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Vol.2 これまでとは違った視野、視点、視線でサッカーを見る

2011.12.27

文・構成=増島みどり

8月29日に始まった今年の「公認S級コーチ養成講習会」も11月27日、3ケ月の講義日程を全て終え、受講者は現在、それぞれが現場のプロ監督のもとで1週間のインターシップを行っている。

 これまで学んだ、30から40項目にも及ぶ講義内容を踏まえた上で、実際にライセンスを持って指導にあたるJクラブの監督たちが、試合をどう戦い、準備し、選手とどういったコミュ二ケーションをはかりながらチームをマネージメントしているかを、クラブに帯同することで知るための実践で、どのクラブの、どの監督に依頼するかは協会ではなく個人で決める。「あの監督の元で研修したい」と希望しても、S級受講者を受け入れる監督、クラブもあれば、勝負をかけたシーズン佳境の慌ただしさや、監督のポリシーから断るクラブもある。

 名波浩(39)は、この国内研修で、ともに日本代表激動の時代を左サイドで駆け抜けた相馬直樹監督(40)率いる川崎フロンターレに帯同することになった。

「色々な意味で、これまでとは違った視点、視野、視線でサッカーを見ることができた3ケ月だった」と振り返る。3ケ月の講習で知った新たな視界には、どんな景色が広がるのだろうか。
 

閉講式も11月下旬に行われたのですね。3ケ月間はいかがでしたか。

名波 発表や討論でも受け身ではなく、自分たちから資料の用意など積極的な準備が必要なものも多いので慌ただしさはあったけれど、学んだものは大きい。講習の内容、いってみれば「教科書」の部分はもちろんで、さらに教科書以外のところでどんな話や興味がわくのか楽しみにしていたところもあった。閉講式では塚田さん(雄二、講習会スクールマスター)が最後に、自分のキャリアについて厳しかった経験や辛かったことなどをオープンに聞かせてくれたんだ。ああいう話は、普段現場にいて聞けるものではないので、ものすごく引き付けられたし、気持ちを動かされる、まさに「教科書以外」の話だったと思う。ノートや資料には書き留めていなくても、こういった教科書にはない話、人との付き合いや意外性が、これからの自分を豊かにしてくれるんじゃないかな。受講者同士も、いいコミュニケーションを取れたのではないかと思うね。

視点や視野を変えて見たサッカーの景色は、また違うものだったんでしょうか。

名波 もうひとつ、視線も違うだろうね。視野、視点、視線、これまでとは立ち位置が変わることで考えさせられることや、また新たな経験ができたんじゃないか。講習の中で何回も行われた「ゲーム分析」は、これまで選手としてもやってきたもので初めてのことではないけれど、立ち位置が変わると、分析そのものと同時に、その伝え方がどれほど重要なのかを考えることができましたね。S級を目指す指導者たちの間では、分析自体の質にはそう大きな違いはなく、着眼点も似ている。ただどう伝えるかには、それぞれのスタイルやカラーがあるでしょう。講習では、ゲームを現場で見て、90分の中から大体10分以内で、何か特徴的なシーンをピックアップし、ディフェンス、オフェンス、或いは、個人の特徴などを抜き出したビデオを作成するんですが、自分が特に注意を払ったのは、「見せる部分」において、いかに分かり易く、シンプルに伝えるか。先ずこれを、ひとつのスタイルにしようと心がけていましたね。

視線でいえば、選手のときとは逆の方向ですね。情報を受け取る方から、送り手になる。

名波 自分が現役の時は、模造紙一枚でもう十分、って選手だったからね。

模造紙って?

名波 画用紙でもいいくらい。とにかく一枚の紙に、この選手は左利き、とか、背が高い、ドリブルの特徴は、と、本当に必要最小限の情報さえもらえればそれでいい、というタイプの選手だった。

それはまたシンプル。色々なタイプがいるんですね、情報を受け取る選手側にも。

名波 分析のエキスパートはいるので、そうやって集まった膨大な情報を、監督やコーチがどう選手にフィードバックするか。これがもっとも重要なので、自分が頭に入れておくことと、プレーヤーに見せることは違う次元の作業になる。だからかなりシェイプして、分かり易く、シンプルに伝えることができるようにしたいと講習の間、考えていました。ここは映像と文字や数字、データの組み合わせで伝える場面になる。

映像をミーティングルームのような場所で選手が座って見て行うスカウティングだけではなくて、例えば、ピッチ上で、或いはハーフタイムで、といった切羽詰まった場面での分析、伝達も含まれますよね。ここは、ビジュアルではなく、言葉の力になるんでしょうか。

名波 そう。例えばモウリーニョ監督(レアルマドリード)は、試合中にも、サッと小さなメモを出して、そこに何かメモで走り書きしている。専門家の試合分析とは違って、試合中に、気付いたこと、選手に言うべきことを瞬間的に書き留めていて、自分もそういうメモ書きを大事にしたい。

試合後の取材で選手からよく、あの場面でさぁ、と指示語で言われ、どの場面があの場面なのか、もう必死で見つけて何とか話を聞かなきゃ、ということがあります。

名波 ハハハ、メディアの方たちにそこまでは求めないよ。真剣に見ている記者なのかそうではないかの判断基準にはなるかもしれないけれど。でも、選手は、そのちょっとした指示語の指摘で、全てを「分かって」いなくてはいけない。それが試合、チーム、プレーに対するプロとしての責任だから。メモを見て、こっちが「あの場面」と指摘したら、それが瞬時に、どの場面かを理解できている、そういう選手と、指導者の関係を築くためにも、「伝え方」、それが映像で、なのか、数字なのか、メモなのか、その選択もしっかりできるようでいたいと思う。言葉でも、ビジュアルでも、シンプルに核心をつくこと。視線、視野、視点を変えることで、学んだ収穫のひとつだろうね。名波っていう「顔」はひとつではないし、S級指導者としてだけではなく、色々な「顔」を持つ。そこがこの講習を通じての、自分にとってのひとつのテーマになるだろう。

国内研修1週間の後、こちらも自分で選んだ海外のプロクラブで、2週間の海外研修を行い、来夏、両研修のレポートを提出して全過程を終える。

文・構成=増島みどり

 8月29日に始まった今年の「公認S級コーチ養成講習会」も11月27日、3ケ月の講義日程を全て終え、受講者は現在、それぞれが現場のプロ監督のもとで1週間のインターシップを行っている。

 これまで学んだ、30から40項目にも及ぶ講義内容を踏まえた上で、実際にライセンスを持って指導にあたるJクラブの監督たちが、試合をどう戦い、準備し、選手とどういったコミュ二ケーションをはかりながらチームをマネージメントしているかを、クラブに帯同することで知るための実践で、どのクラブの、どの監督に依頼するかは協会ではなく個人で決める。「あの監督の元で研修したい」と希望しても、S級受講者を受け入れる監督、クラブもあれば、勝負をかけたシーズン佳境の慌ただしさや、監督のポリシーから断るクラブもある。

 名波浩(39)は、この国内研修で、ともに日本代表激動の時代を左サイドで駆け抜けた相馬直樹監督(40)率いる川崎フロンターレに帯同することになった。

「色々な意味で、これまでとは違った視点、視野、視線でサッカーを見ることができた3ケ月だった」と振り返る。3ケ月の講習で知った新たな視界には、どんな景色が広がるのだろうか。
 

閉講式も11月下旬に行われたのですね。3ケ月間はいかがでしたか。

名波 発表や討論でも受け身ではなく、自分たちから資料の用意など積極的な準備が必要なものも多いので慌ただしさはあったけれど、学んだものは大きい。講習の内容、いってみれば「教科書」の部分はもちろんで、さらに教科書以外のところでどんな話や興味がわくのか楽しみにしていたところもあった。閉講式では塚田さん(雄二、講習会スクールマスター)が最後に、自分のキャリアについて厳しかった経験や辛かったことなどをオープンに聞かせてくれたんだ。ああいう話は、普段現場にいて聞けるものではないので、ものすごく引き付けられたし、気持ちを動かされる、まさに「教科書以外」の話だったと思う。ノートや資料には書き留めていなくても、こういった教科書にはない話、人との付き合いや意外性が、これからの自分を豊かにしてくれるんじゃないかな。受講者同士も、いいコミュニケーションを取れたのではないかと思うね。

視点や視野を変えて見たサッカーの景色は、また違うものだったんでしょうか。

名波 もうひとつ、視線も違うだろうね。視野、視点、視線、これまでとは立ち位置が変わることで考えさせられることや、また新たな経験ができたんじゃないか。講習の中で何回も行われた「ゲーム分析」は、これまで選手としてもやってきたもので初めてのことではないけれど、立ち位置が変わると、分析そのものと同時に、その伝え方がどれほど重要なのかを考えることができましたね。S級を目指す指導者たちの間では、分析自体の質にはそう大きな違いはなく、着眼点も似ている。ただどう伝えるかには、それぞれのスタイルやカラーがあるでしょう。講習では、ゲームを現場で見て、90分の中から大体10分以内で、何か特徴的なシーンをピックアップし、ディフェンス、オフェンス、或いは、個人の特徴などを抜き出したビデオを作成するんですが、自分が特に注意を払ったのは、「見せる部分」において、いかに分かり易く、シンプルに伝えるか。先ずこれを、ひとつのスタイルにしようと心がけていましたね。

視線でいえば、選手のときとは逆の方向ですね。情報を受け取る方から、送り手になる。

名波 自分が現役の時は、模造紙一枚でもう十分、って選手だったからね。

模造紙って?

名波 画用紙でもいいくらい。とにかく一枚の紙に、この選手は左利き、とか、背が高い、ドリブルの特徴は、と、本当に必要最小限の情報さえもらえればそれでいい、というタイプの選手だった。

それはまたシンプル。色々なタイプがいるんですね、情報を受け取る選手側にも。

名波 分析のエキスパートはいるので、そうやって集まった膨大な情報を、監督やコーチがどう選手にフィードバックするか。これがもっとも重要なので、自分が頭に入れておくことと、プレーヤーに見せることは違う次元の作業になる。だからかなりシェイプして、分かり易く、シンプルに伝えることができるようにしたいと講習の間、考えていました。ここは映像と文字や数字、データの組み合わせで伝える場面になる。

映像をミーティングルームのような場所で選手が座って見て行うスカウティングだけではなくて、例えば、ピッチ上で、或いはハーフタイムで、といった切羽詰まった場面での分析、伝達も含まれますよね。ここは、ビジュアルではなく、言葉の力になるんでしょうか。

名波 そう。例えばモウリーニョ監督(レアルマドリード)は、試合中にも、サッと小さなメモを出して、そこに何かメモで走り書きしている。専門家の試合分析とは違って、試合中に、気付いたこと、選手に言うべきことを瞬間的に書き留めていて、自分もそういうメモ書きを大事にしたい。

試合後の取材で選手からよく、あの場面でさぁ、と指示語で言われ、どの場面があの場面なのか、もう必死で見つけて何とか話を聞かなきゃ、ということがあります。

名波 ハハハ、メディアの方たちにそこまでは求めないよ。真剣に見ている記者なのかそうではないかの判断基準にはなるかもしれないけれど。でも、選手は、そのちょっとした指示語の指摘で、全てを「分かって」いなくてはいけない。それが試合、チーム、プレーに対するプロとしての責任だから。メモを見て、こっちが「あの場面」と指摘したら、それが瞬時に、どの場面かを理解できている、そういう選手と、指導者の関係を築くためにも、「伝え方」、それが映像で、なのか、数字なのか、メモなのか、その選択もしっかりできるようでいたいと思う。言葉でも、ビジュアルでも、シンプルに核心をつくこと。視線、視野、視点を変えることで、学んだ収穫のひとつだろうね。名波っていう「顔」はひとつではないし、S級指導者としてだけではなく、色々な「顔」を持つ。そこがこの講習を通じての、自分にとってのひとつのテーマになるだろう。

国内研修1週間の後、こちらも自分で選んだ海外のプロクラブで、2週間の海外研修を行い、来夏、両研修のレポートを提出して全過程を終える。

【バックナンバー】
Vol.1 自分に足りないものを見つけて

[増島みどり]五輪、野球、サッカーを担当したスポーツ紙をへて、97年からフリーのスポーツライターに。ジーコ監督時も含め、W杯、予選、国際大会で日本代表に長く帯 同し、夏・冬五輪種目など広く競技、選手を取材する。著作多数。スポーツの速報や選手ブログを集める「ザ・スタジアム」を主宰。http://thestadium.jp/

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