ゲームは誤算のうえに進行し、誤算の少ないほうが勝利する。2月5日に行なわれたロンドン五輪最終予選の敗退は、その意味で必然だった。
そもそもの躓きは、清武弘嗣の離脱にある。大津祐樹を招集できないのは想定内だったが、彼の離脱は明らかな誤算だった。
しかし、まったくの想定外とも言い切れない。今回のシリア戦に備えて、U-23日本代表は3週間前から始動した。オフ明けから無理なくコンディションを上 げていくには、4週間から5週間が必要である。そもそも準備期間が短いうえに、清武は発熱で始動が遅れてしまった。この時点で彼は、他の選手より調整の ピッチを上げなければならなくなった。ケガのリスクを抱えてしまっていたのだ。
結果論を承知で言えば、あと一週間早く始動できなかっただろうか。全員が集まらなくても構わないという前提で、1月7、8日あたりから弾力的に集合するのは可能だったはずである。
コンディションこそ間に合ったものの、試合勘までは回復していなかった。一つひとつのプレーに対するリアクションが、シリアに比べると鈍かったのだ。練習試合をあと一つでも増やせていれば、という想いは募る。3週間前の始動では、2試合が限度だった。
試合中の誤算は、山崎亮平の負傷である。
関塚監督が永井謙佑の1トップを選んだのは、彼のスピードを生かしたカウンターを戦術の中心に据える意思表示だっただろう。荒れたピッチコンディションを 考えれば、パスサッカーではなくシンプルな攻撃が有効である。ところが、わずか15分で山崎が負傷退場し、チームは戦い方の軌道修正を強いられる。攻撃に 統一感が生まれつつあった時間帯でのアクシデントは、前半の戦いぶりを難しいものにしてしまった。
選手起用に触れると、山村和也ではな く扇原貴宏をスタメンで起用するべきだったのでは、というのが率直な思いである。ケガ明けの選手をこの大一番で起用するのは、リスクが大きかったと言わざ るを得ない。山村が試合から遠ざかっていた時間は、Jリーグでプレーする選手よりも長い。試合勘やゲーム体力を取り戻すは簡単でない。
扇原は所属するセレッソで、この日先発した山口蛍とダブルボランチを組んでいる。二人のコンビネーションは、あらかじめ担保されている。レフティーの扇原 を起用すれば、リスタートの幅が拡がる効果も見込める。コンタクトプレーの強さは山村が上回るが、この試合にふさわしいのは扇原だったと思う。
いくつかの誤算が折り重なっての敗戦だったわけだが、何よりの誤算はメンタリティではなかったか。戦っていなかったと言うつもりはない。しかし、どちらが 勝利に貪欲だったかと言えば、日本ではなくシリアだった。とりわけ失点を喫した終盤の時間帯は、もう大丈夫だろうという雰囲気が立ち込めていたように感じ る。
このチームの選手たちは、U-20ワールドカップに出場していない。1995年大会から続いていた連続出場記録を更新できなかった世代だ。世界の舞台に立てなかった悔しさは、いまも胸に刻まれていると選手たちは言う。
そのチームが、こんな負け方をしてしまう。気持ちが前面に出てこないゲームをしてしまう。何よりもそれが、残念でならない。
【戸塚啓 @kei166】 1968年生まれ。サッカー専門誌を経て、フランス・ワールドカップ後の98年秋からフリーに。ワールドカップは4大会連続で取材。日本代表の国際Aマッ チは91年から取材を続けている。2002年より大宮アルディージャ公式ライターとしても活動。著書には 『マリーシア(駆け引き)が日本のサッカーを強くする(光文社新書)』、『世界に一つだけの日本サッカー──日本サッカー改造論』(出版芸術社)、『新・ サッカー戦術論』(成美堂出版)、『覚醒せよ、日本人ストライカーたち』(朝日新聞出版)、『世界基準サッカーの戦術と技術』(新星出版社)などがある。2011年12月に最新著書『不動の絆』~ベガルタ仙台と手倉森監督の思い(角川書店)が発売。『戸塚啓のトツカ系サッカー』ライブドアより月500円で配信中!