2018.05.05

【ライターコラムfrom広島】「エンジン」から「扇の要」へ…心身ともに崩壊した1年を乗り超え、青山敏弘は進化する

青山敏弘
年齢を超えてなお進化する青山 [写真]=Getty Images
サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン「紫熊倶楽部」編集長

 もはや、身体はボロボロだった。走れない。動けない。MF青山敏弘の苦しみは、極限に達していた。MVPを獲得し、優勝も果たし、頂点に達した2015年。しかし、肉体の崩壊はその直後から襲われていた。

 走行距離は常に12キロ前後。データからは「走れている」。だが、青山自身が悩んだのは、自分の思い描いた時に、自分が望むスピードで走れるかどうか。それが全くできない。やろうとしているのに、身体が動いてくれない。「エンジン」。恩師であるミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ札幌監督)が愛を込めてつけてくれた愛称にふさわしいプレーはもう、できなくなっていた。

 どうすればいいんだ。

 心技体。アスリートを支える三原則である。その一つが崩れれば、当然、他の二つにも影響を及ぼす。青山の場合は肉体の崩壊から始まり、それはメンタルを突き崩した。 MF森崎和幸のアドバイスすら耳に入らなくなった。自分がどんなプレーをしていたのか、試合がどうだったのか、記憶から飛んだ。DF千葉和彦には「もう無理だ。俺はこのサッカーについていけない」と苦境を告白した。2017年、青山敏弘は崩壊していたのだ。

「あの頃、僕はただ、人として生きているだけだった。サッカーが怖かった。練習して、試合に出て、ただそれだけ。もう、このまま引退していくんだろうし、それでもいいと思っていた」

 その時の彼を支えていたのは、自分がキャプテンであるということだけ。「キャプテンマークにすがっていた。これがなかったら、僕はもっと深い闇に落ちていた」と言う。黄色いマークが象徴する責任感と使命感。その力に背中を支えられないと、腰から砕けてしまいそうだったのだ。

青山敏弘

昨季の青山は心身ともに疲れ果て、ボロボロだった [写真]=Getty Images for DAZN

 2018年はきっと、青山はキャプテンから外れる。そんな噂が流れた。少しでも彼の負担を軽くするべきだ、と。だがそれは、青山からすがるものを取り上げることでもあった。だが新監督に就任した城福はタイキャンプでの振る舞いやプレーを見極め、1月29日、彼をキャプテンに指名する。

「昨年の苦しみ、特に精神面での厳しさをいい経験として、悔しさを晴らしたいとアオは感じている。中盤としてもう一つ、レベルをあげてほしい。サッカーを、自分を発見してほしい。そういう思いを込めて、彼らの年代を代表して、キャプテンとして働いてほしい」

 指揮官からの期待を感じた。自分たちに何ができて、何ができていないのかも明確に示してくれた。絶望の闇から、一筋の光が射し込んだようにも思えた。だが、だからといって、身体が動くようになったわけではない。それでも、俺はやるしかない。決意しかなかった。

 そんな決意を支える男がいた。城福監督の盟友であり、かつて横浜FMや韓国五輪代表のフィジカルコーチとして見事な成功をおさめた池田誠剛フィジカルコーチ。足立修強化部長をして「アジアトップクラス」という手腕を持つ指導者である。

「アオ、大丈夫。絶対によくなるから」。その言葉を青山は信じた。身体を預けようと、信じた。

「青山はね、本当に真面目でストイックなんです」。池田コーチはそう評価する。「責任感も強いし、自分の身体の状況を変えたいと強く思っていた。だからこそ、こちらのアドバイスに対しても注意深く耳を傾け、真摯に取り組んでくれたんです」。

 彼は青山の身体からは、柔軟性が失われていると感じた。

「身体というのは、頭から足先までチェーンでつながっているようなものなんです。そのチェーンが柔らかく、しなりながら動かないといけない。それがうまくいっているスーパースターの身体は、やはり曲線の美しさを持っていて、チェーンがまるで蛇のように動く。そういう肉体には、過度な負担もかからない」

「でも、曲線ではなく直線方向ばかりに力を発揮しようとすると、身体の負担は大きくなる。そこを支えようとすれば、どこかで大きな筋肉が必要となり、直線方向のトレーニングが増幅して、結果として柔軟性が失われていくんです」

「人間の身体は、地面からパワーをもらって運動している。その地面との接地面は足の裏。そこから指、足首、ひざ、腰と関節に大きな影響を受けながら、身体は機能しているんです。だから、(その関節で)大きなケガをしてしまうと、問題点はどうしても噴出してくる。大ケガの後のリハビリは本当に大切で、痛みがあろうがなかろうが、続けないといけない。痛みがなくなったとしても、それは他に問題が移行しているだけの場合もある。負担を他の部位が受け止めている場合もある。それに気づかないでいれば、ツケがどこかで回ってしまうんですよ」

 池田コーチの指摘は、青山にとって思い当たるものばかりだ。

「若い時は筋力に頼っていた。身体を大きくすることが、自信にもつながった。だけど本当は、身体の機能性にもっと気を配るべきだった。それがあってのパワー。その過程を飛ばしていたから、故障してしまっていたかもしれない」

 左ひざ前十字じん帯断裂。左ひざ内即半月板損傷による縫合手術を2度。腰痛。青山は常に負傷と背中合わせで生きてきた。それを筋力で増強し、カバーして彼は実績を積んだ。試合でも常にフルパワーで、妥協はない。そういう信念の強さが青山の魅力ではあった。だが、機能性を考慮に入れなかった強化は、やがて限界点に到達する。

 たとえば高層ビルは地震が発生すると、柳のようにしなやかに揺れながら、破壊力を分散させていく機能を持つ。チェーンがしなりながら動く身体もまた、負荷を分散させていく効果を持つもの。それが、若き青山にはなかった。

青山敏弘

復活劇の裏側には、コーチと二人三脚で行った肉体改造があった [写真]=Getty Images

 プレシーズンの時から、池田コーチは青山の肉体改造に着手した。ステップを踏ませて足の運びを修正し、マシンではなく自転車そのものを漕がせることで肉体バランスの偏りを発見し、是正した。様々なトレーニングは全て、青山の肉体機能を硬から柔へと移行させ、鋼から柳へと変化させることにあった。

「どうですか?よくなっていますか?」。青山が問う。池田コーチは、正直に言うことを心がけた。「もう少しの辛抱だ」。「わずかだけど、よくなってきたぞ」

 御為倒しは、感性の鋭い青山には通用しない。だからこそ、コーチは冷徹な目で判断し、そのままを告げた。その誠実さが青山の心を包んでいた霧を晴らしていった。

 明治安田生命J1リーグ第3節の鹿島アントラーズ戦。背番号6は自信の身体に驚愕した。昨年まで、自分の意志どおりに動かなかったのに、この試合は違う。行きたい場所に行きたいタイミングで行きたいスピードで動く。試合中、自分の身体に対して彼は、感動していた。

 よくぞ、ここまで。

 勝利の後、ドレッシングルームで彼は自分の肉体を抱きしめたい衝動にかられた。嬉しくてしかたがなかった。

「でもね、それは青山だからできたんですよ」。池田コーチは言う。

「責任感が強く、いろんなものを抱えてプレーしてきたのが、青山という男です。何とかしなきゃってずっと悩みながら、苦しんでいた。ストイックに自分を見つめていたから、感性が鋭くなっていた。だからこそ、正しい情報を発信すると、どんどん吸収していく。こちらもびっくりするようなスピードで変わっていく。他の選手とは、そこが違うんです。まだまだ、良くなりますよ」

 身体が動くようになったからといって、以前のようなスタイルでプレーしているわけではない。今も、走行距離はほとんどの試合で12キロオーバー。だが、スプリントの数は少ない。V・ファーレン長崎戦ではパートナーのMF稲垣祥が15回のスプリントを記録しているのに、青山は6回。昨年も同様の数字ではあるが、今の青山は走れるはず。かつて深い位置からスプリントを生かしてゴール前に飛びこむプレーを得意としてきた男である。稲垣並とはいかなくても、もう少しスプリントができるはずだ。

 今の青山は、スプリントできないのではなく、しないのだ。強く鋭く走るのは稲垣やパトリックに任せ、彼はその後ろ、扇の要の位置に立ってボールを回収している。周りがアタックをしかけ、こぼれてくるボールを青山が拾い、正確なパスワークで2次・3次の攻撃を仕掛ける。時には最終ラインに入ってビルドアップに参加し、深い位置からスペースを見つけ、長短のリズムをつける。かつて森崎和幸がやっていた仕事を青山は違ったスタイルで形にしているわけだ。

「彼に要求している役割をすごく短い時間で整理してくれた」と城福監督は指摘する。

「疑問符があるところはお互いの話の中で、詰めていった。役割を果たしうるだけの体力も走力もつけてきた。身体のコンディションをゲームにどう生かすか。そこも彼はしっかりと認識している。走るべき時とスペースを埋めるべき時、ボールへの行き時とか力の入れ時が整理されているんです」

 強さと破壊力を利して、一発で局面を変える力は突出していた。FW佐藤寿人(現名古屋グランパス)とのホットラインは見ている側の心を沸き立たせ、血管を震わせるほどに興奮したものである。だが、今の青山は、そういうエキサイティングなプレーではなく、頭脳を回転させ、いい判断で身体を動かし、決定的なシーンではなく、その一つか二つ、三つ前でのプレーでチームをコーディネートする。目立ちはしない。しかし、大切なところで必ず、そこにいる。

 扇とは一つ一つの竹の骨を束ねてつくっているが、その要が機能していなければ扇は扇ではなくなる。絢爛な美しさを見せ付ける扇が広がっている時、誰も要には注目しないが、最も重要な役割を果たす。青山敏弘の今の役割はそこだ。

「彼をキャプテンに指名したことは、正解でしたね」

 指揮官にそう問うと、城福監督は笑顔になった。だがすぐに表情を引き締め、こう続けた。

「それはシーズンが終わった時に考えること。いろんな取組がよかったかどうか、それは最後に問われることになる。そして青山というキャプテンが真価を問われるのは、絶対に来るであろう逆風の時。もちろん来ないのならそれがベストですが(笑)、その時にこそ自分たちを失わなわず一丸となってやれるかどうか。そのきっかけはアクシデントかもしれないし、不運なPKかもしれない。そんな時に、青山が先頭に立ってチームを一つにまとめてもらいたい」

 おそらくその期待には、今の青山敏弘であれば応えられるだろう。1度はサッカーに恐怖を感じた男が肉体の復活と共にスタイルを進化させ、よりチームのために自分が何を為すべきかを明確にできているからだ。人間は意志の方向へと進化する。昨年の青山は、その意志の方角を見失っていた。母艦となる肉体の機能不全に引っ張られてしまったからだが、今は違う。身体はチューンナップされ、歩くべき道も明快だ。だからこそ、意志の力も研ぎ澄まされた。間違いなく、青山はもっと進化する。サッカー選手としても、かつてその印にすがるしかなかったキャプテンという重責に対しても。
 
文=紫熊倶楽部 中野和也

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