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この映画は、おとぎ話ではない。/小宮良之

2015.01.28

 2011年にスタートし、1000名を超えるサッカー&映画ファンが集うイベントに成長、今年も2月14日(土)、15日(日)の2日間で8作品を上映する「ヨコハマ・フットボール映画祭2015 powered by バーコードフットボーラー」。さらに今年は全国8都市で映画を上映するJAPANツアーも開催されます。

 そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各作品の映画評を順次ご紹介。

 今回はスペインを舞台にしたエピソードが満載の新著「おれは最後に笑う」を刊行されたばかりである小宮良之さんに、メッシの栄光への道のりを追ったスポーツ・ドキュメンタリー作品『メッシ』 についての映画評を寄稿いただきました。こちらの作品はJAPANツアー8会場すべてで上映されます。

この映画は、おとぎ話ではない。/小宮良之

 メッシのリーガエスパニョーラデビュー戦を、僕はこの目で見ている。

 これはちょっとした自慢である。

 世界最高の選手となる男の一歩目。それは拝めたのは5万人足らずしかいない。

 もっとも、僕はその一戦を狙い撃ちしていたわけではない。試合が行われたオリンピックスタジアムが、当時の自宅から歩いて行けるほどに近かった。つまり、特別な取材がなかった週で、たまたま近所の試合に出かけたら、記念すべき一戦を見られたわけである。

 人生はときに運が物を言う。

 しかし、この映画「MESSI」で描かれるメッシは、奇跡や偶然などこれっぽっちも頭にない。彼を突き動かすのは”目の前にあるボールを蹴り、ネットに叩き込む”、その強い意志だけである。

 アルゼンチン、ロサリオで暮らしていた少年時代、メッシが大会に優勝してチーム全員で自転車をもらうシーンがあった。映画の中、証言者の一人がしたり顔で言う。

「メッシは今も自転車が賞品なのさ」

 しかしおそらくは賞品などなくても、メッシはボールを蹴るだろう。彼にとって、サッカーは労働ではない、生きることそのものに近いのだ。

 9歳のときの身長は120cm台だった。成長ホルモン剤を摂取するため、注射針で太ももに突き刺す。痛々しい姿が映し出されるが、本人は「フットボールのためなら針の痛みなどなんでもない」と振る舞う。1回や2回なら誰にでもできるだろう。だが、彼は毎日、何年間にわたって静かに注射を打った。そのひたむきな姿は、まるで運命に立ち向かうように映る。

 そして困難は折り重なる。父が失業し、治療費を出してくれるクラブを探すことになった。バルセロナへ飛ぶが、「背が伸びなかったら」というリスクを前に交渉は難航。ようやく契約にこぎ着けるのだが、父はバルセロナに残り、母や兄弟はアルゼンチンで暮らさざるを得なかった。

「13歳で家族と離れるのは一番つらい。加えて、自分のせいで家族が離ればなれになることは苦しかったろう。明日の保証すらなかったしね」

 しかしメッシは、夢中でボールを蹴り続けた。その先にある運命を信じているように。

「メッシの人生に関わった者なら、走る姿を見るだけで心を動かされるものさ」

 劇中で登場人物の一人は言うが、なんだか納得してしまう。僕は彼の人生に関わった者ではないし、運が良かっただけの一介のスポーツライターである。しかし、ラストシーンでは気が付いたら目が潤んでいた。

 少年時代のメッシが思い立ち、祖母のお墓参りに出かける。彼女は「世界一のサッカー選手になるのよ」と励ましてくれた、フットボールの原点だ。彼は何時間も歩き続け、危険なスラム街も通り抜ける。万難を排し、墓地に辿り着く。それはフットボーラーとしての道のりと重なっていた—。

 人生は自分の力で切り拓くものである。

 この映画は、おとぎ話ではない。

小宮良之(こみや・よしゆき)
1972年、横浜生まれ。スポーツライター。2001年から06年までスペインのバルセロナを拠点にW杯、CL、冬季五輪など取材活動を行う。人物インタビューに定評があり、著書にサッカー選手たちの光と影を追った「アンチ・ドロップアウト」(集英社)三部作や「導かれし者」(角川文庫)など多数。近著にはNumberで好評を博した「ザックを探し当てた男たち」や書き下ろし「遺書、それから」など12の物語を収録した「おれは最後に笑う」(東邦出版)がある。

【映画詳細】
『メッシ』
アルゼンチン、スペイン/ドキュメンタリー/93分
監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア
提供:松竹メディア事業部

【ヨコハマ・フットボール映画祭について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2015年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線新高島駅/みなとみらい駅)にて2月14日(土)、15日(日)に開催!全国ツアーの日程も含め、詳細は公式サイト(http://2015.yfff.org/)にて。

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