2017.05.26

【コラム】代表初招集の加藤恒平…J1未経験の非エリート海外組が切り拓いた新たな道

日本代表にサプライズ選出された加藤恒平。ブルガリアからの帰国には多くの報道陣が詰めかけた
スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

 シリア代表とのキリンチャレンジカップ2017(6月7日・味の素スタジアム)、イラク代表との2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選(同13日・テヘラン)に臨む日本代表にサプライズ招集された、ブルガリア1部リーグのPFCベロエ・スタラ・ザゴラでプレーするMF加藤恒平が26日、羽田空港着の全日空機で帰国した。

 到着ロビーに姿を現したシンデレラボーイを待っていたのは、テレビカメラの列と絶え間のないフラッシュ。関係者の計らいで生まれて初めてビジネスクラスに座った、和歌山県新宮市生まれの27歳はちょっぴりはにかみながら、代表チームのトップカテゴリーの一員になったことを実感した。

「ありがたいことに、足を伸ばせました。僕はお酒をいっさい飲まないんですけど、食事はすごく美味しかったですね」

 前日25日に都内で行われた代表メンバー発表会見。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は「ほぼ1年かけて追跡してきた」と秘密兵器であることを強調した上で、加藤のプレースタイルをこう説明している。

「スタッフが4回ほど現地へ行って彼を見ている。ボールを奪う人という役割だ。少し(山口)蛍に似ているが、しっかり組み立てることもできる。次のプレーの予測とアグレッシブさのレベルが高い選手だ」

 Jリーグの舞台でプレーしたのは2012シーズンの1年だけ。J2に昇格したFC町田ゼルビアに練習生として参加し、開幕直後にプロ契約を勝ち取った。シーズン中盤からは最終ラインを主戦場としてレギュラーに定着したが、チームのJFL降格に伴い、「高いレベルに挑みたい」とオフに自らの希望で退団した。

加藤の国内キャリアは、2012年に町田ゼルビアの選手としてJ2リーグでプレーしたのみ[写真]=J.LEAGUE PHOTOS

 その後は所属クラブなしの期間を経て、2013年夏からモンテネグロ1部のFKルダル・プリェヴリャで2年間、ポーランド1部のTSポドベスキジェ・ビェルスコ=ビャワで1年間プレー。活躍ぶりが見初められ、昨年6月に現在のベロエへ移籍した。

 ポジションはボランチ。ハリルホジッチ監督が称賛した守備を「注目して見てほしい」と力を込める一方で、これまでのサッカー人生が反映される、メンタルの強さも自身の武器だと笑顔を浮かべた。

「どんな状況になってもあきらめないところが、自分の長所でもあるので。いろいろな環境でやってきましたし、そこに対しては一番自信を持っている。どんな状況でも、自分がやってきたことを出していきたい」

 中学進学とともに親元を離れ、母方の祖母が住む千葉県へ移り、ジェフユナイテッド千葉の下部組織で心技体を磨いた。その後に進んだ立命館大学時代から海外志向が強く、プロ契約には至らなかったものの、在学中にアルゼンチンへ2度渡っている。

「将来的にはスペインでプレーしたい目標がありましたけど、いきなり行っても無理だと思って。調べたらアルゼンチンはスペイン語圏であり、当時はヨーロッパへ一番多く選手を輩出していたので」

 もっとも、理想の環境ばかりが待っているとは限らない。アルゼンチンのピッチは硬すぎてスパイクのポイントがささらず、ランニングシューズでの練習を強いられた。クラブが連敗を重ねたときには、怒り狂ったサポーターのボス2人が猟銃をぶっ放しながら、ロッカールームに乱入してきたこともあった。

「もしかしたら『このまま死ぬんじゃないか』と。あの時はちょっと覚悟しました」

 町田の練習生時代は、サッカースクールのコーチを兼任して生計の足しにした。退団後に知り合った代理人の推薦もあり、渡ったモンテネグロで最初に受け取った給料はわずか300ユーロ。ベッドとテレビだけがある、日本で言えば5、6畳の広さの部屋のホテルで寝起きした。

「食事はクラブから提供されていましたけど、ほぼ毎日同じメニューで、サラダがついたらラッキーみたいな感じでしたね。ポーランドと今のブルガリアでは一人でアパートを借りられて、ちゃんとした生活を送れるようになりましたけど、人生で一番辛かったのはアルゼンチンですね。ビザが発給されなかったので、公式戦に出られなかった。モンテネグロではサッカーができたので、それだけで幸せでした」

 町田時代のチームメイトで、現在はJFA・Jリーグ協働プログラムの一環で東欧セルビアのFKヴォイヴォディナ・ノヴィサドへ派遣されている酒井良コーチは「当時から周りに流されない、彼自身の生き方をもっていた」と加藤の立ち居振る舞いを思い出した上で、東欧のサッカー事情を踏まえながらこう語る。

「こちらのサッカー環境は本当に厳しい。その中で這い上がってきた彼のハートの強さは、恵まれた環境でサッカーをしている他の日本人選手に大きな刺激を与えるんじゃないでしょうか」

海外リーグの過酷な環境で培ったメンタルの強さも加藤の武器

 加藤自身も、回り道をしたとは思っていない。南米アルゼンチンからJリーグを経て、日本には馴染みの浅い東欧へ。波瀾万丈に富んだサッカー人生のすべてが、今現在に至る血肉になっていると実感している。

「自分が代表に入ったとは、もちろん自分自身のためであるし、仮に日本でダメでも海外へ行くという選択肢が今後生まれるのかなとも思っている。自分の力で新しい道を作りたかったし、いつかはそういう選手が日本代表に入る、その一番手は僕でありたいと強く思ってきた。今は素直に嬉しいし、ここからがまた勝負であり、新たなスタートとなるけど、ここまで来た道をもっと高いところへ持っていけるように。代表に入ったからといって、急に上手くなるわけではない。今まで通りに自分をしっかりピッチで出しながら毎日練習して、課題を探して、という作業を繰り返していきたい」

 当初は家族も信じなかったという吉報にも、浮き足立つことはない。周囲からは苦労人に映る軌跡も、加藤にとっては大好きなサッカーをとことん突き詰めてきた過程となる。その延長線上にある、28日から始まる海外組対象の先行合宿へ。「笑顔で入ります。飾る必要はないので、ありのままの自分で」と、加藤は気負うことなく自然体で臨む。

文=藤江直人

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