2017.01.20

【注目ルーキー】大けがを乗り越えプロの舞台へ、法政大DF永戸勝也「ベガルタ仙台から日本を代表する選手に」

サッカー総合情報サイト

 大学サッカーの総決算となるはずだった1年は、ひざに負ったけがの影響もあり不完全燃焼に終わった。忸怩たる思いを抱える永戸勝也が見据えるのは、次なる舞台での雪辱。持ち前のポジティブ思考で大けがすらも糧にしたレフティが、自身のキャリアを振り返り、プロでの戦いに思いを馳せる。

インタビュー・文=峯嵜俊太郎、写真=梅月智史、瀬藤尚美

■「FWのままだったら中学で辞めていたかもしれない」

――サッカーを始めたきっかけは?
永戸 2つ上の兄がサッカーをやっていたので、自然と一緒に。小学校に入る前、5歳ぐらいの時に始めました。

――小学生の時は中志津SC、中学ではペーニャFCバルセロナジャパン千葉ジュニアユースに所属しました。
永戸 中志津SCは地元にあったクラブで、千葉県大会でベスト32に入るくらいの強さでした。中学時代に所属していたペーニャは、スペインのバルセロナに公認されたチームです。実際にバルセロナ遠征にも行きました。あまり歴史のあるチームではないんですけど、遠藤翼(トロントFC/カナダ)選手とかOB選手も結構いるんですよ。

――当時のポジションは?
永戸 小学生から中学1年の夏まではFWでプレーしていました。背が低くて、足が速いタイプの選手でしたね。ただ、中学に上がる頃に身長が伸びてきて、元々のプレースタイルと体がマッチしなくなりました。次第にFWでのプレーに限界を感じ始めたんです。

――そこでサイドバックにコンバートを?
永戸 はい。自分が悩んでいるのを察してくれたのか、中1の夏に監督から「サイドバックをやってみろ」と言われたのがきっかけです。今思えば本当にありがたい話で、FWのままだったら中学でサッカーを辞めていたかもしれないです。それくらい苦しんでいました。

――高校は名門校である八千代高校を選びましたが、その理由は?
永戸 親に薦められたことと、実家から近かったのが大きな理由です。実は2つ上の兄も八千代に通っていて、自分が1年生で兄が3年生という状況は避けたいと思っていたんですけど、結局僕も八千代に進学しました。

――八千代高校では3年時にインターハイと高校サッカー選手権でともに全国大会に進みました。
永戸 自分たちが入った頃は「千葉の高校サッカーは3年周期」と言われていて、八千代高校、流経大柏高校(流通経済大学付属柏高校)、市立船橋高校の3校が3年ごとに千葉県代表の座を獲得していたんです。自分たちはちょうどその3年に1度の世代だったので、まずはインターハイで必ず全国に出ようという話をしていました。実際に全国出場が決まった時は本当にうれしかったです。

――しかし、残念ながら全国では2大会とも初戦敗退となってしまいました。
永戸 そうですね……。全国出場を目標としていた分、もしかしたら県大会を突破したところで気持ちが切れてしまったのかもしれないです。

――特に選手権では立正大淞南高校に1-7という大差で敗れてしまいました。つらい出来事だったと思います。
永戸 今振り返れば、すごく緊張していたんだと思います。自分たちの試合をあんなに多くの人が見に来るというのも初めてでしたし、緊張のせいかほとんど記憶がないんですよね。プレー内容も憶えてないんです。ただ、「もっとやりたかったな」という思いだけは今でもあります。

――高校時代を振り返って一番の思い出は?
永戸 全国大会は残念な結果でしたけど、選手権の県予選で流経大柏に勝って全国出場が決まった時はすごくうれしかった。一番の思い出です。

――その試合、永戸選手自身のプレーについてはいかがでしたか?
永戸 0-0のままPK戦までもつれ込んで勝ったんですけど、自分はPKを外してしまったんですよね(苦笑)。でも決定的なピンチを一つ防いだので、自分ではチャラかなと思っています。

■生来のポジティブ「人生死ぬこと以外かすり傷」

――高校卒業後は法政大学に進学した経緯を教えてください。
永戸 高3の夏頃に法政大の練習に参加して、その2日後くらいには「ぜひ来てほしい」という連絡が来たんです。元々は別の大学に行くつもりだったんですけど、自分から行くよりも「来てほしい」と言ってくれたチーム、求められているチームでプレーしたいなと思って法政大に入りました。

――大学サッカーに入って感じた高校との違いは?
永戸 フィジカルの強さやスピードは明らかに違うなと感じましたね。今ではフィジカルも自分の武器の一つですけど。

――フィジカルが向上したのはいつ頃のことですか?
永戸 特にトレーニングを積んだというよりは、メンタルの変化によって当たり負けしないようになったんだと思います。自分は1年生の時から試合に出ていたんですけど、当時は本当に「ただ出ているだけ」という感じで、チームのプラスになっていないと感じていました。そこで2年生になる時、「もっとチームの力にならないとダメだな」と思い直しました。するとなぜか自然と自信が付いて、当たり負けすることもなくなっていったんです。

――特にきっかけなどはなかったのですか?
永戸 明確に自信が付くきっかけとなったのは2年生の時の総理大臣杯ですね。準々決勝で専修大学と対戦したんです。当時の専修大には仲川輝人(現横浜F・マリノス)選手や北爪健吾(現ジェフユナイテッド千葉)選手がいて本当に強かったんですけど、何とか1-0で勝つことができました。あれ以来かなり自信が付きましたし、周りから注目されるようにもなったので、まさに転機とも言える試合でしたね。

――他に大学で向上したと思う点は?
永戸 2年生の時に監督が長山(一也)監督に代わってからは、ポジショニングや攻守の切り替えを意識するように指導されてきました。4年生になってからはそうした部分も自然とできるようになりましたし、常に考えながらプレーできるようになったと思います。

――今年度の関東大学サッカーリーグ戦では、ひざの負傷によって後半戦を棒に振ることとなってしまいました。
永戸 前期リーグの最終節にけがをしてしまいました。その試合は最後までプレーできたんですけど、しばらくするとひざがパンパンに腫れ上がっていって……。病院の診察で半月板が割れていることが分かりました。できれば手術はしたくなかったんですけど、しばらく様子を見ても治る兆候がなかったので、8月末に手術に踏み切りました。

――大学最終年での大けがは、心境的につらいものがあったかと思います。
永戸 手術をした時は空っぽというか、無気力のような状態になりました。全治4カ月ということは、自分の大学サッカーがほとんど終わってしまったようなものでしたから。ただ、治った後のことを考えると、もうベガルタ仙台のキャンプまで時間がない。それならこれをいい機会として、プロに向けてしっかり体を作っていこうと切り替えることができました。

――具体的にはどのようなトレーニングを?
永戸 仙台の紹介で国立スポーツ科学センターに通って、そこで自分の体の弱かった部分を知りました。自分はお尻周りの筋肉がすごく弱かったので、そこを鍛えました。あとは上半身もプロの当たりに対抗できるように強くしようと意識しています。

――お話を聞いていると、本当にポジティブな考え方が染みついていると感じます。何か秘訣があるのですか?
永戸 座右の銘と言っては大げさですけど、法政大の先輩に教えてもらった「人生死ぬこと以外かすり傷」という言葉を意識しています。小さいことでクヨクヨしないで、かすり傷くらいだと思えばメンタル的には楽になる。けがをしてもサッカーを辞めるわけではないので。

■「ベガルタ仙台から日本を代表する選手になりたい」

――大学卒業後はベガルタ仙台入りが内定しています。最初に獲得のオファーがあったのはいつのことですか?
永戸 4年生になったばかりの4月頃にオファーをいただきました。仙台には2年生の頃から練習参加の誘いを受けたり、いろいろとアドバイスをもらったりもしていたんです。他のクラブからのオファーもありましたけど、以前からチームの雰囲気を知っていましたし、何よりも一番早くオファーをくれたので、最終的には仙台に入ることを決めました。

――仙台が高く評価してくれたポイントは?
永戸 左足のキック精度やシュートといった攻撃的な部分はアピールポイントだと思っています。仙台からもそうした攻撃的な部分が「今のチームに必要だ」と言ってもらいました。

――近年の仙台は堅守のイメージも強いです。
永戸 僕も守備が苦手というわけではないです。これまではサイドバックの攻撃参加があまり多くないチームだったと思うので、そこでゴールにつながるプレーができれば出場機会も増えていくと思っています。

――実際に何度かお会いしているかと思いますが、渡邉(晋)監督の印象は?
永戸 ベテランの選手からユースの選手まで、しっかりとチームを見てくれている。すごくフランクに話しかけてくれますし、人間性も素晴らしくて、非常に尊敬できる監督だと感じています。

――選手たちの印象はいかがですか?
永戸 練習参加した時にゲーム形式の練習はなかったんですけど、佐々木匠はまだ10代なのにすごくうまいなと感じました。あとは食事の時に梁(勇基)さんがすごく積極的にコミュニケーションを取ってくれて、本当に優しい方だなと思いました。

――石川直樹選手とはポジション争いを繰り広げることになると思います。
永戸 センターバックでもプレーしているので、とても守備がうまい選手だと感じます。ただ自分はタイプが違うので、その違いでチームにいいアクセントを与えていきたいです。

――プロ入り後のイメージが明確にできているように感じますが、1年目から活躍する自信はありますか?
永戸 どうでしょう……。大学でも徐々に自信をつけてきたタイプなので、仙台でも練習から徐々に自信をつけていきたいなと思います。

――将来の目標を聞かせてください。
永戸 漠然としたイメージにはなるんですけど、ベガルタ仙台から日本を代表する選手に、世界と戦える選手になりたいと思っています。目標は内田篤人選手(シャルケ/ドイツ)。ドイツという世界の第一線で戦っている選手なので、プレーだけでなくメンタル的な部分にも憧れています。

――プロで対戦してみたい選手はいますか?
永戸 鹿島アントラーズの西大伍選手。あと柏レイソルの伊東純也選手とは大学でも対戦したので、プロの舞台でも対戦してみたいです。

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