2016.12.20

【コラム】湘南、18年ぶりにフジタとスポンサー契約…“再タッグ”を実現させた愛情と熱意とは

中田英寿
湘南とフジタが18年ぶりに再タッグを結成(写真は1998年、中田英寿氏)[写真]=J.LEAGUE PHOTOS
スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

 一度は別れを決めて、全く異なる道を歩んでいった“2人”が、実に18年もの歳月を越えて再び手を取り合い、未来へと向かっていく。映画やドラマでもめったにお目にかかれないストーリーが、2017シーズンのJリーグで描かれることになった。

 湘南ベルマーレは20日、来シーズンのユニフォームパートナーとして株式会社フジタ(奥村洋治代表取締役社長、本社・東京都渋谷区千駄ヶ谷)が決まったと発表した。アマチュアの日本リーグ時代の親会社であり、ベルマーレ平塚としてJリーグを戦った1999シーズンまではクラブのメインスポンサーを務めながら、長引く平成不況のあおりを受けて撤退を余儀なくされたフジタが、袖スポンサーとして18年ぶりに湘南をサポートする。

 Jリーグの歴史上でも前例のない、かつてのメインスポンサーとの“再タッグ”結成を実現させたのは、湘南の水谷尚人代表取締役社長の行動力と熱意だった。

「私自身は営業の経験が長いというか、営業しかしてきていないので。まずは先方へ当たってみようと思えるのは、大学を卒業して入社した株式会社リクルートでの経験が役に立っていると思います」

 湘南の歴史をたどっていくと、1968年に栃木県内で発足し、現在は解説者を務めるセルジオ越後氏がプレーした藤和不動産サッカー部に行き着く。1975年からは藤和不動産の親会社・フジタ工業サッカー部と改称され、翌年には練習拠点を平塚市大神へ移している。

 今から2年後の2018年は、藤和不動産サッカー部が産声をあげてからちょうど半世紀となる。節目を迎えるに当たって、水谷社長は「フジタ時代の方々ともう一度縁を作れないものだろうか」とあらゆる方面から可能性を模索。今年の9月になって、共通の知人を介して面識のあったフジタの幹部に連絡を入れた。

「その方は湘南のホームタウン在住で、学生時代からバックパッカーでヨーロッパのスタジアムを旅して回るなど、大のサッカー好きだったんですね。私の知人とともにShonan BMWスタジアム平塚のシーズンチケットも購入されていて、実際に湘南の試合もよく見に来て下さっている。今年になってやり取りしていたメールには『最近の業績は悪くない』とも綴られていたので、『これは脈があるかもしれない』と思って打診した次第です。ずっとウチを支え続けてくれたフジタがユニフォームスポンサーとして戻ってくれば、藤和不動産サッカー部創設50年でOBの方々が集まる場を催した時などに、セルジオ越後さんや中田英寿君をはじめとする皆さんも足を運びやすいのではないか、という絵を描いたんです」

 フジタの業績がいよいよ厳しい状況となった1998シーズンのオフ。平塚はフランス・ワールドカップ日本代表のGK小島伸幸、同韓国代表のDF洪明甫、J1の1試合最多得点記録(5ゴール)保持者のFW野口幸司、1994シーズンの新人王を獲得したMF田坂和昭といった主力選手を大量に放出している。

 経営危機を回避するための苦肉の策だったが、経験の乏しい若手中心の布陣となった平塚は1999シーズンのファーストステージ、セカンドステージでともに最下位に低迷。J2へ降格するとともに、経営再建へ待ったなしの状況に陥っていたフジタも、この年限りをもってメインスポンサーから撤退した。

 平塚は翌2000シーズンから、チーム名称を現在の「湘南ベルマーレ」に変更。責任企業をもたない市民クラブとして、平塚市を含む7市3町をホームタウンとして再出発を図った。この時、フジタは株式会社湘南ベルマーレへ一切の負債を残さず、練習拠点としていたフジタ所有の大神グラウンド(現松陰大学湘南キャンパス)も2006年9月まで使用することができた。

 そこにはアマチュア全盛だった1970年代からブラジル流のサッカーを標榜し、日本リーグを3度、天皇杯を2度制覇。日本サッカー界のプロ化を謳う先駆者的な役割をも担ってきたフジタが撤退に際して抱いた断腸の思いと、平塚としても1994年度の天皇杯で優勝するなど、「湘南の暴れん坊」の異名とともに黄金時代を築きあげてきた歴史への深い愛情が込められていた。

 その後の湘南は、北京オリンピックを指揮した反町康治監督(現J2松本山雅FC監督)の下で2010シーズンにJ1復帰を果たすまで、実に10年もの歳月を要した。2002年に強化部長として日本サッカー協会から湘南入りし、苦難の歴史のほとんどを目の当たりにしてきた水谷社長は「クラブとして感謝こそすれ、恨むことなど一切ありません」と、フジタへ抱き続けた想いをこう振り返る。

「あの一件(負債を残さなかったこと)がなければ、恐らく今の湘南は存在していません。撤退以降は直接的な関係がないまま今シーズンを迎えていましたが、精神的な部分ではフジタさんとつながっていたと私は思っています。今回のお話を進めていくに当たって、フジタさんの社内では『一度撤退した我々が戻っていいのか。ファンやサポーターの方々に嫌な思いをさせるのではないか』と懸念する声が上がったのも事実ですが、私からは『そういうことは一切ありません。逆にウェルカムです』と伝えました。一度でもお付き合いした方々との縁を大切にするのは当たり前のことですけれども、湘南はその縁をずっと持ち続けていきたいと考えているクラブなので。企業なので業績が良い時もあれば悪い時もあるし、だからこそ良くなった時に戻って来られる絵を描ければ全員が一番幸せなのではないかと。実際、今シーズンは数年ぶりに戻って来た看板スポンサーの企業もありますので」

 9月以降の交渉はとんとん拍子で進み、今月中旬になって最終的に合意に達した。金額や契約年数などは非公表とされたが、水谷社長は「精神的にはずっと(お付き合いを)、という感じといいますか、フジタさんからも『再び戻るのであれば、ずっと続けなければ意味がない』という思いもいただいています」と、相思相愛の関係を築けたことに相好を崩す。

 現在は大和ハウス工業の完全子会社となっているフジタだが、ユニフォームの左袖に登場するロゴはアルファベットで『FUJITA』と、かつて慣れ親しまれたのと同じものが入る。フジタ工業時代や平塚時代を懐かしんでは、“再タッグ”結成を喜ぶオールドファンも大勢いるはずだ。1990年代末に直面したクラブ存続危機を知るスタッフもわずか3人だけとなってしまったが、その全員が「こんな嬉しいことがあるのか」とフジタとの縁が戻ったことに感無量の思いを抱いている。

 この日の発表されたリリースには、フジタ、湘南両社のトップの熱い思いが綴られている。

「2017シーズンより、ユニフォームパートナーとして18年ぶりに湘南ベルマーレを応援させていただくことになりました。常に前に出る『湘南スタイル』を貫き挑戦を続ける湘南ベルマーレ、そしてチームと一体となって支えてこられたサポーターはじめ地域の皆様、スポンサーの皆様の熱い思いに敬意を表しますとともに、今回再びその応援の輪に加わる機会をいただいたことに感謝しております。2018年のクラブ創設50周年に向け、当社もチーム一丸となり、再び熱い思いを共有したいと思っております」(株式会社フジタ・奥村洋治代表取締役社長)

「今日のベルマーレがあるのは、藤和不動産サッカー部、フジタ工業サッカー部の長い歴史とプライドの上に、常にあのベルマーレ平塚の黄金期を夢み、歩み続けてきた結果でもあります。そして、今日まで多くのサッカー界の皆様に応援いただき、またサッカー界で活躍している数多のOBが、陰に日向に叱咤激励をくださるのもフジタの歴史があったからです。再びスポンサーとして共に歩み闘い、湘南地域に夢と感動を提供し、選手を育てさらに強くなり、微力ながら日本サッカーの強化に貢献していきたいと思います」(株式会社湘南ベルマーレ・眞壁潔代表取締役会長)

 今シーズンのJ1年間順位で17位に終わった湘南は、2年間にわたって戦ってきたJ1から無念の降格を余儀なくされた。1年でのJ1復帰を目指して、3年ぶりに年間42試合を戦う長丁場のJ2リーグへ挑む来季へ。曹貴裁監督の続投決定に続いて、ファンやサポーターの胸をも熱くときめかせる朗報がクリスマス直前に届けられた。

取材・文=藤江直人

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