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“監督”ランパードに期待すること【雑誌SKアーカイブ】

2020.03.23

2019年7月、ランパードは“新監督”として古巣チェルシーに帰還した[写真]=Getty Images

[サッカーキング No.006(2019年9月号)掲載]

エース放出や補強禁止という暗いムードを変えたのはクラブを知り尽くしたレジェンドの帰還だった。しかし、監督歴1年という指揮官を抜擢したのは異例だ。チェルシーはなぜ、実績のない監督にチームの再建を託したのだろうか?

文=リチャード・ジョリー
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ

クラブのスピリットを取り戻せるか

チェルシーの監督。この響きはどう?」
「悪くないね」

 慣れ親しんだスタンフォード・ブリッジの控え室で、クラブテレビのインタビューにそう応えた。そして「非現実的だね」と付け加えた──。

 出場試合数はクラブ歴代4位の648、ゴール数は歴代最多の211。チェルシーの首脳陣はクラブ歴代最高と称えられるOB、フランク・ランパードをヘッドコーチに据えた。イングランド人監督は、1993年から3年間チェルシーを率いたグレン・ホドル以来となる。優勝争いを期待されるクラブの監督としては、1985年のケニー・ダルグリッシュ(リヴァプールの選手兼監督に就任)以降で最も“未熟”かもしれない。とりわけ近年のチェルシーは、欧州の主要リーグやチャンピオンズリーグで実績を持つ指揮官にこだわってきた。監督歴1年、それもイングランドの2部リーグで6位という新米監督を呼ぶようなクラブではなかった。つまり、これまでとは明らかに一線を画す監督人事だと言える。

 ランパードは前任者と真逆だ。マウリツィオ・サッリは最後までチェルシーを理解しなかったし、チェルシーもまたサッリを理解できなかった。ファンはサッリの申し子であるジョルジーニョにブーイングを浴びせ、「サッリボール、クソ食らえ」と歌った。一方のランパードはクラブの英雄だ。本人は特別待遇を期待していないだろうし、監督としての手腕だけを評価される覚悟だろうが、「スーパー・フランク・ランパード」と称えていたサポーターたちがそう簡単に背を向けるはずはない。マンチェスター・ユナイテッドが監督としての実績が乏しいオーレ・グンナー・スールシャールを招へいしたように、チェルシーがランパードに白羽の矢を立てたのは、シンプルに彼がクラブを熟知しているからだ。チームが何を失っていて、何を取り戻すべきなのか。このクラブにはスピリットを取り戻せるリーダーが必要だと判断したのだろう。

 ランパードには明確なビジョンがある。それは監督就任時のコメントに表れている。

「クラブのためにプレーする選手には、ファンも心を動かされる。私はそれを見たいんだ」

 ペトル・チェフやディディエ・ドログバとともにプレーしてきた彼は、クラブ愛に国境がないことを理解している。生え抜きの若手へのチャンスも約束している。なぜなら、今のチェルシーには新しいシンボルが必要だからだ。ジョン・テリー以降、チェルシーはファーストチームで100試合以上に出場するユース出身者を輩出できていない。アカデミーは多くの才能を世に送り出しているが、大半がローンに出され、気づけばクラブを離れている。だがランパードなら、何かを変えてくれるかもしれない。ダービー・カウンティでの彼の手腕がそう期待させる。

 彼は高齢化が進むダービーを引き継ぐと、積極的に若手を起用した。昨シーズンのダービーで最も活躍した4人は、いずれもルーキーだった。そのうちフィカヨ・トモリとメイソン・マウントはチェルシーからのレンタル選手で、今はどちらもスタンフォード・ブリッジに戻っている。そしてランパードの補佐役には、4シーズンもチェルシーのユースチームを率いたジョディ・モリスがいる。若手が日の目を見る条件はそろったというわけだ。

ランパード監督の“秘蔵っ子”として期待を集めるマウント[写真]=Getty Images

 そうせざるを得ない事情もある。補強禁止処分を受けているチェルシーは、今夏と来年1月の移籍マーケットで選手を獲得することができない。今年1月のうちにクリスティアン・プリシッチと契約を結んだのも、レンタル契約だったマテオ・コヴァチッチを高額な移籍金で買い取ったのもそれが理由だ。しかし、ゴンサロ・イグアインやアルバロ・モラタの代役は獲得できていない。それどころか、チームの顔だったエデン・アザールの移籍で大きな穴が空いてしまった。

 昨シーズンのチェルシーの得点数はビッグ6では最小の63ゴール。しかも、そのうちの49パーセント(16ゴール、15アシスト)にアザールが絡んでいる。穴埋め役としてプリシッチを手に入れたとはいえ、昨シーズンはブンデスリーガでわずか4得点の選手に過度な期待はできない。前線のオリヴィエ・ジルー、タミー・エイブラハム、ミシー・バチュアイにしても、他のビッグクラブなら控え組だろう。皮肉なことに、クラブ歴代最多得点者の最大の悩みは得点力なのだ。

 明らかな戦力ダウンが否めないこの状況で、監督が我流を貫くのは難しい。だからこそランパードだったのかもしれない。サッリのようなベテラン監督には築き上げてきたポリシーがある。だが若手監督は、いい意味で凝り固まっていない。4-3-3に固執したサッリとは違って、ランパードはプレシーズンで4-4-2や4-2-3-1を試している。「2トップ」や「トップ下」は、サッリ時代には見られなかったことで、10番が似合うマウントやロス・バークリー、ルベン・ロフタス・チークといった才能、それもイングランドの才能が生きるかもしれない。

 エンゴロ・カンテの起用法についても、前任者とは考え方が異なる。おそらく、大半のチェルシーファンが懇願したような中盤の低い位置で使うはずだ。子供に好きなオモチャを与えるように、ランパードはファンの希望をかなえようとするだろう。

新米監督を支える選手時代の経験と知性

 指揮官としての経験不足は隠しようがない。しかしそれを補えるだけの経験を積んできた。選手時代はジョゼ・モウリーニョ、フース・ヒディンク、カルロ・アンチェロッティ、ロベルト・ディ・マッテオ、ラファエル・ベニテス、ファビオ・カペッロといった名監督の指導を受けている。驚くべきことに、ここに名前を挙げた全員がCLで優勝した経験を持っている。ランパードが特に陶酔を受けたのはモウリーニョの人心掌握術だろう。彼は現役時代、裸でシャワールームから出たところで、“スペシャル・ワン”から「お前は世界最高の選手だ」といきなり声を掛けられたという。その言葉のおかげか、2005年にはFIFA年間最優秀選手賞とバロンドールで2位に入った。彼は選手にとって「自信」がどれほど重要かを誰よりも知っている。

 ダービーを指揮するランパードの姿は、強い絆をクラブにもたらしたチェルシー時代のモウリーニョと重なった。ランパードは親善試合の初戦からサポーターのもとへ行き、感謝の気持ちを示した。大きなガッツポーズや飛び跳ねて喜ぶ姿はダービーファンの楽しみの一つにさえなった。昇格プレーオフ準決勝でリーズを退けたあとは、控え室で選手たちと大合唱して勝利を祝っている。

ランパードは現役時代にモウリーニョから多くの影響を受けた[写真]=Getty Images

 こうしたチームの結束力はサッリが最後まで見出せなかったものだ。チェルシーの選手だって、サッリより20歳ほど若く、小難しいパスワークよりも攻める姿勢を支持する青年監督のほうが親近感を持てるに違いない。

 ランパードのもとでプレーしたブラッドリー・ジョンソンは、「彼は勝者のメンタリティを植えつけた」と振り返る。ダービーはカップ戦でマンチェスター・Uやサウサンプトンを敵地で撃破し、チェルシー相手にも敗れたとはいえ2-3と善戦した。ジョンソンは「どんな試合でも恐怖心がなかった」と語る。

 監督としてのランパードを支えるものがもう一つある。それは“知性”だ。現役時代の彼は、決して身体能力が突出していたわけではない。過去にIQテストで150以上の数値をたたき出したこともある彼は、どこにボールが来て、どこでシュートを打つべきかを常に考えていた。彼ほど自分のポテンシャルを最大限に引き出せた選手は他に類を見ない。間違いなく、イングランドの“黄金世代”で最も監督業に向いている選手だった。

 周囲の期待値は高いが、あくまで新米監督ということを忘れてはいけない。ジョゼップ・グアルディオラ、ユルゲン・クロップ、マウリシオ・ポチェッティーノという世界的な名将3人に知恵比べで勝てるだろうか? そもそも昨シーズンのチェルシーは、マンチェスター・シティに勝ち点26もの差をつけられている。アイデアが尽き、路頭に迷い、最終的に解任……そんな未来を想像するのはさほど難しいことではない。

 現実的に考えて、今シーズンのランパードはリーグ優勝できない。それは誰もが分かっているはずだ。全く別のやり方でサッリと同じカップ戦優勝、リーグ4位という結果を再現できれば、それは間違いなく成功と呼べる。しかしトップ4の座を逃すようなことがあれば……。チェルシーとの2度目のアバンチュールは、わずか1年で別れを迎えるかもしれない。

 ランパードが結んだ3年契約は未来を保証するものではない。事実、ロマン・アブラモヴィッチ政権の16年間で、リーグ優勝せずに解任を免れたのはモウリーニョだけだった。現代フットボールにおける“成功”の定義が変わった今、チェルシーも変わってくれると期待するしかない。それ以前に補強禁止処分というハンデがある。新しいサイクルを始めるには絶好のタイミングのはずだ。

※この記事はサッカーキング No.006(2019年9月号)に掲載された記事を再編集したものです。

 

 

By サッカーキング編集部

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