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7月3日、震災後初のホーム開催…5戦無敗で“特別な日”を迎える熊本FW巻の決意

2016.07.01

熊本FW巻誠一郎。7月3日に震災後初となる本拠地うまかな・よかなスタジアムでの試合に臨む [写真]=Getty Images

 6月下旬。クラブでの練習を終えたロアッソ熊本FW巻誠一郎は、いつものように乗用車で避難所巡りに向かった。

 生まれ育った、勝手知ったる土地。しかし被災者支援の物資をいっぱいに積んだクルマは、熊本市内の道で何度もUターンや方向転換を余儀なくされた。


「陥没して通れなくなっている場所がたくさんあったんです。僕ら地元の人間でも、目的地に着ける道が分からなくなりました」

 4月16日に発生した熊本地震の本震から約2カ月。見た目には復興はだいぶ進んだようにも見えていた。しかし、路面には亀裂などの細かいダメージが残っていた。

 6月20日から熊本には時に1時間の雨量が100ミリを超えるような猛烈な雨が何日も降り続けた。路面にできたキズへ水が一気に流れ込めば、道路下の土砂が流れて陥没が起きる。巻が普段利用するような熊本市内の道も至るところで通行困難になった。

「一見しただけでは分からない部分に、復興が進んでいないところがあるということです」と巻は言う。

 道路だけではない。普通に建っているように見える建物にも、黄色や赤の紙が貼ってある。いずれも倒壊の危険性が強く、居住が困難なものだ。

 地震のキズは癒えてはいない。そこに豪雨が追い打ちを掛けた。地震で緩んだ地盤が、次々と土砂崩れを起こした。これで犠牲になった方もいる。南阿蘇村などでは橋や道路の寸断で再び孤立した場所もある。地震から2カ月がたっても、まだ6000人以上が避難生活を余儀なくされていたが、そこにさらに多くの避難者が加わった。

 巻は22日、付近を再び大規模な土砂崩れが襲った阿蘇大橋のたもと、南阿蘇村立野地区の避難所を訪れた。

 普段は「じいちゃん、元気ね? 塩アメ食べんね!」と気さくに被災者とコミュニケーションを取る巻も、度重なる天災に苛まれる村民を前に掛ける言葉を失った。

 巻はこの日、やり切れない思いをSNSにこうつづっている。

「3日間も降り続けるなんて……。こんなにも降り続けるなんて……。2次災害もいろいろなところで出てるし。そりゃみんな、前を向いて行きたいけどさ……」

「特に何かやってあげられるわけでもない。なんて声を掛けていいかも分からない。ただ子供たちとサッカーをしたり、避難所の人たちとたわいもない話をするだけ。それでも、少しでも笑顔でいてくれたり、気が紛れてくれたら。今は皆で耐えるしかないから」

 少しでも、被災者の心の支えにならなければ――。

「そういう気持ちが働いたところは、確かにあると思います。今までなら引き分けたり、負けたりした試合ばかりですから」

 巻が振り返るように、6月のロアッソ熊本はしぶとく勝ち点を重ねた。

 豪雨直後の26日に行われた第20節FC岐阜戦では後半アディショナルタイム3分に追いつかれながら、同5分にMFキム・テヨンのゴールで劇的勝利。29日の第8節延期分、京都サンガF.C.戦は63分に先制を許しながら、5分後にMF清武功暉が同点弾を決めて引き分けた。

 熊本地震で活動停止に追い込まれたロアッソ熊本は、他クラブより5試合もリーグ戦の消化が遅れた。そのため京都戦のように夏場に中2日の連戦を強いられる苦しい日程に突入している。この京都戦では先発6人を岐阜戦から入れ替えるなど、ターンオーバーしながら戦う。J1クラブなどに比べれば、決して選手層が厚いわけではない。それでも“総力戦”で、ロアッソ熊本は5戦無敗を続けている。

 7月3日。東京・代々木では、リオデジャネイロ・オリンピックに出場する日本代表選手団の結団式が行われる。国民ほぼすべての目がスポーツに向けられる特別な日と言っていい。時をほぼ同じくして、ロアッソ熊本も“特別な日”を迎えることが決まっている。熊本地震以降初めて、本拠地うまかな・よかなスタジアムでホーム戦が開催されるのだ。

 本震直後、スタジアムのコンコースは支援物資の集積所になった。それを見て、巻ら選手は「今はサッカーどころではない」と事態の深刻さを突きつけられたような気分になっていた。

 静まり返っていたコンコース。そこに試合前から高揚するサポーターたちの明るい声が満ちる日が再びやってくる。巻は言う。

「地震直後、自分も避難所に入った選手もいる。被災地を巡って支援活動をした選手もいる。リーグ戦が再開しても負けが続いて、涙を流した選手もいる。みんなそれぞれが今回のことを通じていろいろなことを考えてきました。だから僕らは簡単にあきらめない。だから僕らは簡単に浮かれもしない」

 今までなら落としていたような試合でも、しぶとく勝ち点を拾えてきたのは、それぞれが変わったからだと、巻は強調する。

「厳しい状況になってもあきらめず、最後まで必死に走る姿を、熊本の皆さんには見ていただきたいと思います。熊本は天災になんか負けない。全国の方にも、そういう気持ちを示したい」

 相手はJ1上位にも引けを取らない選手層を誇るセレッソ大阪。現在4連勝中で、自動昇格圏内のリーグ2位につける。簡単な試合ではない。

 だが、だからこそ示せる気持ちもある。
 相手が強くとも、負けんばい、熊本。
 がまだせ、熊本。

文=塩畑大輔(日刊スポーツ新聞社)

■明治安田生命J2リーグ第21節
2016年7月3日(日)18時キックオフ
ロアッソ熊本vsセレッソ大阪(うまかな・よかなスタジアム)

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