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最も難しかった相手はアンリ…ヒーピアが振り返る自身のキャリア【雑誌SKアーカイブ】

[サッカーキング No.002(2019年5月号)掲載]

この10年ほどの間に、センターバックの役割は大きく変化した。現役時代にリヴァプールで450試合以上に出場し、フィンランド代表では歴代2位の105キャップを誇るサミ・ヒーピアが、自身のキャリアと現代のセンターバックについて語る。

インタビュー・文=スティーヴ・ブレンナー
翻訳=湊 昂大
写真=ゲッティ イメージズ

 1999年にオランダのヴィレムIIからリヴァプールに加入したとき、特別大きな注目を集めたわけではない。

 それでも、サミ・ヒーピアは加入後すぐに同期のステファヌ・アンショズと強固な守備を築き、加入2シーズン目にはジェラール・ウリエ監督のもとでリーグカップ、FAカップ、UEFAカップの3冠を達成。その後はイングランド人DFのジェイミー・キャラガーとコンビを組み、04-05シーズンにはラファエル・ベニテス新監督のもとでチャンピオンズリーグ制覇に貢献した。

 当時、リヴァプールでチーフスカウトを務めていたロン・ヤーツは、長身で屈強なフィンランド人DFの獲得をこう表現している。

「長年のビジネスのなかでベストディールの一つだ。格安で、掘り出し物だった」

 センターバックとして豊富な経験を持つヒーピアは、自身のスタイルや現代のDFについてどう感じているのだろうか。

常に全力でプレーすることで手本になった

ヒーピア

1999年から2009年までリヴァプールでプレーした [写真]=Getty Images

――まずは現役時代のことについて聞かせてください。リヴァプールでは二人の監督のもとでプレーし、ウリエ監督時代には6つ、ベニテス監督時代には4つのトロフィーを獲得しました。異なる指揮官のもとで、あなたの役割はどう変化したのでしょうか?
彼らがセンターバックに要求することはほとんど変わらなかった。だけど、小さな違いはあったよ。ラファは細部にこだわり、同じ試合でもいくつものビデオを見て分析をしていた。たとえそれがごく小さな問題でも、改善するよう指示を出していたね。そういえばこんなことがあった。3-0で勝利した試合の翌朝のことだ。とてもいい気分で練習に向かったのに、ミーティングで見せられたビデオには、私たちがミスした場面しか映っていなかったんだ! 彼は常に向上心を持っていたよ。実際、その映像はとても役に立ったし、そこから多くのことを学んだ。ジェラールはそこまで分析を重視するタイプではなかったかな。でも彼には彼の強みがあって、いつもチームの雰囲気を良くしていたよ。

――2001年から2年間キャプテンを務めていたときは、どのようにしてリーダーシップを示してきましたか?
トレーニングでも試合でも、常に100パーセントでプレーし、チームメートの手本になるようやっていたよ。どんな状況でもポジティブであり続けることで、彼らを勇気づけた。私はロッカールームで大声を出したり、顔が真っ赤になるまで叫び続けるタイプではなかったからね。キャプテンになったのは、ジェラールがその姿勢を認めてくれたからだと思う。監督は私のやり方を尊重してくれた。

――あなたがリヴァプールでコンビを組んでいたのはアンショズとキャラガーでした。彼らとうまく連係を取るための秘訣は何だったのですか?
とにかく日頃からコミュニケーションを取っていた。試合中は、コンビのうち少なくとも一人が声を出さないといけない。アンショズには私から話をしていた。彼とはフィーリングが合っていて、すぐにお互いを理解できたんだ。初めて一緒にプレーしたときから長年コンビを組んでいるような感覚だった。キャラガーとは二人して声を荒らげていたよ(笑)。リヴァプールに加入したとき、私以外にも何人か外国人選手がいたから、よく話をしてお互いに助け合っていた。それがピッチ上でも生きていたんじゃないかな。試合中には課題の解決策をスムーズに議論しなければならないからね。とはいえ、キャリアの中ではコミュニケーションがうまく取れない選手もいた。そういう選手とコンビとして戦うのは厳しいね。

キャラガー

センターバックでコンビを組んだキャラガー [写真]=Getty Images

――リヴァプール時代には87試合連続で警告なしを記録しました。センターバックは特に、感情を90分間コントロールすることが難しいのでは?
私は常に穏やかでいられる人間だ。時には怒りがこみ上げて、相手が嫌がるプレーをしたことがあったかもしれないが、多くの試合で冷静さを保つことができていた。常にフェアでいるよう心がけていたよ。何人かの監督からは「もっと強引にやれ」と言われたけどね。

――現役中は数多くの優秀なセンターフォワードと対峙してきましたが、相手にするにはどのようなタイプの選手が難しかったですか?
私はスピードがある選手ではなかったから、小さくてすばしっこい選手を止めるのには苦労した。速さで勝負できないことは若い頃から認めていたから、メンタル面で戦う必要があったね。

――スピードのある相手を止めるためには、どんなことを心がけていましたか? やはりポジショニングがカギになってくるのでしょうか?
もちろんポジショニングは大事だ。相手がボールを持った瞬間、距離をどれくらい取るべきか考える。足の速いストライカーをマークするときは、その相手がボールを受けた瞬間すぐに奪い返すようにした。ターンしてゴールに向かって走らせないようにするためにね。

――では、対峙した中で最も難しかった相手は?
その質問はよくされるけど、あの時代は信じられないようなストライカーがたくさんいた。もし一人だけ選ぶとしたらティエリ・アンリだね。スピードやテクニック……FWに必要なものすべてを持っていた。何よりタフだったから、アーセナル戦ではプレー面の問題を気にするよりも、気持ちで戦わなければいけなかった。

アンリ

対戦が難しかった相手として挙げたのは元アーセナルのアンリ [写真]=Getty Images

現代のDFに求められているもの

――最近では、いわゆる典型的なDFが少しずつ減ってきていると言われています。あなたが現役で活躍していた時代は優れたDFがあふれていましたよね。
異なる時代の選手たちを比較するのは難しいけど、今でもクオリティの高い選手はいる。だけど、ほとんどの選手がフィジカルよりも足元の技術に優れていて、多くのチームが最終ラインからビルドアップするようになった。ゲームの展開はどんどん速くなっていて、ディフェンスラインを上げて積極的にプレスをかけていくところもある。そのぶん、背後のスペースが問題になりかねない。今のセンターバックは多くのことを求められていて、試合の90分間すべてにおいて重要な役割を担っている。足元でうまくボールをコントロールできなければ成功しないだろうね。

――現代において最高のセンターバックは誰でしょう?
多くの候補がいるけど、私は今もリヴァプールを追いかけていて、フィルジル・ファン・ダイクのパフォーマンスには感動している。彼は体格が良くてパワーがあるだけではなく、ボールポゼッションにも優れているからね。加入してからすぐにリーダー的存在となって、常にチームメートに指示を出していた。見ていて誇らしいよ。

――彼がもし、あなたと同じ時代に戦っていたら……。
どれだけ優れていても、今のDFが15年前の試合に出るとしたら、きっとうまくはやれないだろう。それは逆もしかりだよ。フットボールがそれだけ変化したということだ。

※この記事はサッカーキング No.002(2019年5月号)に掲載された記事を再編集したものです。

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