2016.04.27

首都東京で舵を取る―FC東京社長が描く未来予想図/中編「経営者として帰ってきた、東京ガス元主将が見たプロサッカークラブ」

サッカー総合情報サイト

 クラブの前身である東京ガスサッカー部でキャプテンとして中盤の底に君臨した“ガネさん”は今、首都をホームタウンとするFC東京の代表取締役社長としてクラブを率いている。ポルトガル語で“舵取り”を意味するボランチを主戦場とした現役時代から一変、ユニフォームをスーツに着替え、今度は経営者としてクラブの操舵を担っているというわけだ。

 アマチュア選手として戦い、プロサッカークラブの社長となるまでには、果たしてどんな経緯があったのか。そして彼は何を考え、今後いかなる方向性を打ち出していこうとしているのか。

 大金直樹社長が最大のポイントに挙げたのは「育成」の二文字。彼の言葉から、首都をホームタウンとするFC東京が抱く壮大なビジョン、そして新たな取り組みを追った。

インタビュー・文=青山知雄
写真=兼子愼一郎

――FC東京に“戻ってくる”にあたって、どんなことを考えたのでしょうか。

大金 どんなことを考えたというか、本当に勉強不足でした。事業部の部長として来たんですが、FC東京がどういうことをやっているのか、どういう仕事があるのか、どういう役割があるのかを知る――。まずはそこからでした。

――当時の役割は、スポンサーへの対応などですか?

大金 そうですね。まさに法人を担当する感じでした。

――そういう意味では東京ガスでの営業経験が生きたのではないかと思います。

大金 それは間違いないですね。当時から「モノを売るより自分を売れ」という営業スタイルで取り組んできましたが、それはどこに行っても一緒だと感じました。それに東京ガス時代の得意先が、そのままFC東京の顧客であったりするなど共通部分もあったので、すごくやりやすかったですね。

――反対に難しさはありましたか?

大金 やっぱり時間の使い方はJクラブ特有のものがありますよね。それまではある程度、定時の枠内で仕事をするように心掛けていたんですけど、その概念がなくなりました。それに、どれだけやっても身にならないこと、達成できないこともありました。そういった厳しさは感じました。

――その後、再び本社に戻られます。

大金 FC東京で4年間ほど働いて、本社からも「そろそろ戻るように」という流れになりました。自分としても「4年間もいたので、そろそろかな」という雰囲気を感じていました。

――そして2011年に今度は常務取締役として再びFC東京に来ることになりました。

大金 41歳で東京ガスに戻って、本社には3年間しかいなかったんです。この時も「早すぎるのではないか」と思いました。ただ、ちょうど大きなポイントがあったんですよね。2010年12月3日の京都サンガF.C.戦でチームのJ2降格が決まって、その翌々日に内示を受けました。クラブとしては“J1復帰”と“立て直し”が大きなミッションだったので、そのために行くんだと思っていました。

――降格決定の京都戦は、大金さんが戻ってくるきっかけになった試合でもあったわけですね。

大金 J1に残留していたら戻って来なかったかどうかは分からないですが、やはり降格したことは大きかったとは思います。実は一つ、宝物があるんですよ。それがサポーターの方にいただいた京都戦のチケット。この日を忘れないように、今でも机の上に大切に置いてあります。

――ここで立場が常務取締役になりました。

大金 阿久根(謙司)が社長、私が常務というセットで来ました。阿久根は野球出身でしたので、サッカー畑の私には補佐としての役割があることは分かっていましたし、経営的には累積赤字もあったので、それを黒字に戻さなければいけない。一年でのJ1復帰と合わせて、私にとっての大きなミッションでした。

――今度は経営する立場になられたわけですが、スタッフと経営者の観点はやはり違いますよね?

大金 それまでは会社の一部分を担っていただけで、経営に関する財務諸表の読み方や株主対応などの経験はありませんでしたからね。今回も再びイチからのスタートでした。とにかく勉強しましたよ。やはり責任が生じますから。常務になった5年前の時点でも従業員は相当数いましたし、契約形態は違えどもFC東京という組織にいるメンバーは100人以上いましたので、自覚は全く違うものがありました。

――経営サイドに入るに際して大切にしたことはありますか?

大金 経営者になる前から考えていたことですが、やはり会社は人が大事。人で成り立っていると思っていたので、それはベースにありました。その思いは今も変わっていないです。

――阿久根さんと一緒に4年間過ごされたのち、昨シーズンからは代表取締役社長になられました。

大金 阿久根と過ごした4年間は自分にとっても非常に大きかったですね。経営学という大げさなものではなく、いろいろな部分で勉強になりました。経営という意味では常務であろうと社長であろうと同じですから。

――その中で一番学んだものを挙げていただくと?

大金 やはり人を育てることの大切さですね。サッカーの世界では優れた選手の獲得がいいチームを作る近道になるとされていますが、その一方で育てることの重要さをすごく感じています。

――育成と強化の両輪ということですね。その中にはクラブスタッフを育成するという意味も含まれていると思います。

大金 おっしゃるとおり、すべてですね。J2に落ちた時には今野泰幸(現ガンバ大阪)や石川直宏、権田修一(現SVホルン/オーストリア)といった日本代表クラスの選手が数多く在籍していましたが、僕もそうだったように、選手たちもクラブスタッフも一様に「何とかなる」とか「こんなはずじゃない」と言っていました。それでも降格してしまった。その瞬間に「こうなった原因は自分たちにある」ということを自覚しなければならない。そこからのスタートでした。

――あの降格は大金さんの人生を大きく変えるきっかけとなりましたが、クラブとしても立て直しを図る大きなポイントだったと思います。

大金 そうですね。誰も想定していなかったことが起こったわけですが、それには必ず理由があるはずなんです。自分たちで考え直さなければ、見つめ直さなければならない状況になった。当時、阿久根も言っていましたが、言葉で表すとするならば「自立を大切にして、自ら考えて、判断して、行動する――そんな力をみんなが持たなければならない」ということです。

――それはピッチ内外のすべてにおいてですよね。

大金 全部ですね。トップチームの選手だけでなく、アカデミーの選手も。チームスタッフにもビジネススタッフにも“自立のマインド”を持っていこうと働き掛けました。

――そういった意識付けをしていった結果、変化は見えてきましたか?

大金 明らかに見えていますよ。物事を進める際には、いろいろな可能性や選択肢がありますよね。それを自分で考えて自分で判断しなさいと。そういった部分で意識改革はあったんじゃないかと思います。当然ながら答えは一つではないですし、その中からベターな選択をしていく進め方や雰囲気は醸成されたように感じています。

――様々な意見が出てくる中で、それを取りまとめるのは大変ではなかったですか?

大金 いや、面白いですよ。最近は失敗もあっていいかなと思っていますし。失敗を恐れてしまうとチャレンジできない。責任は僕が持っているので、その責任の中でやってくれればと思っています。

(後編へつづく)
首都東京で舵を取る―FC東京社長が描く未来予想図/前編「一般試験を受けて東京ガス入社、社員選手を経てクラブスタッフへ」
首都東京で舵を取る―FC東京社長が描く未来予想図/後編「育成、U-23、専用スタジアム…『2020 VISION』の具体策とは?」

東京フットボールクラブ株式会社 
代表取締役社長 大金 直樹(おおがね なおき)

1966年 12月13日生
1989年 筑波大学卒業
1989年 4月 東京ガスへ入社。同社サッカー部へ入部。
1995年 現役を引退。
2011年 東京フットボールクラブ株式会社 常務取締役 就任
2015年  同   代表取締役社長 就任

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