2015.04.14

世界を変える-ブラインドサッカーで混ざり合う世界へ

ブラインドサッカー日本代表

世界を変える―。

夢を語るのは簡単だ。しかし、実現させるためには並々ならぬ努力に加え、ときには自分自身を変えることが必要である。中途半端な気持ちでは絶対に叶わない。

今、この思いを具現化させようとしている者たちがいる。ブラインドサッカー。フットサルと同じ大きさのコートで行われる、視覚障害者による5人制サッカーだ。アイマスクを装着して一切の視覚情報を遮った中、音が出るボールを用い、音や声のコミュニケーションを頼りにプレーされる。近年はメディアで取り上げられることも多く、2014年に世界選手権が日本で開催された。今、日本国内での注目度は高まっている。

しかし、ブラインドサッカーが目指しているのは、ただ「注目されるスポーツ」としての地位ではない。ブラインドサッカーが目指す世界はまだ先にある。その世界とは?

日本ブラインドサッカー協会、事務局長の松崎英吾さんにお話を伺った。

インタビュー・文=中西裕里
写真=日本ブラインドサッカー協会

ボールを蹴ったことのない子どもたちがいる―それが事実。

――ブラインドサッカーが日本へ入ってきたきっかけは?

大阪ライトハウスの元館長で昨年亡くなられた岩井和彦さんが、99年韓国に出張されたときに紹介されたのがきっかけです。岩井さんご自身が全盲の方で盲人野球をされていたのですが、全盲の人と弱視の人を比べると、どうしても弱視の方のほうが活躍しやすく、全盲の自分は主役にはなれないと感じられていました。しかし、ブラインドサッカーはアイマスクをすることで全員が完全に公平な状態で行われます。そこに大きな感銘を受けられたそうです。2002年に韓国とベトナムのチームを招待して岐阜・高山、神戸で行われた親善試合が、日本で初めてのブラインドサッカーになります。

――視覚障害者の方たちの間で、サッカーは人気があったのですか?

観戦するスポーツとしての人気はありました。しかし、盲学校の中では“ボールは手で扱うものだ”という指導がされていて、サッカーは授業の中で行われることはありません。自分たちがプレーするスポーツとしては存在していない状態です。どこか遠い国の話ではなく、日本の中にボールを蹴ったことがない子どもたちがいるというのが事実なんです。

――視覚障害者の方々へのブラインドサッカーの認知度は高いんですか?

まだまだですね。現在、年間1試合以上出場する競技者数は420人くらいなのですが、そこには視覚障害者も健常者も含まれています。視覚障害者の方に知ってもらうためにはやはり学校教育の中に取り入れられて定期的に行われることなどの取組みが必要です。ただし、近年はインクルージョン教育(障害を持った子どもが大半の時間を通常学級における教育を受けること)が推奨されていることもあり、視覚障害を持った子どもたちと接触することが難しいという現状もあります。

――今はどのようなアプローチをされているのですか?

育成事業の一つとして、盲学校で先生方が教えられるようにプログラム開発を行っています。一般的なサッカーだと、とりあえず試合をしてみようという雰囲気がありますが、ブラインドサッカーでは試合が一番難しいんです。複雑性が溢れていてリスクも高い。だから初心者に対して試合を行うことはまずありません。はじめは接触プレーは少なくして、ボールを蹴ることや声をかけ合ってパスすることなど、サッカーの原点的な部分を感じてもらうことを考えています。「試合じゃなきゃサッカーは楽しくない」という固定概念を僕らも持っていたのですが、楽しみの源泉を失わないようにプログラム化して学校教育に取り入れ、長く続けることが、大事だと考えています。

――競技の中で安全性はどのように確保されていますか?

危険な衝突を避けるために、ボールを持った相手に向かっていくときには「ボイ」と声をかけることがルールづけられていたり、代表選手レベルになると、必ず手を前に出して防御姿勢を取り続けるなどの指導が徹底されています。しかし、基本的にはそこまで気にはしていません。調査してみても、下半身の怪我は普通のサッカーと同じ程度です。ブラインドサッカーだから怪我が多いというわけではありません。正面衝突の怪我も、実はそれほど多くはありません。視覚障害者がホームを一人で歩いている時と、ピッチの中で人とぶつかる時とどちらが危ないかと言ったら、よっぽど前者のほうが危ないわけです。自分で考えて自由に判断してボールを追いかけることができる状態で、アドレナリンを出しながら相手とぶつかるのは、視覚障害者にとっても危険なことではないんです。

松崎英吾

言葉だけでは分からないから、練習の中で何度も繰り返す

――昨年は日本で世界選手権が開催され、日本代表は過去最高の6位という結果に終わりました。これまでどのような強化を図ってこられましたか?

強化のための課題には3つのフェーズがあります。はじめにプレイヤーの確保、次に資金調達です。2003年以降、毎年、年に一回くらい国際大会に出場してきたのですが、基本的に全額選手に負担してもらっていましたし、ユニフォームもありませんでしたから。そして現在の新たな課題が選手の環境です。選手は働きながらブラインドサッカーをやっているので、職場の理解も必要になってきます。遠征のときには仕事を休まなくてはなりませんし、これ以上強くなるためには平日も使って効果的なトレーニングを行うことが必要ですし、チームスポーツなので合宿も必要になってきます。よりトップアスリートに近い課題が増え、競技に費やせる選手たちの時間の確保が重要になってきています。

――チームとして日本代表にはどのような特長がありますか?

特に今、DF面で見られている特徴ですが、シンクロナイズがすごく強いです。有機的に動く力が非常に上手いチームに育っています。世界選手権では流れの中で失点することはありませんでした(準々決勝、5位決定戦ともPK負けを喫した)。2016年リオデジャネイロパラリンピックではメダルを目指していますが、まずはこの失点をしないということをすごく大事にしています。

――そういった戦術的なイメージの共有は言葉だけでできるものなのでしょうか?

できないですね。映像を見ればすぐにわかることも音声情報だけで判断しているため、失点シーンや連携がうまくいかなかったシーンについて、あの時どうしてあのような動きをしたのかということを振り返り、たくさん話し合ってすり合わせをします。練習中も話し合う時間が長いため、とても長い練習になります。戦術理解については試合当日に作戦ボードに書いたり、言語化したりしても共有することが難しいため、合宿中に守備のパターン、攻撃のパターンを何度も繰り返して身に付けなくてはいけません。相手選手の特長をつかむのも言葉だけではわからないので、代表チームの目の見えるスタッフが分析し、それと同じような動きを練習の中で繰り返すことで伝えています。

ブラインドサッカー日本代表

“個性の凸凹”としての障害のあり方を伝える

――ブラインドサッカーを始めることで選手はどのように変わられるんですか?

選手がなぜブラインドサッカーをやっているのかを振り返るワークショップを行うことがあるのですが、必ず出てくる言葉が「自由である」ということです。普段の生活での行動に不自由さや制限があるぶん、ピッチの中では自由を感じられるんですよね。実はブラインドサッカー以外の視覚障害者スポーツは動く範囲が決まっていたり、攻守が分かれるスポーツがベースになっていたりして、ブラインドサッカーほど自由に動くことができるスポーツはありません。これまでは「やっちゃいけない」と言われてきたことを自分たちでできるという達成感があるんですよね。ピッチの中で自由に考えて自由に判断して、自由に動き回れる。「ピッチの中が一番障害を忘れる」ということは多くの選手が言います。

――「ブラインドサッカーの魅力」ですね。

役割分担がはっきりしていて分業化されているスポーツとは違って、チームメートが連動し合うスポーツなので、すり合わせが非常に重要になってきます。そのようなコミュニケーションを通じてチームと自分自身が成長していけることも選手にとって楽しい部分です。視覚障害者はどうしても声をかけられることを待ってしまうところがあり、「待ちの障害」という言われ方もします。ブラインドサッカーでそれをやってしまうと存在していないのに等しい。自分から発信していくスキルは生活の場でも生かされているように思います。

――そのようなコミュニケーションスキルの向上を目的に、近年では健常者に向けたプログラムとしても体験プログラムが開催されているとのことですが。

今、東京では週に一回、社会人や大学生向けに行っています。90分のプログラムで、この中でも試合は行わないのですが、「見えない」というツールを使ってチームワークスポーツに取り組むことで、新しい気付きを得ていただいています。自分たちが普段から大事にしなければならない信頼感やコミュニケーション能力、チームビルディングなどが学べます。

――子ども向けの「スポ育」という取り組みもあるということですが。

東京都内の学校を中心に、選手にも同行してもらって体験学習を行っています。見えない体験の中から、「障害者ってかわいそうだね」ではなくて、「障害者には自分たちよりもすごいところがある」ということを感じてもらっています。だからといって選手がヒーローだというわけではありません。初めて行った場所ではトイレに行くときや給食を食べるときに手を借りなくてはいけません。そういった“個性の凸凹”としての障害のあり方を伝えるプログラムを行っています。

――今後は東京以外にも展開されていくのでしょうか?

将来的には考えています。しかし、大切なのは継続的に行うことです。遠方で一件の体験学習をこなすことにコストをかけるのではなく、都内の小学校を一日数軒回ることで確実に広めていくことに今は注力しています。これとは別に、競技の普及という点では、視覚障害者からのブラインドサッカーを始めてみたいという声については、積極的な活動を行っています。遠方であってもフットワーク軽く訪れますし、地域担当のスタッフが月に1回ほど電話でコミュニケーションを取ることもしています。全国40万人弱の視覚障害者のちょっとした芽をしっかり生かしてきたいと思っています。

ブラインドサッカー日本代表

ブラインドサッカーの発展が、視覚障害者を激減させる

――今後、ブラインドサッカーが目指すところは?

日本ブラインドサッカー協会のビジョンは「ブラインドサッカーを通じて、視覚障害者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」です。これが何よりも大事だと思っています。他の障害者スポーツを見ても、パラリンピックで金メダルを取っても、競技者が広がっているわけでもなければ、その障害に対する理解も世の中に広がってはいません。僕らはもっとパワフルでいたい。2016年のリオパラリンピックではメダルを取る気でいますが、メダルを取ったときには、障害者の在り方・働き方・就業率が変わるなど、社会的課題に影響するくらいでないと、この理念は実現できないと思っています。

――その実現に向けて、何か具体的に考えられていることはありますか?

この理念は単独競技だけでは実現できないと思っています。ぜひ他の障害者スポーツも注目されるようになってほしいです。今2020年の東京オリンピックに向けて、様々な障害者スポーツが国際大会を行おうとしていますが、そこには僕たちがこれまで4度行ってきた国際大会のノウハウが役立つと思っています。ぜひそれを生かして、僕らが5年かけたことを1、2年で実現させてほしいです。他にも、福祉業界の方たちとも関係を持ち、協力体制を築いていきたいと思います。

――「障害者と健常者が共存すること」こそ混ざり合う世界なんですね。

それだけではありません。視覚障害者は世界で大体3億人なのですが、そのうち6割は日本の医療技術で治ると言われているんです。日本で視覚障害者は減ってきていても、世界では増えています。こういった現状を見たときに、サッカーができることはまだまだあると思っています。「ブラインドサッカーが世界に広がれば広がるほど、視覚障害者が劇的に減っていく」。それはブラインドサッカーの発展とは逆の方向へ向いているようにも感じられるかもしれませんが、そういう存在になっていくことが障害者スポーツのあり方として絶対に必要だと思っています。ブラインドサッカーを軸足にして魅力を生かしながら、障害者への理解が広まったり、就業率が向上したり、さらには障害治療が進むなど、より生きやすい社会を作っていきたいと思っています。試合に勝つことと同時に、障害者を取り巻く世界が変わっていくことが、僕らの役割であり使命なのかなと感じますね。

世界を変える。

生半可な気持ちではない。ブラインドサッカーは本気だ。先日の日本代表選手のイングランド遠征では、リオまでの36時間のフライトを想定して12時間の直行便ではなく、あえて乗り換えをして30時間かけて訪れた。リオパラリンピック出場は必達だ。その先にメダルを取るという目標がある。しかしそれだけでなく、その先にある世界も彼らの目には見えている。「当たり前に混ざり合う世界」を実現させるために。

サッカーが持つ可能性は果てしない。