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【コラム】J1昇格にはあと一歩及ばずも…創設13年、岡山で育ち続ける確かな「希望」

初の昇格PO決勝に臨んだ岡山は、惜しくもC大阪に屈した [写真]=Getty Images

 J1に昇格する最後の椅子を争うセレッソ大阪戦を数時間後に控えた4日の朝。ファジアーノ岡山の木村正明代表取締役は、練習拠点の政田サッカー場の周囲をジョギングしている。

 振り返ってみれば、これまでジョギングした時は、だいたい岡山がリーグ戦で勝利している。いわゆる験担ぎの思いも込めて走ってみると、ランニング愛好者たちが交わす会話がいつもと違うことに気がついた。

「ファジアーノへの期待が、いたるところから聞こえてきたんですね。いままで地域リーグからJFL、JFLからJ2へ昇格する時にときには、おそらくほとんど興味を持たれなかったのが、やはりJ1へ昇格間際のところで、あるいは昇格した後に興味をもってくださっているのかと思ったんですよね」

 迎えたJ1昇格プレーオフ決勝。会場となる敵地・キンチョウスタジアムは、アウェー側のゴール裏を除いて、C大阪のカラーでもあるピンク色に染まっている。15時35分のキックオフ直後から降り出した雨が、時間の経過とともにどんどん激しくなっていく悪条件の中で、岡山は一敗地にまみれた。

 後半の開始直後に与えた右コーナーキック、最後は混戦からMF清原翔平に泥臭く押し込まれた失点を、最後まで取り返すことができなかった。終盤はキャプテンのDF岩政大樹を前線に上げるパワープレーに終始し、徹底してロングボールを相手ゴール前へと集めたが、3シーズンぶりのJ1復帰へ一丸と守り切ったC大阪の執念に弾き返された。

 試合後の喧騒が残る中で行われた公式会見。岡山を指揮して2シーズン目になる長澤徹監督は「胸を張って岡山に帰ります」と、毅然とした表情で前を見すえた。

「選手は本当によく戦いました。いろいろな細かい部分もありますが、しっかりとやり切ったこと、最後まであきらめず戦い切ったことは非常に評価しています。まだ選手とは話していないんですけど、しっかりとアイツらの魂を評価してあげたい。確かに無念ではありますが、この無念が次への思いとか、願いとか、祈りといったものを輝かせると思っていますので、今日の敗退を選手とともにクラブとしてしっかりと受け止めて、次へと向かう一歩にしていきたい」

 5分間が表示された後半のアディショナルタイムが、C大阪のGKキム・ジンヒョンのゴールキックとともに終わりを告げた瞬間、木村代表の頭の中は真っ白になっていた。

「今年は今までで1年間という時間が一番長かった。実際、物理的にも12月第1週までという長いシーズンだったし、今まではプレーオフをまるで他人事のように眺めていたのが、今年は最後まで来たことはクラブにとっても大きい。いつもは試合が終わると『やったぁ!』か『悔しい』となるんですが、今日に限ってはいろいろな思いがないまぜになっていたというか。何も覚えていないですね。いつもとは明らかに違いました。それなりに賭けているものがありましたので」

 無念さを必死に封印しながら、目の前のピッチで明と暗のコントラストが描かれている理由を自問自答してみた。相手は日本リーグ時代に不世出のストライカー、釜本邦茂を中心として黄金時代を築きあげたヤンマーディーゼルを前身とする関西サッカー界の名門。半世紀以上の歴史が生み出す差を、感じずにはいられなかったという。

「生意気な言い方に聞こえたら申し訳ないんですが、アマとプロの違いってここだなと。プロクラブとは、実は一人ひとりの想いの積み重ねで成り立っていると思うんです。僕らはクラブができて13年、株式会社になって10年で、ヤンマーさんの時代から数えて長い歴史と伝統があるセレッソさんに挑んだわけですけど、強い流れがセレッソさんに来ているのを感じました。それを単純に壁と呼べばいいのか。ヤンマーの関係者の方も大勢いましたし、お爺ちゃんになったOBもいらしていた。釜本さんの時代からずっと形づくられてきたセレッソさんというクラブの力、想いの積み重ねというものが、やはりすごかったと」

 もちろん、歴史の差を前に白旗をあげているわけではない。岡山もまた、Jクラブが不毛だった地でしっかりと軌跡を刻んできた。川崎製鉄水島サッカー部OBが中心となって結成されたリバーフリーキッカーズを中核として、ファジアーノ岡山フットボールクラブが産声を上げたのが2003年。将来のJリーグ参入を目指し、運営会社となるファジアーノ岡山スポーツクラブも2006年に設立された。

 同時に乞われて代表取締役に就任したのが岡山市出身で、世界最大級の投資銀行ゴールドマン・サックスでマネージングディレクターとしてらつ腕を振るっていた木村氏だった。以来、ピッチの内外で積み重ねてきた改革の歴史は、木村代表取締役によれば「地道な活動に尽きる」という。

 究極の目標を「日本一の市民クラブ」にすえ、トップチームの強化だけでなく、ホームのシティライト須スタジアムを訪れたファンやサポーターにリピーターになってもらう努力を積み重ねてきた。そして、株式会社設立から10年となる2016シーズンを「ある意味での総結集」と位置づける。

 例えばシーズンを通して取り組んできた『Challenge1』とは、ホームの平均入場者数を1万人に到達させるプロジェクト。11月20日のザスパクサツ群馬とのJ2最終節を残し、平均入場者数は9758人、目標を成就させるためには1万4840人の来場が必要だった。

 果たして、群馬戦には1万5204人の大観衆が集結。平均を1万17人と押し上げた中で、岡山は3点のリードを追いつかれる苦しい状況を一丸となってしのぎ切り、2009シーズンから参戦して8年目になるJ2で最高位となる6位でフィニッシュ。同時にJ1昇格プレーオフへの初挑戦権も手にした。

 ピッチの中を見れば、2014シーズンから加入した岩政がチームの意識改革に取り組んだ。常勝軍団・鹿島アントラーズの最終ラインを10年間も担い、前人未到のリーグ戦3連覇をはじめとするタイトルを獲得したベテランは、「岡山に足りない勝利への執着やこだわりを植えつけるために呼ばれた」と公言してはばからない。鹿島での日々で培ったものを、岩政はこう表現する。

「大事なことは日常。そのために毎日練習しているわけですから。勝負強い、勝負強いと言われるチームには何があるかというと、厳しい日常があるだけなんです。その厳しい日常を作り出すために僕は来て、この2年間、一日だけリカバリーの練習を休んだくらいで、ぶっ続けで練習してきましたので」

 集大成となるC大阪との決勝で喫した黒星を、岩政は「セレッソが勝つべくして勝った」と毅然とした口調で結論づけた。キーワードは、一発勝負の明暗を分ける「隙」だという。岡山は隙を与え、松本山雅FCが準決勝で見せた隙をC大阪は最後まで与えてくれなかった。

 岡山との契約は今季限りで切れる。自身の去就は未定としながら、嫌われ者に徹してもいい、という思いの下で伝え続けてきたものが岡山のDNAになってほしいと岩政は願ってやまない。

「成功体験だけでみんなが成長するわけではないですから。このなかで、僕が来たときから『何であの人は練習中からこんなにうるさいんだ』というのがあったと思います。隙を作らないということに関して、もしかしたら僕がいることでできなくなってしまっている部分もあるかもしれないし、僕に頼ってしまっている部分もあるのかもしれない。とにかく、何気ないワンプレーを大事にするディテールの部分に、自分たちで気づく機会にはなったかな。僕がいつも言ってきたことにみんなの目が向く機会になれば。そうやってファジアーノの歴史が作られていって、また強いチームになっていくわけですから」

 長澤監督のもとで戦った2シーズンは、期限付き移籍を積極的に活用した。浦和レッズから加入して2年目のMF矢島慎也は「10番」を託され、鹿島アントラーズから加入したFW豊川雄太はほとんどが途中出場ながら、チーム2位の10ゴールを記録して雄叫びをあげた。

 リオデジャネイロ・オリンピック世代の矢島や豊川だけではない。ガンバ大阪で出場機会を失った32歳のFW赤嶺真吾はリーグ戦で41試合に出場し、J1昇格プレーオフ準決勝では1ゴール1アシストをマーク。松本山雅を撃破する下克上の主人公となった。

 岩政やレンタルバックしていく選手も含めて、来季の陣容は現時点では不明だ。それでも、ベテランと中堅、若手が一丸となって勝ち取った、今シーズンの軌跡が放つ輝きが色褪せることはない。矢島が試合後に残した言葉は、期限付き移籍中うんぬんには関係なく、C大阪の執念に屈した岡山の選手たちが抱いた本音を表してもいる。

「結果と力の差は比例していると思う。向こうの上手さを感じたし、岡山にはチャンスも少なかった。悔しいけど、すがすがしい気持ちもあった。岡山がJ1に挑戦するには、まだちょっと早いと言われている気がした。自分自身としては、こういう大事な試合で決定的な仕事をしないといけないという悔しさしかない。この悔しさを忘れちゃいけないし、この悔しさを糧に這い上がっていかないといけない」

 地域リーグからJFLを経て、念願でもあるJ1の舞台へ一歩ずつ、ゆっくりと歩んでいく過程で経験したJ1昇格プレーオフ決勝の大舞台。結果は残念だったが、松本や大阪へ大挙して駆けつけたサポーターの後押しを含めて、さらに歩みを続けていく来季以降へ、岡山という地に「希望」という名の芽がしっかりと育っていることに改めて手応えを感じたと木村代表取締役は言う。

「僕らはまだまだ駆け出しですけれども、頼るものは岡山の皆さんの想いしかない。もっともっとこの輪を広げていくのが、僕らクラブの務めだと思っています。もっともっと大きくなって幹になれば、いつかはセレッソを倒せるクラブになると思います」

 いつかは「あの年はセレッソに負けたけどね」と笑って語り合える日が来る。その時を信じて、地に足をしっかりとつけた夢物語は2016年12月4日をひとつのハイライトとして、しっかりと紡がれていく。

文=藤江直人

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