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日本サッカー界の育成にメス!…欧州式の育成評価システムが“黒船”になる!?

2016.05.19

白熱した昨年のJユースカップ決勝。Jクラブのアカデミーには多くのタレントがいるからこそ、より良い環境整備が必要だ

 ベルギーからやって来たのは“黒船”なのだろうか。

 一昨年から昨年にかけて、「ベルギーの団体がJクラブの育成を格付け」といったニュースが流れたことをご記憶の方もいるかもしれない。そのシステム「フットパス」は昨年秋から本格的に始動し、明治安田生命J1、J2各クラブのアカデミー(育成組織)に対する「監査」が始まっている。このたび、同システムが第一弾の評価を発表したのだが、これが日本の育成を大きく変えるかもしれないのだ。


「フットパス」は簡単に言えば、外部の第三者機関が各クラブから提出された資料の検証と訪問してのヒアリング、そして練習や試合の分析を通じてクラブの育成組織を評価するシステム。ベルギーのダブルパス社が独自に開発し、ドイツ・ブンデスリーガなどで広く採用された仕組みで、クラブの「フィロソフィー」や「カリキュラム」、「メソッド」、「ミーティング」、「選手評価」、「情報共有」などのシステムを上から下まで幅広く評価する。

 Jリーグでは昨年秋から今年初頭にかけて、J1の7クラブ(浦和レッズ、FC東京、川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、名古屋グランパス、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島)を対象として最初のオーディット(日本語では一般に『監査』と訳される言葉)を実施。まずは膨大な資料提出を求められるそうで、現在Jリーグの育成ダイレクターを務め、昨年末の時点では名古屋のアカデミーダイレクターだった松永英機氏は「300件くらい(回答すべき)項目があって、本当に大変だった」と苦笑いを浮かべて振り返っていた。「とにかく細かい」ことが特徴なのだそうだ。

松永英機

Jリーグの育成ダイレクターを務める松永英機氏(左)

 その上で実際にクラブを訪問してきたオーディター(監査役)がクラブの社長、GM、トップチーム監督、アカデミーのコーチやトレーナーなどからヒアリングを実施。さらにアカデミー出身のOB選手や現役選手からも話を聞いていく。その上で練習と試合を視察し、さらに映像で複数試合も提供を受けてそれを分析するという。

 このオーディターはJリーグのスタッフではなく、あくまでダブルパス社からの派遣。またクラブから提出される資料に関しては、Jリーグ関係者もアクセスできないという。守秘義務があるからこそ、独立機関だからこそ、人事面などを含めたデリケートなデータも提供できるという考え方からだ。ちなみに派遣されたダブルパス社のスタッフの中には、かつて横浜フリューゲルスや浦和などを率いたゲルト・エンゲルス氏もいる。

 では、フットパスの意図はどこにあるのだろうか。

 このシステムの大きな狙いは「人が変わっても残る財産をクラブに持ってもらう。(指導法や全体の方針、選手の評価基準などを)言語化、システム化する」こと。

 オーディット後に行われるダブルパス社からのフィードバックは「客観的に、感情なしで言ってくる」(松永ダイレクター)ものだったそうで、Jクラブのアカデミー全体として“属人的”であるという欠点が浮き彫りになったそうだ。

 会社組織でありがちなことだが、人が変わればやり方も変わり、しかも前任者が積み上げたものが残っていないケースはしばしば見られる。「高校サッカーや大学サッカーならば20年、30年と指導される方が当たり前にいるが、Jクラブは人が代わりすぎる。3年で3人のアカデミーダイレクターがいたというJクラブもある」(松永ダイレクター)という環境にあるJクラブにおいて、これは致命的だ。試合の分析ツールなどもクラブ内で統一されておらず、各コーチが個別にソフトを導入し、情報や課題が共有化できていないような細かい点も指摘を受けた。

 またU-15とU-18、U-18とトップチームといった別カテゴリー間の連絡・連係を図るための仕組みがなく、指導者間の関係性に任されている点も問題視されたそうだが、これもまた“属人的”な部分だろう。

 そもそも「育成組織での指導者採用に基準があるのか」、「コーチをどう査定していて、どういう基準があるのか」という部分も問われたという。人と人の繋がりの中で採用が決まってしまい、誰かのフィーリングで評価も決まってしまうようなクラブもあるそうだが、そこも疑問提起されたようだ。

 同様に「会議」のあり方も指摘を受けた。カテゴリーを超越し、トップチームからU-12までのスタッフが集まるような場がないこと、「一人の選手を上のカテゴリーに上げるかどうかといった重要なことを、誰がどういう責任を持って、どういう会議体で決定するのかも意外にちゃんと決まっていない」(松永ダイレクター)といったことも指摘された。これはそもそも「どういう選手をどう評価するのか」という基準をクラブとして持っているかという根本的問題にも繋がってくる。まさしく従来の“日本式”にメスが入った形だ。

「フットパス」については各種報道で「採点」や「格付け」の部分が強調されてきたが、制度の肝は格付けそのものよりも、フィードバックの部分にありそうだ。特に諸問題が指摘されることになるフィードバックの場に育成の担当者だけでなく、クラブの社長やGMも同席することに大きな意味がある。

 例えば、「育成組織に専属のトレーナーや理学療法士を置いたほうがいい」というアドバイスがあった場合に、クラブ幹部がどう判断するのか。もちろん、指摘を受けた後の動きはクラブ次第だが、早くも指摘を反映して改革を実践し始めたクラブもあるという。良くも悪くも“外圧”に弱い傾向があるのが日本人。そのメンタリティーを考えると、フィードバックの場にクラブ幹部が同席することは、意外に大きな効果を生み出していくかもしれない。

 もちろん、わずかな監査期間で各クラブの育成組織のすべてが分かるはずもなく、種々の指摘に対して現場からはネガティブな反応もあるだろう。ドイツでも導入当初は反発が強かったそうだ。ただ、ブラックボックス化されがちな育成組織の内部が外からの視線にさらされ、客観的評価を受けること自体は貴重な機会だ。

 今年3月から8月にかけて新たに16のクラブが、9月から来年1月にはさらに17のクラブが評価を受け、計40のJクラブが「オーディット」を受けることになる。最初の7クラブは経営規模が大きく、育成で伝統のあるクラブが中心だっただけに、この過程ではまた違った課題も見えてくることだろう。

 肝心なのは監査そのものではなく、フィードバックを踏まえながらいかに各クラブの育成をより良くしていけるかという点にある。日本の育成に対する「危機感」(原博実Jリーグ副理事長)が叫ばれる中で、「日本の中・高校生年代のタレントの多くを預かっている」(松永ダイレクター)Jクラブの責任は重い。特に「育成」の現場と縁遠くなりがちなクラブ幹部に対してアプローチする機会を得たことを、現場で格闘している指導者たちが前向きに利用していってくれればと思う。

原博実

Jリーグ副理事長を務める原博実氏。日本の育成に対して「危機感」を訴えている

文・写真=川端暁彦

By 川端暁彦

2013年までサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』で編集、記者を担当。現在はフリーランスとして活動中。

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