ以外はパサータイプではない選手です。また攻撃的にということであれば4ー3ー3という選択もあっていいと思いますし、個人的にはそんなアーセナルも見てみたいです。

僕が昨シーズンのプレミアを見ていて一番驚いたのはシティのヤヤ・トゥーレの変貌ぶりでした。去就問題などもあって一度は完全にチームから外されましたけど、戻ってきたら驚くほどハードワークするようになっていてシティの中盤にクオリティと強さをもたらしました。

190センチと体が大きく技術的に非常にレベルの高い、だけどあまり守備には積極的ではなかった選手が、時には体を投げ出したり全速力で自陣まで戻るようになったんです。年齢的には34歳を迎えていますが、まだまだというかここにきてさらに頼りになる選手になったという印象です。

これまで運動量が少ない中でも決定的な仕事をしていた選手が、当たり前のように走ってディフェンスもするようになった。なおかつスタンダードなプレーの質も落ちていない。これもペップ・グアルディオラの力ということになるのでしょうね。トップレベルの選手でも刺激を受けるとまだ変われるのかと思わされました。

やはりアーセナルにはもう少したくましい選手、最強を誇った時代で言えばパトリック・ヴィエラのような、身体的にも精神的にもたくましく技術的にも高いレベルの選手が求められているのではないでしょうか。

 

[写真]=野口岳彦

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