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【WSK編集雑記vol.3】憧れのライターに原稿を頼むの巻

2017.02.10

 いよいよJリーグ開幕が迫り、海外リーグも終盤戦に差しかかり、気温とともにフットボール界も熱を帯びて参りました。フットボールファンのみなさまはいかがお過ごしでしょうか。われらが『ワールドサッカーキング』編集部も熱を帯び、というかすでに灼熱地獄……ですが、好きなフットボールの本を作っていられるのだから感謝すべき、と自分に言い聞かせております。はい。

 ところで編集者というのは雑誌を一冊作るたびに、いろいろと読者に伝えたいことがあるものなんですね。何気なくパラパラとめくられるその1ページには、もしかしたらものすごい労力や時間や、担当編集の個人的な思い入れが詰まっているかもしれない。ま、思い入れが強ければ面白いページになるってことでもないのがつらいトコですが……。そのアレで言うと、最新号の「ドルトムント特集」には、僕の思い入れがギューッと詰まったページがあります。ドイツのフットボールライター、ウリ・ヘッセさんによる巻頭コラムです。

 元をたどれば12年前、2005年に出版された一冊の本がきっかけでした。『ブンデスリーガ ― ドイツサッカーの軌跡』というハードなタイトル、ハードカバーにドイツ国旗のハードな装丁、483ページというハードボリューム、3,000円を超えるハードな価格。こんな本、どこの物好きが読むんだよって話ですが、わが家には2冊あります(なくしたと思って新しいのを買ったらひょっこり出てきたパターン)。で、フットボールに関する本で言えば、『サッカーの敵』(サイモン・クーパー著・白水社・2001年)と双璧をなす名著(あくまで僕の個人評価)でして、今までに何回読んだかわからない愛読書なんです。せっかく2冊あるので1冊を会社に、1冊を家の枕元に置き、ヒマさえあればページをめくっていた時期もあったくらい。

 ドイツフットボールの草創期から現在(といっても2002年頃)までを正確に、わかりやすく、時おりユーモアを交えて綴られたこの本は、一人のフットボールファンとしても、専門誌の編集者としても、とっても好きな一冊です。何より著者、ウリ・ヘッセさんのライティングが素晴らしい。「何でも疑ってかかる性格が災いし、多くの場合、私は最終的な揺るぎない結論に達することができない」。自らプロローグでこう書いているように、彼はドイツのフットボールがどうして強くなったのか、どこが課題なのかといった、主張めいた話は一切書きません。ひたすら冷静に、客観的に、しかもユーモアを交えて文章にしていく。フットボールを題材にしてこんなことができるのか、と驚かされます。

 ヘッセさんがドルトムント出身ということは後に知るんですが、この本を最初に読んだときから、実はうすうす感づいておりました。本に出てくる「私はイングランドで言えばニューカッスルのような街の出身だ」という一節。そしてマティアス・ザマーを描写するときの愛情あふれる書き方。この2点を組み合わせて、「この人、ドルトムントの人かもなー」と想像したんですね(実際にそうだった)。なので、「いつか自分がドルトムントを特集するときは、この人に原稿を書いてもらいたい!」と、ずーっと思ってまして……かれこれ10年くらい……そのチャンスが、今回の特集で訪れたわけです。

 ところが、連絡しようにもヘッセさんの連絡先を知らない。ので、同僚のツテを借りてドイツ最大のフットボールメディア『kicker』の編集さんにコンタクトを取りました。すると、びっくりするほど日本語が上手な編集さんが親切にもヘッセさんのメールアドレスを調べてくれて(デンプフリングさん、ありがとう!)、教えてもらったアドレスにまるでファンレターのような執筆依頼のメールを送り(あなたの本、めっちゃ読みましたよ!)、祈るような気持ちで返信を待ち……翌日、次はドルトムントの本を書くつもりだったんだ。ちょうどよかった、快く引き受けるよ、というメールが来て舞い上がり、2週間後にいよいよ原稿が届いたら、一番信頼している翻訳者さんに「いつもいい仕事をしてもらっているけど、お願いだから今回だけはもう一段気合いを入れて訳してくれ」という、よく考えればけっこう失礼なリクエストを送り、届いた原稿も入念にチェックして……そうやって仕上がったのがこのページです。

ウリ・ヘッセさんに原稿を依頼した、ドルトムント特集の巻頭記事

 なので、この4ページの記事だけは読んでもらいたいなあ、と思ってるんです。他のページは斜め読みでも何でも構わないので(いや、できればちゃんと読んでほしいけど)、この4ページだけはじっくり読んでもらいたい。で、僕がこのページにかけた感情というか、熱量のようなものが伝わるといいなあ、と……。個人的にはそんな気持ちだったりします。

 もちろん、本屋さんに並ぶどの雑誌にも、どのページにも、そうした労力や情熱が込められているわけで、今回のケースだって別に特別なことじゃないです。もしかしたら、わざわざこうして書くべきじゃない話なのかもしれません。読者にとってはどうでもいい話でしょ? と言われればそのとおりだしね。だけど正直に言えば、やっぱり制作の裏側の部分、作り手としてのこだわりとか情熱を知ってほしい気持ちはいつもあります。しかもね、これって出版物だけの話でもないでしょう? 世の中のあらゆる制作物には制作者がいて、それぞれの思いがあり、事情もあり、予算も納期もある。だから、逆のパターンもあるわけですね。誤情報をうっかり載せてしまったWebサイト、「金返せー」と思うしかないゲームソフト、タッチするたびにフリーズするだけのアプリ、誰が何のために作ったのか意味不明な歌……といったものに対して、われわれ編集者はとても寛容です。人の生命や財産に関わるミスでなければ、という条件つきですけども。

 ひどいゲームを買ってしまったら「うわー騙された! 金返せ!」とは思います。思うけども、同時に「この制作会社にも、いろんな事情があったのだろうなあ……」と想像できてしまうわけですよね。無茶な企画や日程、段取りの手違い、好き勝手なことを言う上司やクライアント、そもそもの資金不足や人手不足、迫りくる納期、徹夜して徹夜して、さらに徹夜して頑張った下請けのプログラマーとか……。なので、なぜかうっかり世に出てしまったゲームなんかを買ってしまうと、怒りより先に心が痛みます。「金返せ!」と思うけれども、決してAmazonのレビュー欄に罵詈雑言を書き散らしたり、Twitterで「恥を知れ」とポストしたりはしません。深呼吸して、黙ってブックオフに行くだけです。

 雑誌が売れない時代、せっせとページを作り続けるのは、なかなかしんどいものがあります。ウェブ上には個人でものすごく詳しい情報を発信している人もたくさんいるし、そうでなくても情報は氾濫している。けれど、その一方でウリ・ヘッセさんのような一流のライターが書いた、素晴らしい原稿はやっぱり、なかなかお目にかかれるものではない。質の高いものを、きちんと形にして、それを求めている読者に届けられるのか。それが僕らのような雑誌編集者に求められていることなんだろう、と思います。

 というわけで、弊誌にとってはこれで3年連続となる「ドルトムント特集」は本日、2月10日(金)発売です。期待していた現地取材の予定が突然キャンセルになったり、諦めかけたヤン・コレル取材が逆転でOKになったり、制作期間の途中で移籍しちゃった選手がいたりと、編集制作にありがちなすったもんだを乗り越え、結果としてはなんとか満足のいく仕上がりになったと自負しております。みなさま、どうぞよろしくお願いします!

文=坂本聡(ワールドサッカーキング編集長)

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