開幕戦への意気込みを語った岸田(左)と岡山DF久木田(右) [写真]=レノファ山口FC
ゴールをどん欲にむさぼり続ける“怪物くん”が、今季から明治安田生命J2リーグに登場する。レノファ山口FCの背番号9、岸田和人だ。
「もちろん得点王です」
彼に新シーズンの目標を尋ねると、即答でこう返ってきた。躊躇なく「もちろん」と言い切るところが彼らしい。岸田は日本人のサッカー選手では珍しい、ストライカーメンタルの持ち主だ。
2015シーズンのJ3リーグで奪ったゴール数は「32」。単純に数字を見ればJ1得点王の大久保嘉人(川崎フロンターレ=23ゴール)、J2得点王のジェイ(ジュビロ磐田=20ゴール)をしのぐ“日本人プロサッカー選手最多ゴール”を記録している。岸田は2014年にもJFL(J1から数えると4部相当)でも21試合で17ゴールを記録し、得点王を獲得した。山口はそんな岸田の活躍もありJFL、J3をそれぞれ1年で通過。今季はついにJ2昇格を果たしている。
岸田にとって双子の弟である翔平は現在、J2のV・ファーレン長崎でプレーしている。得点王とともに彼が目標として掲げる“兄弟対決”も今シーズン中に達成されそうだ。
岸田が福岡大を卒業したのは2012年。しかし早々にJ1サガン鳥栖入りを決めた弟・翔平と違い、なかなか進路が決まらなかった。冬の全日本大学サッカー選手権で準優勝を達成し、ベストFWを獲得する活躍も見せたが、当時JFLだった町田ゼルビアFC入りが決まったのは2月になってから。クセの強いプレーに対するプロの評価は決して高くなかった。プロ1年目の2013シーズンはJFLで4得点にとどまり、シーズン終盤は半ば“干された”状態に。しかし2014年に山口へ移籍すると、上野展裕監督の下で天賦の才が花開く。
2014年のJFLで10枚、15年のJ3では8枚のイエローカードを受けた“2年連続警告王”でもあるが、上野監督はそんな岸田を温かく見守り、その強みを引き出した。
「結果にこだわる姿勢は相当強くなった。『FWはエゴイストであれ』と言いますけど、相当エゴイストになった」
昨年のJ3で自分の身に起こった“成長”をこう説明する。エゴを捨てろ。献身的であれ――そんなサッカーの常識とは正反対の発想を彼は持っている。
記録は意識しない。平常心で――岸田はそんな決まり文句とも無縁だ。昨季は5月31日のJ3第14節から第23節まで9試合連続ゴールを決め、横浜マリノスのフリオ・サリナス(当時)が1997年から98年にかけて記録したリーグ戦連続試合ゴール記録「8」を破った。
「その時は誰が何試合連続で記録を持っているかを知らなかったんですけど、4試合くらい連続で決めた時から、騒がれるまで取り続けようと思っていた」(岸田)
記録を重圧と感じるのではなく、自分を後押しする追い風にしてしまう。ビッグマウスを叩いて自分を追い込むというような悲壮感もなく、気の強さが自然とにじみ出てしまう。岸田はそういう男だ。
もちろん彼の強みはメンタルだけではない。豊田陽平(鳥栖)を彷彿とさせるコンタクトプレー、チェイシングの獰猛さは彼の売りだろう。何よりの強みは不思議とゴール前でフリーになっている感覚。ボールコントロール、シュートと言った部分は率直に言って特筆すべきものではないが、獲物を察知する嗅覚を彼は持っている。
現実を見れば山口は年間予算が5億円にも満たない小クラブ。岸田は25才にして初めてJ2に挑戦する無名選手だ。当然ながらJ2得点王、そして1年でのJ1昇格はもちろん簡単なことではない。しかし彼らは過去2年間でそれだけのサプライズを実際に起こしてきた。
「3年連続得点王で、3年連続昇格を決められたらすごいね」。岸田にそう問いかけると、山口の“怪物”はさらに1年先のことを語り始めた。
「4年目のJ1も目指したいですね。そうなれるようにJ2の得点王を獲りたい」
どん欲さは底知れない。しかしそういう男だから、彼はカテゴリを越えてゴールを決め続けられるのだろう。這い上がってきた“怪物くん”が、J2の舞台で大暴れを誓う。
文=大島和人
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