堀弘人さんはこれまで、世界的なブランドでスポーツマーケティングに関わってきた。スポーツファンにとってはとても興味深い、そしてうらやましいキャリアの話は前編で読んでいただくとして、本題はここからだ。グローバルブランドで鍛えた経験を活かして、彼は楽天というブランドで、どのようなマーケティング戦略を展開しようと考えているのか。
FCバルセロナ、NBAのゴールデンステート・ウォリアーズ、そしてもちろんアンドレス・イニエスタ(つい最近になってNBAの大スターであるステフィン・カリー、ヴィッセル神戸のルーカス・ポドルスキーも加わった)。楽天がパートナー契約を結ぶこれらのクラブ、選手には世界的な知名度があり、その影響力を最大限に活かせれば巨大なビジネスチャンスが期待できる。では、いったい何をするのか? 堀さんが担当するイニエスタのプロジェクトを中心に、ストレートに質問をぶつけた。
株式会社フロムワンが運営するFROMONE SPORTS ACADEMYでは、1月28日(月)に堀さんを招いた特別セミナーを開催する。今回のインタビュー内容は、そのセミナーのテーマにかなり近いと思う。興味を持った方はぜひ、セミナーでより詳しく聞いてほしい。スポーツとビジネスを結びつける、明快なビジョンが理解できるはずだ。
――2018年に楽天に転職されました。これは最初からイニエスタ選手のプロジェクトを担当するために楽天に入ったということですか?
堀 私がグローバルのブランドマーケティングをしてきた経験を活かして、楽天とグローバルのブランドマーケティングカンパニーを密接に連携させる、というようなミッションで仕事をしていたんですが、その直後にイニエスタ選手のヴィッセル神戸への加入が決まりました。それ以前にも、楽天はFCバルセロナやNBAのゴールデンステート・ウォリアーズとのパートナーシップがありましたから、これらのスポーツコンテンツをどうやって最大限に活用するべきか、という課題が出てきたわけです。そこで「堀くん、そう言えばスポーツマーケティング得意だったよね」と、白羽の矢が立ったのがきっかけです。
――よく見たら社内にいたと(笑)。ここまでのキャリアを聞くと、堀さんはまさに適任者だと思うんですけど、たまたま社内にいたということなんですね。
堀 そうなんです(笑)。それで、喜んでお引き受けします、という経緯ですね。イニエスタ選手と仕事をするようになってまだ4、5カ月ですが、もっと長い時間を一緒に過ごしているような気がします。
――イニエスタのプロジェクトというのは、具体的にどういうことを考えているんですか?
堀 イニエスタ選手個人が持つブランドやイメージを活用して、楽天として将来的にどのようなビジネスを展開できるのか。その戦略を描くことがスタートポイントでした。イニエスタ選手と楽天のブランドをかけ合わせて、何ができるのかをゼロから考えていこうと。
――なるほど。楽天はヴィッセル神戸の親会社ですけども、サッカークラブとしてどうこうというだけのプロジェクトじゃないんですね。あくまでも楽天がイニエスタ選手を活用する。何かのイメージキャラクターにするとか、イベントをするとか。
堀 そうです。スポーツエージェンシーのような機能、より具体的な企業でいうとIMG(インターナショナル・マネジメント・グループ。アスリートのマネジメント、ライセンス管理を中心に、エンターテインメント事業、メディア事業などを幅広く運営するアメリカ企業)のようなイメージですかね。一流アスリートと契約して、そのプレーヤーの価値をビジネスに活用していく。その方法を、彼らは常に考えていると思うんですが、そうした機能に近いのかもしれません。
――ざっくり言えば、「アンドレス・イニエスタ」というブランドを商品にするという。まず何から手を付けましたか?
堀 最初はイニエスタ選手のブランド価値をどのように定義づけるのか、その価値をマーケットでどのように高めていくのか、ということでしたね。まずは手始めに調査をしました。イニエスタ選手が日本でどういうイメージを持たれているのか、どの程度認知されているのか。すると、ヴィッセル神戸への加入が発表された5月の段階では、認知率は約3割くらいだったんですよ。
――FCバルセロナの名選手なのに? 本当ですか?
堀 驚きですよね。その3割というのは、サッカーが好きな人なんです。サッカー好きは全員、もれなく彼のことを知っている。ただ、その枠を出てしまうとあまり知られていないわけです。この調査結果を見て、もっと彼の認知度を高めることに課題感を持ちました。世界的な偉大なプレーヤーであるという事実と、彼の模範的な性格を軸に、イニエスタ自身のブランド価値を高めたいと思いました。彼の本質をもっと日本の消費者に理解してもらわなければ、ビジネスを創出することはできないと。
――イニエスタの人気にただ乗っかればいい、という状況ではなかった。
堀 イニエスタ選手は、すぐに華麗なプレーやゴールを披露して、話題になりましたよね。その結果、我々が特別なマーケティングをするまでもなく、この短期間で認知率が劇的に向上しているのも事実です。最新の調査では8割くらいまで向上していますね。それは絶え間ないメディア露出もありますし、楽天やヴィッセル神戸の広報チームの努力もありますし、複合的な作用の結果ではありますが。
――認知率が上がったとすると、次のステージとしてはどいうったビジネス展開を考えているんですか?
堀 ビジネス戦略として4つの柱を描いています。1つはスポンサーシップで、イニエスタ選手をブランドアンバサダーとして起用していただける企業様に繋いでいくことですね。2つめはマーチャンダイジング。楽天は日本で最大級のEコマースプラットフォーマーでもありますから、その利点を活かして、イニエスタ選手のブランドを商品化して販売していく。たとえば彼は「ボデガ・イニエスタ」というワイナリーに出資して、ワインブランドをビジネスとして手掛けていたりもします。
――ありますね。スペインの記者に頼んでワイナリーを取材してもらったことがあります。
堀 そのワインのように、イニエスタブランドを冠した商品をもっと開発、展開して、楽天のプラットフォームで販売していくことですね。それから3つめはスクールビジネス。「イニエスタ メソドロジー」という、彼がもともとスペインで展開していたサッカーの教育メソッドがあるので、これを日本でも展開していこうと考えています。すでに2018年11月、神戸のいぶきの森球技場で1日限定のセッションを開催しまして、かなりの盛況でした。そして4つめがメディアビジネスです。「イニエスタTV」という、彼を追いかけるWEB番組のようなプラットフォームを立ち上げています。ピッチ上では見ることができないイニエスタ選手のリアルな側面を表現するためのメディアなんですが、これは日本のファンだけでなく、スペイン本国のファンにもアプローチできています。母国スペインを中心としたヨーロッパエリアでは「イニエスタのプレーはどこで見られるんだ、彼は今、日本何をしているんだ」という顕在化しているニーズがある。日本の中でイニエスタのブランドを高めることを考えながら、もともとイニエスタの認知度の高いヨーロッパや南米も視野に入れてビジネスを拡大すべく、着々とプランを練っています。
――お話をうかがって、先ほどIMGを例に出された意味がよくわかりました。これはいわゆる、人気選手をイメージキャラクターに起用するような話ではないですね。まさにIMGのように、マネジメントも含めて包括的にイニエスタを支援しながら、「イニエスタ」というブランドを作っていく試みだと思います。となると、なかなかすごい話だと思うんですけども、つまりは「イニエスタが日本に来る」となった時点で、そういったプランがあったということですよね。もしかしたら会長兼社長である三木谷浩史さんの頭の中に、ということかもしれませんが。そういうことですよね?
堀 そういうことです。三木谷自身のアイデアをベースにしている事業計画もあって、たとえばスクール事業はそうですね。世界的にもトップレベルのクオリティでサッカースクールを事業展開したい、と。三木谷には日本から世界に誇れるコンテンツを作っていきたいという考えがありますから、その情熱的なアイディアを受けて我々が形を作っているような流れもありますね。
――なるほど。将来的には日本から世界に展開していくビジョンがある。それがスポーツの分野というのがおもしろいですね。スポーツビジネスの一流の方に話を聞くと、みんなそう言われるんです。スポーツというのは国境を越えて何かをする、ひとつのわかりやすい軸になっているような気がします。
堀 そうですね。当社全体にとっても、スポーツ関連事業のプライオリティが高くなっているような感覚を日々感じます。その源流をたどると、楽天自身がもともと、事業理念として「エンパワーメント」という言葉を掲げているんですね。人と社会を外郭的に刺激し、活性化して、さまざまな構造を変革していく。そのハブになろうという考え方が、楽天の事業の礎(いしずえ)にあるわけです。そう考えると、人と社会をエンパワーするものとして、スポーツほど強いコンテンツはないんですよ。それを日本だけでなく、世界のトップチーム、トップクラブとのパートナーシップを締結し、その強みを持ってグローバルに拡大し続けている。当事者である我々にとっても、想像を超えるスケール感とスピード感で物事が動いてます。エキサイティングな会社ですよね。
(インタビュー後編は1月24日に公開予定)
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By 坂本 聡