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大学経由でベガルタ仙台に“復帰”したMF奥埜博亮「0-8で大敗した時は、試合中に『辞めたい』と思った」

[写真]=新井賢一

インタビュー=安田勇斗

 ベガルタ仙台ユースからトップチーム昇格を逃し、仙台大学を経由して古巣復帰を果たした奥埜博亮。複数のポジションをこなす攻撃のマルチロールは、人生を変える挫折を経験しながらもあきらめず、プロへの階段を駆けあがった。

――学生時代はベガルタ仙台のジュニアユース、ユースでプレーしましたが、ユースへはスムーズに昇格できたのでしょうか?
奥埜「そうですね。ジュニアユースで試合に出させてもらっていて、中3の時にはユースの練習にも参加させてもらい、そのまま上がることができました」

――ユースではどのような毎日を過ごしていたのでしょうか?
奥埜「学校が終わってから電車で移動して、18時から20時ぐらいまで練習して帰る、という毎日でした。練習では技術的なことを中心に指導してもらってましたね。僕が在籍していた頃は何度か監督も替わりましたけど、監督によって練習が大きく変わることはなかったです」

――技術的な練習というのは具体的に言うと?
奥埜「パスの練習だったり、止めて蹴るという基本を結構やってました」

――個人的にこだわっていた練習はありますか?
奥埜「小柄だったので、体の使い方を意識していました。大きな選手と競り合う時の、体のぶつけ方やタイミングがズレると絶対に勝てないので、練習の時から意識して取り組んでいましたね」

――現在は様々なポジションで出場していますが、ユース時代はどうだったのでしょうか?
奥埜「ユース時代もFW、トップ下、両サイドとか、攻撃的ところが多かったです」

――その中で特に思い入れがあるポジションはありますか?
奥埜「トップ下とか真ん中で自由に動けるポジションが好きですね」

――今振り返ってみて、高校サッカー部ではなくユースを選択して良かったと思うところは?
奥埜「プロクラブのトップチームと近い関係にあるところがいいかなと。ユースではトップチームの練習に参加できることもありますし、それこそボールボーイとして間近でプレーも見られます。レベルが高く注目度も高いトップチームとのつながりの強さは魅力だと思いますね」

――ユースから直接トップチームには昇格できませんでした。それはどういうタイミングで知ったのでしょうか?
奥埜「高3の夏の大会の後、個別での進路相談があり、そこで知りました。最初はショックでしたけど、最後の年はケガもあってそれなりに覚悟もできていたので受け入れることができました。今思うと、その時あまり深く考えなかったのが良かったかなと思います(笑)」

――その後仙台大学に進学しました。
奥埜「関東の大学にはうまい選手がたくさんいますし、選択肢としては考えましたけど、仙台大学はベガルタと提携していて練習試合もよくやっていたので、クラブを近くに感じられるかなと思い行くことを決めました」

――ベガルタへの思いが強かったんですね。
奥埜「そもそもトップチーム昇格を逃すまで大学はほとんど考えてなかったんです。高3の9月頃に大学探しを始めた時、レベルの高い関東は魅力的でしたけど、ベガルタと提携していること、また1年生から試合に出たかったのでより可能性がありそうなので選んだというのもあります。ただ入ってすぐの全国大会で流経大(流通経済大学)に0-8の大差で負けた時は、試合中に「もう辞めたい」と思いました(苦笑)」

――それだけの実力差があった?
奥埜「はい。本当に何もできませんでした。あの時の流経大は船山(貴之/川崎フロンターレ)選手、染谷(悠太/セレッソ大阪)選手、千明(聖典/ファジアーノ岡山)選手などもいて相当強かった年代だったのもありますけど。でもその大敗から、仙台大はだんだん良い方向に向かっていきました」

――流経大と違うと思った点は?
奥埜「日頃、レベルの高い関東の大学同士で戦っていて、大きな舞台に慣れている感じがありましたね。それとプレースピードに全然ついていけませんでした。東北ではあれほど強いチームとはなかなか対戦できないので、いい経験になりました」

――その後2年生になって、ベガルタ仙台の特別指定選手になりました。
奥埜「1年生の最後のデンソーカップが終わって、ちょっとしてからお話をもらいました。デンソーカップの大会優秀選手に選ばれたことも、評価につながったのかなと思います」

――その時の心境は?
奥埜「トップチームの練習に参加できますし、プラスの面は大きかったですけど、トップ昇格を逃してそれほど経ってなかったので複雑な気持ちもありました(苦笑)」

――特別指定選手と大学サッカーの両立は難しいと聞きます。
奥埜「僕は大学を中心に生活できていたので、うまくいっていました。苦にならないように練習試合や紅白戦に参加させていただいたので」

――そもそもプロを意識し始めたのはいつ頃からですか?
奥埜「Jリーグを見始めた小学生の頃から「プロになりたい」という気持ちはありました。それを本格的に意識したのはユースに入ってからですね。特に高2の時はチームとしても結果が出ていましたし、個人的にもトップチームの練習に参加させてもらえたのでより意識していました」

――最後にプロを目指している学生プレーヤーにアドバイスをお願いします。
奥埜「今、自分で考えてやれることを全部やることが一番かなと。嫌なことや挫折することはあると思いますが、それでもあきらめず、本気でやり続ければ可能性は広がると思います。自分は高3の春にケガをして、夏にひざを手術しました。それもあってトップチームに上がれず心が折れかけましたけど、そこであきらめずにやり続けたことでプロになれたと思っています」

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