2017.06.07

「あの試合に負けていたらサッカーをやめていた」岡野雅行が振り返る“ジョホールバルの歓喜”

朝日新聞主催「朝日新聞紙面でみる『炎の70日』と『ジョホールバルの歓喜』」に元日本代表の岡野雅行が登場した
サッカー総合情報サイト

 6月1日、朝日新聞は「朝日新聞紙面でみる『炎の70日』と『ジョホールバルの歓喜』」を開催した。同イベントは、日本が史上初のワールドカップ出場を決めた、「ジョホールバルの歓喜」から20周年を記念して開催。ゲストとして、元サッカー日本代表の岡野雅行が登場し、1997年の朝日新聞紙面とともに、当時を振り返った。

 日本に史上初の歓喜をもたらした1ゴールは、今も多くのサッカーファンの脳裏に焼き付いている。1997年、フランス・ワールドカップ・アジア最終予選、勝てば本大会初出場が決まるイランとの第3代表決定戦。2-2で迎えた延長戦、岡野は最終予選初出場を果たした。当時、チームの司令塔を務めていた中田英寿は、岡野にパスを集め勝ち越し点を狙う。しかし、再三迎えたチャンスを決め切れず、延長戦は後半に突入。このとき、スタンドに詰めかけた多くの日本サポーターから容赦ない野次が飛び交ったという。それでも、岡野はゴールを目指した。すると延長後半13分、ついに“その時”を迎える。中田のシュートをGKが弾くと、一早く反応しゴールに蹴り込んだ。

「ヒデがドリブルを始めたので、パスが来るかと思ったら、さすがに信頼してなかったですね。彼はシュートを選択しました(笑)。それでも、パスが出ると思って走ったらキーパーが弾いたので。さすがにあれは私の娘でも入るんじゃないかと思います」と、会場を笑わせながら当時を振り返った。

「頭が真っ白になりました。(ゴールを決めた後)何であそこに走ったかも覚えていないですけど、仲間のところに走ったら、メガネが見えて、『岡田さん!』てなったのはすごく覚えています(笑)」

イベントでは、1997年の朝日新聞紙面を公開し、ジョホールバルの歓喜を振り返った

 思えばこの一戦の4年前、日本は後半アディショナルタイムの失点でW杯行きを逃した“ドーハの悲劇”を経験していた。2度同じことは繰り返せない…。そんなプレッシャーとの闘いから20年、岡野は「負けていたら、サッカーをやめていた」と話す。

「『あの試合で負けていたら、今何やっていたのかな?』って考えます。サッカーはやめていたと思います。タイムスリップして、負けたときの人生も見てみたいですね。日本サッカー界はどうなっていたのか?とか、Jリーグはどうなっていたのか?とか、その後はW杯に出られていたのか?とか。当時の映像を見る度に足が震えて、最初は見ることができなかったです」

 他にも岡野が出場機会を得られず行ったアピールの数々や、岡田武史監督(当時)と交わした言葉など、日本中を巻き込んだ歓喜の裏側が語られ、大盛況のトークイベントは幕を閉じた。

 なお、イベントの模様は「サッカーキングチャンネル」で生配信され、YouTubeとPeriscopeではアーカイブ視聴が可能となっている。

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