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マラドーナ“5人抜き”の名実況から30年…山本浩アナが説くサッカー実況界・変化の歴史

「マラドーナ……マラドーナ……マラドーナ!来たあっ!~マラドーナァー!」

 1986年メキシコ・ワールドカップにおいて誕生した、ディエゴ・マラドーナの“5人抜き”。このシーンを語る上で忘れてはならないのが、日本へのテレビ中継で実況を担当したNHKアナウンサー(当時)、山本浩氏の存在と、彼がマラドーナのプレーにかぶせて発したフレーズだ。

 マラドーナがこのプレーで伝説になったのと同様、山本氏のこの時のフレーズも“伝説の名実況”として今なお語り継がれている。

 当時、日本にはまだJリーグはなく、サッカーを熱心に見ていたのは一部のファンだけ。山本氏自身もこの大会で初めてワールドクラスのサッカーを目の当たりにし、その頂点に君臨したマラドーナの一挙手一投足に激しく心を揺さぶられたという。

 今回のインタビューで、山本氏は伝説の実況が生まれた背景や、自身が紡ぎ出した言葉に対する意外な思い、そして「メキシコの青い空」の下、エスタディオ・アステカの一角で目の当たりにしたマラドーナに対する思いを語ってくれた。

インタビュー=小松春生

【伝説の名実況から30年…山本浩アナが振り返るマラドーナ“神の手””5人抜き”裏話】はコチラ→https://www.soccer-king.jp/news/japan/japan_other/20160613/455298.html

今の実況は“現在”と“過去”の構成が多くなった

山本さんがマラドーナの“神の手”と“5人抜き”を実況されてから30年が経過しました。この30年間で、実況の世界はどのように変化していますか?

山本浩 レベルはうんと上がっていると思います。上がっていますが、一方で画面上に出てくる素材そのものが、昔に比べて非常に多くなりました。映像の種類が増えたんです。30年前の“神の手”と“5人抜き”の映像を見ると、カットの数も多くないし、鮮明度も今とは比べ物になりません。CG系の映像も出てきませんよね。スーパーインポーズ(編集部注:画面上に出されるテロップのこと)が出てくるくらいですから。しかし今は、ちょっとしたプレーの合間にリプレイ映像を次々と出せるようになった。画期的なシステムですが、リプレイを次々に見せることによって、実況は中断させられてしまうんですね。

 実況は、常に“現在”を語って積み上げていくものです。そしてプレーが止まり、“現在”が止まった時に、解説者とともに“過去”へ戻り、あるいは少しだけ“未来”を喋るわけです。“現在”が続いている最中に“未来”をとうとうと喋ってはいけない。それは不確定情報になってしまうわけですから。ところが今は、プレーが止まると直近の“過去”の映像がどんどん出てきますから、その間にこれまで口にしていたはずの“未来”の話をすることができなくなってしまった。アナウンサーが喋るのは“現在”と細切れの“過去”。すごく印象に残るし、技術分析もできますが、スポーツの楽しみの一つである「これからどうなるのか」を語り合う機会が、実は少し減っているんですね。

情報が増えすぎた分、喋ることも多くなってしまったのですね。

山本浩 説明が増えた、ということですね。喋りの量はそんなに多くはなっていないんですが、映像が饒舌に情報を出してくれるものですから、その情報と時制が合わないことを喋ることができなくなってしまいました。

確かに、サッカー以外のスポーツ中継でも、同じような現象が起こっている気がします。

山本浩  野球でも、例えば前田健太投手(MLB:ロサンゼルス・ドジャース)が投げて、そのボールが打たれたとします。ガックリする前田投手の顔が映ったら、すぐに投球フォームのリプレイが流れて、別角度からボールをリリースする指先の様子が流れてと、次々にスロー映像が出てきます。その映像が出ている最中に「さあ、これから前田はどうしますか」とは言えない。どうしても「フォームはどうか」、「握りはどうだったのか」という話になってしまうわけですから。サッカーも同じで、“現在”と“過去”の構成が多くなりました。

多くの人がマラドーナに視線を絞り込んでいったからこそ、強烈な印象が残った

どちらが良いかというのは、一概には言えない部分があると思います。

山本浩 ディレクターからすれば、視聴者に画面から目をそらしてもらいたくないので、プレーシーンを見せたい。それがスーパースローであったり、超アップの映像であったり、一つのプレーを様々な角度から連続して見せるものであったり。視聴者が目を離せなくなるという構造ですよね。耳に届く情報より、視覚に訴えかけられるものを多く届けようという時代に入っています。

そう考えると、30年前は、目と耳の両方に訴えるような中継がなされていたということですね。

山本浩 今に比べて“見る”素材が少ないですからね。マラドーナの“5人抜き”がすごかったという印象が強く残っているのは、みんながマラドーナを集中して見ていたことも影響していると思います。他の選手にパスを出しながら崩していっても、これほど強い印象は残らなかったでしょう。多くの人がマラドーナに視線を絞り込んでいったからこそ、あれだけの強烈な印象が残ったんです。映像の画質が悪くても、マラドーナが我々の目を一点に絞り込んでくれたから、多くの人々の印象に残っているわけです。

ゴールを決めた後もマラドーナの姿を追い続けていたので、見る側にとっては“余韻”を感じることもできました。

山本浩 見ている側にとってのエネルギーが落ちた映像は、視聴者はすぐに飽きてしまうので、リプレイをどんどん出そうとなるわけです。そのスタイルに、今の実況アナウンサーは対応していかなければならないですね。

サッカーの場合は、ピッチを見ていないと話にならない

試合の流れを見つつ、モニターに映し出されるリプレイ映像にも反応しなければならないということですね。

山本浩 サッカーを実況する場合、従来はピッチを“8”、モニターを“2”の割合で見るんです。一方、野球の放送はモニターを“8”、グラウンドを“2”で見る。野球の放送は映像の切り替えが多いですし、ランナーやベンチ、バッテリー、審判、次打者、そしてブルペンと映す場面が多いので、モニターを見ていないと実況と映像が合わなくなってしまうんです。だけどサッカーの場合は、ピッチを見ていないと話にならない。モニターに映っていないエリアで“事件”が起こることもありますからね。しかし今は多種多様な映像に対応しなければならないので、8:2だったのが7:3から6:4くらいになっているのではないでしょうか。

昔は生の熱を伝えることが求められていたと思います。技術の進歩によって実況のスタイルも大きく変わったのですね。

山本浩 そうですね。昔はプレーによって熱の高低差があったんです。たとえばアウト・オブ・プレーになった時や、インプレー中でも横パスをずっと繋いでいる時などは、映像の熱量が低い。そういう時には、何か違う話題を持ってきて放送を濃くしなければならなかったわけです。解説者に話題を振ったり、データを紹介する。ところが、今はアウト・オブ・プレーになると熱の高いリプレイ映像で放送を濃くすることができるようになりました。

ホイッスルが鳴ってからマラドーナだけの実況をしていてもいいぐらい

再びマラドーナに話を戻します。山本さんにとって、マラドーナとはどんな存在ですか?

山本浩 見てもらうしかない、という感じですね。ピッチの外ではかなりとんでもない発言をするので、落胆することもあると思います。でも、プレーの質は抜群です。ピッチに立つだけで大観衆が注目するぐらいの選手でしたし、ウォーミングアップをするだけで彼のいる場所だけが光り輝いているような感じでした。彼を見ないで、他に何を見るんだと。そんなプレーヤーはそうそういないですよ。リオネル・メッシがピッチに出てきたからといって、メッシだけを見るかというと、そんなことはないです。見たい選手が他に何人かは少なくともいるという感じだと思います。マラドーナの場合は、彼と他の選手とでは明らかに違う。

ピッチに立っただけでそれだけの差を感じるとなると、いざプレーをするとどうなってしまうのでしょうか。

山本浩 ホイッスルが鳴ってからマラドーナだけの実況をしていてもいいぐらいです。ジーコでもそこまではいかないですよ。ジーコにはまた別の価値がありますけど、マラドーナの存在感は格別でした。倒された後に起き上がる時の一挙手一投足だけでも、役者でもあるしアスリートでもある。走っている時、ドリブルをしている時の切れ味もすごかった。特にメキシコW杯の時はとんでもなかったですね。

現地の報道もマラドーナに関するものが多かったですか?

山本浩 新聞などを見ると、どう見ても“マラドーナの大会”でしたよね。マラドーナが出る試合と出ない試合とでは、やはり取り上げ方が違いました。同じスペイン語圏のメキシコでの開催だったこともあったと思いますけど、マラドーナ一色でした。ミシェル・プラティニやジーコもいましたけど、マラドーナが圧倒的でしたね。

山本アナの“5人抜き”“神の手”の実況裏話はコチラ

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