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7年前との違いを見せるために…川崎の逆転優勝へFW大久保「最後、勝つことに集中したい」

2016.06.19

中村に代わってキャプテンマークを巻いた大久保。同点弾を決めたが勝利に導くことはできなかった [写真]=J.LEAGUE PHOTOS

 まさかのドローを告げるホイッスルが鳴り響いた直後、川崎フロンターレFW大久保嘉人はピッチの上で仰向けになって倒れ込んだ。数十秒は動けなかっただろうか。小雨まじりの敵地の夜空を見上げる脳裏には、「ダメだ」という言葉が何度も駆け巡っていた。

「鹿島がどうなっているかは分からなかったけど、逆転しているんじゃないかと」


 ともに19時キックオフで臨んだ明治安田生命J1リーグ・ファーストステージ第16節。ハーフタイムの時点で、2位の鹿島アントラーズが1-1で折り返したことまでは知っていた。

 キックオフ前の時点で、首位に立っていた川崎との勝ち点差はわずか1。しかも、川崎は最下位のアビスパ福岡に2点を先行され、何とか1点を返した状態で前半を終えていた。

 無類の勝負強さを誇る鹿島は、後半に必ず勝ち越しゴールを挙げているはず――。大久保はそう覚悟していた。つまり川崎が後半に逆転しなければ、順位がひっくり返る。

 果たして、鹿島はヴィッセル神戸からしっかりと勝ち点3をもぎ取っていた。対する川崎は引き分けに持ち込むのが精いっぱい。最終節を残して自力優勝の可能性が消滅するまさかの事態にも、大久保は試合後の取材エリアでファイティングポーズを失わなかった。

「でも、まだ分からないですからね。これで(優勝の可能性が)消滅したわけでもないし、今日の結果を教訓にするわけじゃないけど、『オレたちはうまいんだ』と自信を持って次を戦いたい」

 鹿島が負けるという条件つきながら、ステージ優勝が懸かった大一番。ステージウィナーは獲得タイトルにはカウントされないものの、川崎にとって「優勝」と名のつくものは経験したことがなかった。

 加えて、この試合ではキャプテンのMF中村憲剛が背中と腰を痛めて欠場を余儀なくされていた。前節まですべての試合で先発し、残り1分でベンチに下がった第9節ガンバ大阪戦を除いて、フルタイム出場を続けてきた精神的支柱がベンチにもいない。

 様々な状況が絡み合った末に生まれた“いつも”とは異なる雰囲気を、中村の代わりにキャプテンマークを巻いた大久保は最前線で感じ取っていた。

「試合への入り方が悪かったし、(簡単にゴールを)入れられた。今日に限ってみんな自信を持ってプレーしていなかったように見えた。プレッシャーに弱いんじゃないか……。そうとしか考えられないでしょう。結果論ですけど、オレにはそう見えましたよね」

 身長186センチのFWウェリントンの高さを生かしてくる福岡の攻撃パターンは分かっていた。それなのに、開始わずか9分でやられてしまう。ウェリントンが落としたボールをMF邦本宜裕につながれ、最後はトップスピードで駆け込んできたFW金森健志にゴールを割られた。

 4試合連続で白星から見離されていた福岡サポーターは、これで一気に盛り上がる。「あの失点で浮足立ってしまった」と振り返ったのはセンターバックの谷口彰悟。メンタル面を修正する間もなく、6分後に再び金森にゴールを決められた。

 22分には、最終ラインの中央で谷口とコンビを組んでいたエドゥアルドが左太ももの裏を痛めてプレー続行が不可能になり、井川祐輔を緊急投入。相次ぐ非常事態に攻撃面でも空回りが続く。

 この時、大久保は中盤に下がってボールを受けたい衝動を必死にこらえながら、前線でチャンスを待ち続けていた。

「自分が下がったら、今度は前線に人がいなくなる。そうなるのが嫌だったので、我慢に我慢を重ねながら、誰かボールを受けてくれ、受けてくれと言っていたんですけどね。相手がブロックを組んでいるといっても、誰かがその間でボールを受けないとウチのサッカーは成り立たない。大胆さがなかった点が、一番もったいなかった。ちゃんと崩すのではなく、すごく攻め急いでいたからね。(大島)僚太は堂々とやっていたけど、やっぱり前を向かないでやってしまう選手もいたし、それだったら俺が下がればよかったといまでは思うけど。サイドからのクロスであれだけチャンスを作って、合わないというのは問題もある。まあ、しょうがないですね」

 パターンは2009シーズンと酷似している。残り3節となった時点で川崎が首位、勝ち点1差で鹿島が2位につけていたが、第32節で川崎が最下位の大分トリニータにまさかの黒星を喫してしまう。一方の鹿島はしっかりと白星をゲット。勝ち点2差をつけて首位に浮上し、残り2試合を含めて怒涛の6連勝で前人未到のリーグ3連覇を達成した。奇跡を信じて連勝した川崎は、3度目の2位に終わった。

 7年前と異なる点を挙げるとすれば、最下位の福岡に「負けなかった」こと、そして大久保が在籍していることだ。勝ち点1差で迎える最終節。川崎が大宮アルディージャに勝利を収め、鹿島が福岡に引き分け以下に終われば再逆転となる。

 他力ながらも奇跡への可能性を紡いだのが、他ならぬ大久保だった。42分にFW小林悠が1点を返し、迎えた72分。MF大島僚太が獲得したPKを託された直後だった。

 ボールをセットしようとする大久保に対して、福岡GKイ・ボムヨンが執拗にプレッシャーをかけてくる。守備位置に戻るように主審から命じられても、なお威嚇行為をやめない。あげくは遅延行為でイエローカードをもらう姿に、大久保はゴールを確信していた。

「絶対に先に動くと思いました。何だか慌てていたので。自滅ですよね。オレとしては楽でした」

 ゆっくりとした助走から、先に右へ飛んだイ・ボムヨンをあざ笑うかのようにど真ん中へ蹴り込んだ。“決めれば天国、外せば地獄”という場面で、相手GKの心理状態を完全に読み切って優位に立った。図太いと表現してもいいほどのメンタルの強さが、川崎に勝ち点1をもたらした。

 神戸から戦力外を通告された大久保が加入した2012シーズンのオフ。川崎の強化関係者から、こんな言葉を聞いたことがある。

「ウチはおとなしい選手が多い。そこに大久保のやんちゃ坊主ぶりが加わって、いい意味での化学反応を起こしてくれれば」

 絶対的なストライカーを欲していた川崎は同時に、どんなに強烈な逆風にさらされても、その背中で力強くチームを鼓舞する存在も求めていた。必要ならば味方に対しても歯に衣着せぬ言葉を浴びせる大久保は、まさに打ってつけだった。

 加入発表を兼ねた2013年1月の新体制発表会見。水色を基調とした川崎のユニフォームに身を包んだ大久保は「何だかさわやかで似合わないっすね」と照れ笑いしつつ、一部に施された黒色を指差しながら、こんな言葉を残している。

「やっぱりオレはこの色ですね。遠慮することなく、ガンガンやっていきたい」

 福岡戦後に残した言葉の数々も、ややもすればチームメートへ向けた批判とも受け止められかねない。それでも大久保は思ったことを忌憚なく口にする。痛い点を突かれた若手選手たちがなにくそと奮起すれば、それこそ3年前にチームが期待した化学反応が生まれるはずだ。

 大久保自身、90分間を通して「緊張」の二文字と無縁だったと豪快に笑う。

「もう34歳ですからね。(セレッソ大阪や神戸での)残留争いの方がはるかにきつかった。マイナス思考の連続ですから。優勝争いはプラスでしかないし、勝ればいいわけですから」

 大宮アルディージャとの最終節で復帰するため、大黒柱の中村も着々と調整を進めている。ベンチからも外れた福岡戦、もし優勝することがあれば一緒に喜びを分かち合いたいと一時は帯同を希望したが、空路での移動が腰に悪影響を与えるという理由で断念。自宅でエールを送ることに徹した。

 泣いても笑っても、残るは一試合。白星を挙げなければ奇跡も何も起こらない。取材エリアを出る時、大久保は無邪気な笑顔を浮かべていた。

「ここまで来られたことに対しては、自信を持っていい。若い選手にとってはすごくいい経験だったと思うし、だからこそ自分たちが最後、勝つことに集中したい。そうしたら、また福岡がやってくれるかもしれないからね」

 鹿島が最終節で対戦する相手は、この日川崎が煮え湯を飲まされた福岡。しかも鹿島はDFリーダーの昌子源と、攻撃の中心として活躍するカイオがともに累積警告で出場停止となる。人事を尽くして天命を待つ――。勝利だけに集中する川崎の中心で、大久保の存在感が一際大きくなっている。

文=藤江直人

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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