2016.12.16

オランダナショナルチーム専属アナリスト・白井裕之氏が語る“サッカー分析”「すべての指導者が共有すべきもの」/第4回

サッカーキング編集部

インタビュー・文=小松春生

 ヨハン・クライフやファンバステンといった象徴的な選手が礎を築き、今もなお脈々と受け継がれているものこそが、オランダサッカーである。彼らはいつの時代でも唯一絶対の哲学を世界に示し続け、そして人々をフットボールの虜にしている。

 現在、「アヤックス育成アカデミーユース」、「オランダ代表U-13、U-14、U-15カテゴリー」という2つの職場で“専属アナリスト”として活動する白井裕之氏も、オランダサッカーに魅了された一人である。白井氏は少年時代、地元・愛知県内のクラブチームでプレーしながら、名門・アヤックスのサッカーに衝撃を受け、オランダへの思いを募らせていく。そして18歳で指導キャリアをスタートすると、その道をさらに突き進んで行くために、大学卒業後の24歳で渡蘭した。

 そこで気付かされたのは、オランダがオランダたるゆえんである。現場で指導経験を重ねた後、アヤックスで分析を担当する“アナリスト”という専門職に出会い、「サッカーを分析し、サッカーの内容を指導できる」という、確立された“サッカーの仕事”の価値を思い知る。

 「サッカー分析」の前提となるのは、指導者が扱う“用語”の意味と言語が統一され、全員がピッチ上で起きる事象に対して共通認識を描けること。指導者のオリジナリティーの部分である「戦術」とは、そうした分析の土台があって初めて築いていけるものなのである。

 これは、なぜオランダが世界的なスタープレーヤーや名チームを生み出すことができるのか──という問いの答えの一つであり、非常に重要な考え方に違いない。白井氏は、この分析こそが、現在の日本サッカーにおいて絶対的に足りていないものだと痛感している。

 オランダサッカー協会(KNVB)で推奨される分析理論をベースに、より現場で共有できるものへと体系化させた白井氏独自の枠組みが、「The Soccer Analytics(ザ・サッカーアナリティクス)」だが、これは“新理論”ということではなく、オランダ人に学び、日本人の指導者が共有しておくべき、“基本理論”なのだという。

 指導者のみならず、サッカーに携わるすべての人に触れてもらいたいインタビューの第4回は、ビデオ分析の意味と価値、それを活用する極意に迫る。「サッカー分析」には、分析に止まらない日本サッカーの未来を変える力がある──。

オランダにあって日本に決定的にないもの

──そして今年10月から、オランダ代表U-13、U-14、U-15カテゴリーの専属アナリストにも就任されました。それも、これまでの分析を中心とした仕事を評価されてのことだと思います。

白井裕之 そうですね。アヤックスでの活動を見ていてくださったKNVBの方がいて、これまではジュニア、ジュニアユース年代の分析は監督やコーチの役割だったのですが、よりプロフェッショナル化していくために、サッカーの背景を持つアナリストが必要だということで声を掛けていただきました。

──アヤックスと協会では何か違いがありますか?

白井裕之 そこは大きな違いがあります。そもそも、使用している分析プログラムも異なりますし、アヤックスは、スタッフや選手と四六時中一緒にいますが、協会では通常、自分の所属クラブにいながら1カ月に数回程度の活動ですから、拘束時間ということでも違います。試合やトレーニングキャンプといった活動しかないので、短期間でどれだけ伝えられるかということですね。それと、フィロソフィーということでも、基本的には個々のクラブでやってもらっていることなので、協会としてはどこまで突っ込むべきなのか、そのさじ加減がすごく難しいですね。チームの全体的なサッカーの4つの局面はすべて作ったのですが、それをどこまで出して、どこまで実現させるかはスタッフとの話し合いになります。これはまだ始まったばかりなので、どの程度、協会としてのフィロソフィーを出していくかはこれから詰めていくところです。

──その辺りの、クラブと協会の具体的な違いはセミナーでもぜひお話しいただければと思います。では改めて、「The Soccer Analytics(ザ・サッカーアナリティクス)」という“白井理論”のことを教えてください。

白井裕之 「The Soccer Analytics(ザ・サッカーアナリティクス)」は、ゲーム分析からビデオ分析に移る時に、例えば10人がいたら誰がやっても同じように共有できるようにする枠組みです。試合映像が入ることで情報量が膨大になりますから、よりシステマチックにしていくことを考えました。

──「サッカーアナリティクス」という言葉はもちろん、「分析」ということでも、日本ではまだ浸透していない印象です。

白井裕之 そうですね。そもそも、日本サッカー協会のライセンス制度の中に、分析論というカリキュラムがないんです。“ない”というと語弊がありますが、A級、S級になっていかないと、分析をしていかないということなんです。実はここが、KNVBと決定的に異なる部分です。オランダでは、どのレベルでも最初に分析論から始まります。サッカーの指導者はサッカーの専門家であり、体育の教師ではないですし、サッカーの指導には、分析がベースとなるという考え方です。例えば、前の試合がどうだったのかというものがないと、次に向けたトレーニングは作れないですよね。そしてもう一つ、日本とオランダの比較で言うと、日本はサッカーの言語が統一されていないということが挙げられます。

──そこも分析論の範疇ということですね。

白井裕之 その通りです。分析論は、「サッカーの言語の統一と共有」と「サッカーをどのように見るのか」という2つの内容があるのですが、これらが日本には決定的に足りないものだと感じています。前者については、「この人はこういう言葉を使うけど、別の人はこういう言葉を使う」ということがよくありますよね。それはクラブ間どころか、クラブ内で異なる場合もあります。サッカーの世界にいるのに、サッカーの言語が統一されていないという状況が、日本サッカー界にノッキングが起きている理由だと思います。そして後者ですが、オランダでは「攻撃」を「ビルドアップ」と「得点」に分けるという話をしましたが、日本では決まったものはありません。ただ皆さんがよく話しているのは、「ビルドアップ」が一番にあって、「つなぐ」、「崩し」、「チャンスを作り出す」、「得点を取る」という順番に5つに分けているようです。でも、サッカーではこの5つを経由しないと得点できないかというと、そんなことはありません。サッカーは崩さなくても点数を取れるスポーツです。「つなぐ」の意味も、「ビルドアップ」と「つなぐ」の違いも分からないですし、それは「崩す」も同じです。

──非常に曖昧で、主観的になってしまうのですね。

白井裕之 最終的にどちらかというと、分析は客観的であるべきです。これは皆さんと共有できるものなので、10人すべてに共通するものでないといけません。分析ではなく「戦術論」では私はこうやっていますという主観的なアイデア、メソッドを話すのは良いですが、それを「分析論」と一緒にしてしまうと、隣の指導者と話ができなくなります。つまり、「私はバルセロナのサッカーが好きだ」という戦術論を話してしまうと、バルセロナのサッカーにノーという指導者とは話ができないということです。分析論は共有のフォーマットですから、その上に自分の主観や志向するサッカーが乗ってくると、皆さんで話ができると思います。主観やそれぞれのサッカー観だけで話をすることの限界がきているというのが、日本サッカー界の現状だと感じます。

──そこは特に、指導者から変えていくべきところなのでしょうか。

白井裕之 そうですね。もちろん、雑誌や媒体でジャーナリストの方たちが、主観を元に記事を書かれるのは構いません。ですが、サッカーの指導者と国内の子どもたち、スタッフと分析論の言葉が統一されていない限り、本当の意味でのサッカーの話ができないのかなと思います。そうしたものとビデオ分析を組み合わせた枠組みが、ザ・サッカーアナリティクスということです。これをグラスルーツの人たちとも共有したいんです。僕は、「フィルターを重ねる」という方法を採っていますが、分析はそもそも特殊能力ではなく、皆さんが持つべきもの、持っていないといけないものです。日本では、「分析ができる=この人すごい」となりますが、サッカーを枠組み化、体系化しただけであり、フィルターを重ねていくことで、皆さんが絶対に見られるようになります。

──つまり、“白井理論”は他と差別化するものではなく、もっと基本となるべき理論ということですね。

白井裕之 そうですね。“白井理論”では僕の主観になってしまうので、あくまでも、皆さんと共有する言語、もしくは枠組みだということです。

──そうした枠組みの共有が進むことで、日本サッカーが進化していくことが期待されますね。

白井裕之 頭ごなしに言うのではなく、オランダではなぜ、これだけのタレントが出てくるのか、また指導者のレベルが高いのかという、決して難しくはないことを伝えたいと思っています。ライセンス制度に組み込まれているものがあり、皆さんの言語が統一されているんです。例えば僕は、アヤックスからKNVBに移っても、スタッフと全く違和感なく話せます。それにはやはり理由があるはずで、逆に日本ではそういうことが難しいということにも理由があると思います。まずは、そのことから知っていただきたいなと。この枠組みを知ったからといって、明日から突然、世界が変わるということはないですが、これまでは意識していなかった分析という視点で日本のサッカー界を見ると、浮き出てくるものがあるはずです。皆さんには、そうした今までとは異なる目線を見出してもらえたら嬉しいですね。

「オランダサッカーへの憧憬」/第1回
「オランダに学ぶ“サッカー分析”」/第2回
「ビデオ分析がアヤックスでの評価を上げた」/第3回

オランダナショナルチーム専属分析アナリスト
白井裕之(しらい ひろゆき)

1977年愛知県生まれ。高校までサッカーを続け、18歳から指導者の道を歩み始める。24歳でオランダに渡り、複数のアマチュアクラブの育成年代のコーチ、監督を経験。卓越したトレーニングメソッドを評価され、2011/2012シーズンからAFCアヤックスのアマチュアチームへ。ゲーム・ビデオ分析担当を任された後、2013/2014シーズンからアヤックス育成アカデミーのユース年代専属アナリストに就任した。オランダサッカー協会(KNVB)の分析メソッドを、より現場で共有できるものへと体系化させた「The Soccer Analytics(ザ・サッカーアナリティクス)」は日本の多くの指導者も実践。2016年10月からオランダ代表ナショナルチームU-13、U-14、U-15カテゴリーの専属アナリストに就くなど、コーチングと同様、指導者のバックボーンを持つ分析力に絶大な信頼が集まる。KNVB指導者ライセンスTrainer/coach 3,2(UEFA C,B)を取得している。

 

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