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優れた手腕でレアル・マドリードを頂点へ…アンチェロッティの“銀河系操縦術”とは

2014.12.16

[ワールドサッカーキング1月号掲載]

レアル・マドリードを率いることは、すべての監督にとって困難を極める作業である。この大仕事を、カルロ・アンチェロッティほど巧みにこなした者がかつていただろうか。権力とエゴが渦巻くチームを掌握し、コントロールする術とは? その極意に迫る。
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文=工藤 拓 
写真=ゲッティ イメージズ

ベストの選択で次々と難題を解決

 シルヴィオ・ベルルスコーニ、ロマン・アブラモヴィッチ、ズラタン・イブラヒモヴィッチ、クリスティアーノ・ロナウド、フロレンティーノ・ペレス……。これまでカルロ・アンチェロッティはひと癖もふた癖もある上司や部下と職場をともにしてきたが、揉め事を起こしたことは恐らく一度もない。ライバルチームの監督や選手に身内を口撃されて反撃姿勢を見せたことはあるが、それも前任のジョゼ・モウリーニョとは比べものにならないほど柔らかいトーンでのことだ。

 とはいえ、もちろん彼はただの“いい人”ではない。監督アンチェロッティのすごさとは何か。それはチームやクラブを取り巻く、あらゆる障害を巧みに回避しながら、本来の目的であるチーム強化とタイトル獲得を淡々と遂行してしまうところにある。

 アンチェロッティがレアル・マドリードの監督に就任した昨夏、チームは散々な状態にあった。モウリーニョとイケル・カシージャスの冷戦がもたらしたロッカールームの亀裂が修復不可能なほど深まり、サンティアゴ・ベルナベウのスタンドは二分され、かつて“聖イケル”と崇拝された守護神へのブーイングとオベーションがぶつかり合っていた。暴走するポルトガル人監督にチームの全権を託したフロレンティーノ・ペレス会長の決断は、100年以上かけて築いてきた「紳士のクラブ」としての国際的イメージを著しく傷つけたのだ。

 しかも、ペレスは8月末になって攻撃の中心であるメスト・エジルを放出、ロナウドとポジションが被るギャレス・ベイルを補強の目玉として獲得した。しかしアンチェロッティは現場の需要を無視した土壇場のサプライズ人事にも文句一つ言わず、スター選手全員を起用した上で攻撃的にプレーして勝つ、という難題に取り組み始める。

 まず、ベイルが腰痛で出遅れた序盤戦はモウリーニョ時代の4-2-3-1を継続して新加入のイスコをエジルに代わる司令塔として起用。ベイルの復帰後はアンヘル・ディ・マリアの代わりに右MFに組み込んだ。しかし、ここで以前からフロントに過小評価されていると感じていたディ・マリアが公に不満を漏らすという問題が発生。このままではチームの和が乱れるし、試合に出ればMVP級の活躍を続けるディ・マリアを起用しないのは平等性に欠ける。かといって、アンタッチャブルなロナウドや目玉補強のベイルを外すわけにもいかない。そこでアンチェロッティは調子を落としていたイスコを外し、4-3-3にシステムを変更。ディ・マリアを左インサイドハーフ、ベイルを右ウイングとして同時起用する解決策をひねり出した。更にその後、攻撃時は4-3-3、守備時にはベイルが下がって4-4-2にシフトする可変型システムへと改良を加えたことで、最善の攻守バランスを見いだすに至ったのである。

 特筆すべきはこれら一つひとつの柔軟な対応において、彼が「ロナウド<ベイル<ディ・マリア」といったチーム内のヒエラルキー、「目玉補強のベイルの起用は絶対」とする会長の意向、更にはワールドカップを控えたカシージャスの起用を求める世論にも耳を傾けながら、ほぼ常にベストの解決策を見いだしてきたところにある。

 唯一のサプライズだったディエゴ・ロペスの正GK継続については、当時カシージャスとの関係が悪化していたペレスの意向に加え、ハイボールに強く、足元の技術に優れたGKを好む自身の意向もあっての決断だった。しかし、その選択が想像以上の反響を呼んだと分かると、チャンピオンズリーグを含むカップ戦ではカシージャスを起用する完全ローテーション制に切り替えることで、論争の緩和に努めている。

多様な才能を持つ“普通の人”

 アンチェロッティは「エル・パシフィカドール」(仲裁者、平和をもたらす者)と形容された前評判どおり、複雑怪奇なメガクラブに生じる数々の問題を老獪かつ柔軟な対応によって巧みに沈静化。その上で、モウリーニョが3年間手を尽くしても届かなかった“デシマ”を就任1年目で実現してみせた。そして2年目の今シーズンも、中盤のキーマンだったディ・マリアとシャビ・アロンソを失ってチームの再建を強いられながら、クラブの連勝記録を更新する快進撃とともにリーガとチャンピオンズリーグで首位を快走している。

 2014年のFIFA最優秀監督にノミネートされた指揮官に対し、セルヒオ・ラモスはこの上ない賛辞を贈っていた。「現在の快進撃はチームが取り組んできた努力の賜物だけど、そのチームを引っ張っているのは監督だ。選手としての経験も豊富で、選手全員とあらゆる問題について話し合い、個々のパフォーマンスを最大限に引き出してくれる。しかも、良い結果が続けばチームの雰囲気はますます良くなっていく。アンチェロッティはマドリディスモを手に入れた。彼がチームを導く今の流れが、ずっと続くことをみんなが願っている」

 トップレベルのコンペテションにおける豊富な経験、戦術的知識、あらゆるタイプの選手と良好な関係を築けるコミュニケーション術、エゴが溢れるロッカールームを一つの方向へと足並みをそろえさせるグループマネージメント能力、そしてクラブ関係者はもちろん、ファンやメディア、ライバルチームの人間にまで「嫌う理由がない」と感じさせる人間性。アンチェロッティほど多様な才能を兼ね備えた人間は、サッカーの監督に限らず、あらゆる分野の組織においてもそう多くはないだろう。

 しかも、彼は自分が優秀であることを鼻にかけることがない。誰に対してもごく普通の“いい人”として振る舞うことができる。それでいてスター選手がそろう世界一の金満クラブの指揮を執っているのだ。矛盾しているように聞こえるかもしれないが、それは普通の人には絶対にまねできないことである。

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