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“浦和の男”として果たした最後の大仕事 槙野智章、新章へ

2021.12.20

[写真]=金田慎平

 コロナ禍以降初となる5万7785人という大観衆を国立競技場に集め、かつてない熱気と興奮に包まれた19日の天皇杯決勝。浦和レッズの江坂任、大分トリニータのペレイラがそれぞれゴールし、1-1で迎えた後半アディショナルタイムに劇的な幕切れが待っていた。

 浦和が手にした右CK。途中出場の大久保智明が左足で蹴ったボールを大分の守護神・高木駿が弾いたところに柴戸海が反応。ペナルティエリアの大外から思い切り左足を振り抜いた。これを頭でスラし、角度を変えてゴールに突き刺したのが背番号5をつける男・槙野智章だった。


「柴戸は連日、居残りシュート練習を一緒にやっていた仲間。彼の癖もわかっていたし、ボールが浮いているのを見て『入らないだろうな』と思って、しっかりポジションを取っていました」と茶目っ気たっぷりに語った彼は、イエローカード覚悟でユニフォームを脱ぎ、浦和ゴール裏に駆け寄って歓喜の雄叫びを挙げた。

 2012年から10年間過ごした愛着深いチームでのラストマッチでこれだけの大仕事をやってのけてしまうのは、さすが“お祭り男”。「アジアの舞台に戻る」と口癖のように言い続けてきた槙野の決勝弾で、浦和は天皇杯タイトルと2022年アジアチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を手中にしたのである。

 リカルド・ロドリゲス監督が就任した今季。槙野の立場は目まぐるしく変化した。開幕当初は岩波拓也とCBコンビを組み、コンスタントに出場。主将・阿部勇樹が欠場した試合ではキャプテンマークを巻くなど、大変革に踏み出したチームのけん引役としてフル稼働していた。

[写真]=Getty Images

 ところが、夏場にデンマーク1部MVPのアレクサンダー・ショルツが加わると状況は一変。ベンチに縛り付けられ、終盤にFW起用されるケースが多くなった。開幕前の指揮官との個人面談では「やりたいポジションを第3希望まで聞かれ、CB、SB、FWと答えた。今年は『FW槙野』を見られるかもしれませんよ」と冗談交じりに言っていた本人も、まさかジョーカー役を託されるとは考えていなかっただろう。

 それでも、9月5日のYBCルヴァンカップ準々決勝、川崎フロンターレ戦セカンドレグで決勝弾を叩き出すなど、持ち前の勝負強さを発揮。その後も「どんなポジションでもチームの勝利のために全力を尽くす」という姿勢を示し続けた。本人も自分なりにもがき苦しんだのだろうが、全ては「レッズをアジアの舞台に戻す」という一念ゆえだった。

 そんな34歳の熱男に「ゼロ円提示」が突きつけられたのが、11月5日のことだった。

「通達された時は『まさか自分が…』という思いがありました。あれから毎日泣いています。このクラブが好きだから。これまで長くレジェンドの方たちがいるし、僕はよそから来て、たかが10年かもしれないけど、その10年はすごく濃かった。大好きなクラブにずっといたかった。このクラブで引退したかった」

 11月17日に70分間にわたるメディア対応を行った際、槙野は何度も号泣しながら浦和への深い愛情を吐露した。コロナ禍で営業収入大幅減を強いられていることもあり、高年俸のベテランを手放さなければならなかったのだろうが、彼自身としては割り切れないものがあるのは確か。3週間は毎日涙を流し、どうしたらいいか迷い、苦しみ抜いた。妻・高梨臨さんからの励ましもあり、少しずつ前向きな気持ちを取り戻していったという。

「そういう中で1日1日を大事にしようという気持ちが芽生えました。シーズンも終盤に差し掛かり、天皇杯もあったので、僕がふさぎ込んでしまうとチームに迷惑がかかる。これまでの10年間と変わらないようにボールを蹴っている姿を見せようと考えたんです」

 ある種の覚悟を決めた槙野は無心になってピッチに立ち、ボールを追い続けた。11月30日の公開練習時も普段と全く変わらない明るく陽気な槙野の姿があった。そうやって“フォア・ザ・チーム”を貫き続けたからこそ、天皇杯決勝という大舞台で値千金の得点を叩き出すことができた。

[写真]=Getty Images

「ゴールは日頃、自分が一生懸命やってきたことへの最後のご褒美」だと本人も静かに語ったが、やるべきことをやり切った結果が“槙野劇場”という形に至った。劇的な結末には、先制弾の江坂も「やっぱり浦和の男だな」と驚くしかなかった。

 甚大な影響力を持つ34歳のベテランが身を持って示してくれたものを、若き面々も真摯に受け止めている。83分にベンチに下がる際、涙をこらえられなかった関根貴大も「僕たちがやるしかないですし、先輩たちがどれだけのことをやってきたかを僕は見てきたので、負けないくらい強いチームを作っていきたい」と決意を新たにした。槙野がゴールという形で引き寄せたACLで貪欲に頂点を目指すことは、浦和に残る選手たちの責務。タフなメンタリティを引き継ぐべきだ。

 そして槙野自身も新天地に赴くことになる。一時は引退もよぎったというが、現役続行を決断。現状ではヴィッセル神戸入りが報じられているが、そうなれば彼自身もACLプレーオフからチャレンジできる。アンドレス・イニエスタや大迫勇也、武藤嘉紀らとの共演でより高いステージを目指すことも可能になる。来年5月には35歳になるが、鍛え抜かれた肉体を持つ男はまだまだ老け込むには早すぎる。もう一花もふた花も咲かせることはできるはずだ。

「僕は違うチームに行きますが、最後の最後まで泥臭く戦う姿をファンサポーターに見せることが僕の使命。ピッチで走り回れる姿を来季も見せられればいいと思います」

 強い目力でこう言い切った槙野智章。彼の新章の幕開けが今から楽しみだ。

取材・文=元川悦子

By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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