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【単独インタビュー】
2度の大ケガを乗り越え…宮市亮が語る、
感謝と決意。

誰よりも将来を期待されて欧州に渡った若者は、度重なるケガに苦しみ続けてきた。
やがて、日本人選手たちのニュースの中に、彼の名前を聞くことも少なくなった。
しかし、宮市亮に後悔はない。復活を期す彼の言葉は、感謝と希望に満ちている。

インタビュー=鈴木達朗
編集=ワールドサッカーキング編集部
写真=ゲッティ イメージズ、アフロ

 ロシアでワールドカップ準々決勝が行われていた7月7日、ドイツで一人の日本人選手がピッチに立った。

 ドイツ2部のザンクト・パウリと、4部のフレンスブルクとのテストマッチは、普通なら取り立てて騒ぐような試合ではなかった。しかし、それが宮市亮の復帰戦となれば話は違う。

 宮市の名前を聞いて、懐かしさを覚えるファンがいるかもしれない。高校在学中にアーセナルと契約を結び、注目を集めたのはもう8年前の話だ。2010年度の全国高校サッカー選手権でプレーした宮市は、その1カ月後にはアーセナルからレンタル移籍したフェイエノールトで鮮烈なプロデビューを飾っていた。とんでもない快足でサイドを駆け上がり、マッチアップするDFを手玉に取る。そんな18歳に、誰もが輝かしい未来を期待した。

 しかし、その後のキャリアは度重なるケガとの戦いだった。所属するアーセナルでは出場機会に恵まれず、ボルトン、ウィガン、トゥウェンテへのレンタル移籍を経験。2015年の夏、アーセナルを離れて心機一転、ザンクト・パウリに完全移籍したものの、移籍直後に左ヒザ前十字じん帯を断裂してシーズンを棒に振った。昨年6月には右ヒザの前十字じん帯を断裂。2度にわたるじん帯の大ケガに、選手生命を危ぶむ声も上がった。

 そして今年4月、ようやく復帰を果たした直後、宮市は再びケガに見舞われた。「右ヒザの十字じん帯を再び断裂した可能性が高い」というザンクト・パウリの発表は、ファンに絶望的な思いを抱かせた。もうダメなのか――。その彼がテストマッチとはいえ、ピッチに戻ってきたのだ。日本対ベルギー戦の5日後、ワールドカップの熱狂の影でひっそりと報じられたそのニュースは、もちろん、素晴らしい朗報だった。

 ザンクト・パウリが快く取材を許可してくれたのは8月上旬のことだった。リーグ開幕を控えた時期、独占インタビューの時間を設けてもらった。元気にトレーニングに励んでいる宮市の声を届けることができるのは、編集部にとってもこの上ない喜びだ。ケガについて、ワールドカップについて、ザンクト・パウリのチームや仲間について……話題は多岐に上るが、できるだけカットせず、そのまま掲載する。

あんな状況で、契約を延長してくれた

――今年4月末にケガをして、7月に復帰しました。テストマッチの後には「ピッチに立ててうれしい」とコメントしていましたが、その後のコンディションはいかがですか?(取材は8月上旬に実施)

宮市亮(以下、宮市) まず、ピッチに立てたことが本当にうれしいです。本当に、このピッチに戻るまでに尽力してくれた人たちに感謝したい。プレシーズンのキャンプにもしっかり帯同できましたし、コンディション的にはだいぶ上がってきていると思います。ただ、1年以上プレーしていなくて、昨シーズンはリハビリをずっとしていましたから……シーズンはもうすぐ始まりますけど(※ブンデスリーガ2部は8月3日に開幕)、別に焦りはないです。日々やれることをやるだけ、という感じですね。

――これまでの経験から、焦ってもあまり良いことはない、と感じているんですか?

宮市 そうですね。本当に、何が起こるかわからないというか、先のことを考えてもしょうがないというか……。一日一日、真剣に取り組んでいくしかない。それはサッカー人生を通して学んできたことだと思います。今は毎日の練習で100パーセント力を出せるように、しっかりケアして、という段階です。

――昨年6月に大ケガをした直後、ザンクト・パウリとの契約を延長しましたよね。それで精神的にもゆとりが生まれたのではないですか?

宮市 それは間違いなくあったと思います。あんな状況で、クラブが契約を延長してくれることなんて、なかなかないと思う。その期待に応えたいですね。ただ、もう本当にこの1年はケガをしないということを……(契約は)ラスト1年なので。もう、そこだけです。

――契約は残り1年ですが、できればこのクラブで長くプレーしたいと思っていますか?

宮市 はい、活躍できればいいですけど……。ただ、昨シーズンはケガで何もできなかったので、監督のベストな(メンバー)構想の中には入っていないと思います。なので、まずはしっかりと練習して、コンディションを上げて、監督にアピールすること。本当に、一日一日の積み重ねだと思います。

サッカーを辞めていたかもしれない

――昨シーズンのケガの話を改めてお聞きします。4月にケガをして、5月に帰国して、じん帯が断裂していないことが判明した。その経緯について振り返ってもらえますか?

宮市 本当にいろんな……2週間ぐらいの出来事でしたけど、もう、何というかメンタルのアップダウンが激しくて。ドイツで前十字(じん帯)が切れている、という話になって。3度目は手術もすごく大変なものになるということも聞きました。

――そうだったんですね。

宮市 再建したじん帯を一度抜いて、違うじん帯を付け替えなくてはいけないんです。そうなると、もう1年どころではすまない。本当に難しい手術になるし、選手生命も危ないかもしれない、と。それを聞いた時は正直、頭が真っ白というか……。これまでも何回も大きなケガをして、そのたびに乗り越えてきたつもりです。でも今回に関しては、本当に言葉が出なかった。ただ、その後何日かするうちに「前回と少し違うな」という感じになって、「もしかしたら」と思ったんです。

――もしかしたら、まだ大丈夫ではないか、と。

宮市 それで、クラブに「手術するかどうかは別にして、一度日本に帰らせてくれ」という話をしました。メンタル的にも今回はキツかったので……。そしたら、日本で検査するまでに1週間以上、時間がかかったんですけど、その間にヒザがどんどん良くなっていって(笑)。

――そんなことがあるんですね。

宮市 普通は、前十字じん帯が切れたら歩けないんです。でも、完全に歩けているし、腫れも引いている。「おかしいな」と思いながら検査をしたら、やっぱり(じん帯が)切れていない、ということがわかった。それで手術をしないですみました。

――プレシーズンの準備に間に合って良かったですね。

宮市 本当に良かったですよ。もしじん帯が切れて手術ということになっていれば、今シーズンは絶対にピッチに戻れなかったですし、もしかしたらサッカーを辞めていたかもしれないし……。本当に、何が起こるかわからないな、という気持ちです。

――周囲の反応がどうたったか、覚えていますか?

宮市 ケガした時は、チームメートも含めて「なんて言葉をかければいいんだろう」という……。僕が調整のためにBチームで出場した試合でケガしてしまったんです。その日、ちょうどトップチームも試合があって、ドクターはそちらに帯同しているので、僕がスタジアムまで行って診てもらったんです。トップチームは残留争いをしていたんですけど、その日は試合に勝って、みんながワーッと喜んでいる中、僕だけ落ち込んでいて……。みんなには申し訳なかったですけど、喜べなかったですね。でも、みんなが僕のことを気にかけてくれました。

――それで第33節、ビーレフェルト戦でTシャツを着るアクションにつながるわけですね(試合開始前に、選手全員が「YNWA 13 宮市亮」とプリントされたシャツを着てスタジアムに登場した)

宮市 あれはビックリしました。完全にサプライズでしたね。試合に行ったら「宮市亮って書いてあるな」と思って。それを全員で着ていて、ちょっと泣きそうになりました。本当にいいチームだと感じましたし、チームの期待に応えたいという、そういう気持ちがものすごくあります。

自分はまだ何も成し遂げていない

――とくに仲のいいチームメートは誰ですか? この夏のオフは、日本に来ているチームメートとの写真をインスタグラムにアップしていましたよね。

宮市 そう、日本に来てくれた選手(フィリップ・へーアヴァーゲン)は仲がいいです。あと、今シーズンからケルンに移籍してしまったラッセ・ゾビーヒというセンターバックの選手。彼は僕が加入した当時からものすごく気が合う仲で、どれだけ助けられたんだろう、というぐらい。ケガした時も、毎日送り迎えしてくれたんです。

――宮市選手が復帰した時、ゾビーヒ選手は真っ先に「すごくうれしい」とコメントしていましたね。

宮市 プライベートでも、よく一緒に食事に行ったりしましたね。彼は本当に食通というか、ハンブルクの美味しい店を知っていて。「どこが美味しい?」と聞くと「一緒に行こうぜ」と言って連れていってくれるんです。カフェ巡りが好きで、一緒にカフェに行ったりもしました。今は僕もそれなりに詳しくなりましたね(笑)。

――欧州でプレーしている日本人選手同士も、仲が良さそうですよね。とくに吉田麻也選手と一緒にいる印象があります。

宮市 そうですね。吉田選手もそうですし、ハンブルガーSVの酒井(高徳)選手、伊藤(達哉)選手。それに香川(真司)選手。今回のケガでは、そういった人たちからたくさんのメッセージをいただきました。すごい励みになりましたね。というか、そういう人たちが周りにいなかったら、立ち直れなかったと思います。本当にみなさんに感謝してます。

――周りの人たちがみんな「宮市選手を支えよう」という、そんな空気が伝わってきます。宮市選手に周りを引きつける力があるというか。

宮市 いや、僕はもう全然、そんな……。いやあ、なんでしょうね。そう思ってもらえているなら、ありがたいことですけど……。

――ものすごく照れてますね(笑)。

宮市 いや本当に(笑)。ただ、僕以外にも前十字じん帯のケガをしている選手というのは、他の競技も含めて本当にたくさんいると思います。僕もそうでしたけど、ウェブサイトで「十字じん帯」、「術後」、「痛み」とか、たくさん調べて、それで自分を安心させたり。そうやって悩んでいる人たちもたくさんいると思うんです。だから、「絶対に大丈夫だから」ということを言いたいですね。経験者として、「今は不安でも、ちゃんとリハビリをやって、ちゃんと戻ってこられるケガだから」と伝えたいです。

――そういう真っ直ぐな姿勢が、周りの人を引きつけるんでしょうか?

宮市 いやいや、全然そんな……まだ何も成し遂げていないですから。ケガをして、戻ってきただけです。公式戦のピッチで得点を決めたわけでもない。何も成し遂げていない。ここからだと思います、本当に。

日本代表は全員ですごく戦っていた

――少し話は変わりますが、ザンクト・パウリはドイツの中でもかなり独特というか、特殊なチームですよね。やっぱり変わったクラブだと思いますか?

宮市 思います。もう、スタジアムの雰囲気が変わってますし。スタジアム自体がすごいアーティスティックで、わざとスプレーで落書きをしてあったり、通路にドクロマークがあったり。ものすごい独特です。ファンも熱狂的というか、ドイツはどのクラブもすごいですけど、距離が近い感じがします。よく見ると酔っぱらいばっかりなんですけどね(笑)。

――この夏はロシア・ワールドカップがありました。日本代表の試合は見ていましたか?

宮市 見てましたよ。「全員ですごく戦っていたな」と感じました。ただ、自分も選手の立場なので、「すごく頑張ってくれた」という気持ちと同時に、「自分もあの舞台に立ちたい」と本当に感じました。

――あの舞台でプレーした柴崎岳選手や宇佐美貴史選手は、宮市選手が2009年のU-17ワールドカップで一緒に戦ったチームメートでもあります。

宮市 そうですね。すごく刺激を受けましたし、それこそ僕がケガした時は2人とも連絡をくれました。岳は、彼が去年に中足骨をケガした時に、Jiss(国立スポーツ科学センター)で一緒にリハビリをしていたんです。それでお互いにケガのことも知っていました。宇佐美も僕のケガのことを何かで知ったらしくて、「頑張ってな」と連絡をくれました。僕からも「ワールドカップ頑張ってな」と連絡しましたね。

――ちなみに日本代表以外で、印象に残ったチームはどこでした?

宮市 僕はやっぱりフランスですね。大会が始まる前からフランスに注目してたんですけど、とくに(キリアン)ムバッペに魅了されました。「早くムバッペにボール出せ!」みたいな感じで(笑)。今大会はムバッペが一番ビビッと来ました。久しぶりに、なんか面白い選手が出てきたな、と思いました。

――宮市選手はイングランドやオランダでもプレーしてきましたが、ワールドカップを見て、国ごとの特徴の違いを感じたりしますか?

宮市 それぞれのスタイルはあると思います。でも、監督によっても、世代によっても変わってくるので、この国だからこう、と決めつけることはできない気がしますね。今大会のフランスは、個人で打開できる選手がたくさんいる世代が中心でしたし、チームワークに優れた選手が多い世代のチームなら、また変わってくると思います。

チームが自分を求めているタイミングで、そこにいること

――新しいシーズンの意気込みを聞かせてください。

宮市 契約を延長してもらって、ラスト1年……これがラストになるかどうかわからないですが、この1年、自分は本当にチームの力になりたい。そのために、本当にケガをしないことが大切だと思います。監督が自分を使いたいと思うタイミングで、チームが自分を求めているタイミングで、そこにいること。それだけです。そのために日々の練習に取り込んでいきたいと思っています。

――テストマッチの後に、マルクス・カウチンスキ監督が宮市選手についてコメントしていましたね。「普段の練習や、試合の後に気にかけている」と。

宮市 もし僕自身が監督だったとしても、前十字じん帯を3回ケガしている選手はそういうふうに見てしまいますよね。でも、それだけ気にかけてくれているのはありがたいです。

――インスタグラムでも、たくさんの応援のメッセージが届いています。ファンの方々にメッセージはありますか?

宮市 インスタも含めて、届いたメッセージは全部読ませていただいてます。本当に勇気づけられるし、いろんな人々のサポートがあって、自分がここでまたサッカーできていると感じます。それを忘れることなく、日々感謝して、日々サッカーができることに感謝して、取り組んでいきたいと思います。

――最後に一つ、お聞きします。高校を卒業してすぐにヨーロッパに来て、もう8年も経ちます。当時、10代の頃に自分に何かアドバイスしたいことはありますか?

宮市 ない……ですね。僕がしてきた選択は間違っていなかったと思います。U-17ワールドカップでプレーして、ヨーロッパでプレーしたいと思った、その感覚を信じて良かった。10代でヨーロッパに飛び出してきたことは絶対に間違ってなかったと思います。ただ、一つ挙げるならアーセナル時代。あの時の、ものすごくレベルの高いチームで、メンタル的に負けないでほしかったなあ、という……。自分に負けないでやってほしかったなあ、という思いはありますけど。

――メンタルで負けた、というのは?

宮市 トップレベルの選手、ものすごくレベルの高い選手がいて、彼らは全くミスしないですし、その緊張感の中で毎日のトレーニングをしていたんです。本当にすごい緊張感があって、たまに逃げてしまう自分もいたりしたので……。そこで逃げずにやるべきだった。その当時はわからなかったんですけど。毎日が精一杯で、わからなかった。でも、今から振り返れば、そういう困難な状況に意味があったんだと感じますね。

 ザンクト・パウリは開幕4試合を2勝2敗と、まずまずのスタートを切った。宮市は8月11日、Bチームの試合でプレーしているが、まだトップチームでの出番はない。

 しかし、焦ることはない。彼自身が語ったとおり、「チームにとって必要な状況で、そこにいること」ができれば、宮市は必ず彼らしい仕事をしてくれるだろう。そうでなければ、ザンクト・パウリがわざわざ、大ケガを負った彼との契約を延長することもなかったはずだ。

 18歳の頃の宮市は、見る者すべてをワクワクさせるような、誰もが応援したくなるような選手だった。そして25歳の宮市も、8年前と同じように、いや、それ以上に応援したくなる選手だ。日本の未来を背負うとか、世界に日本人の実力を示すとか、そんなことはどうでもいい。彼自身のために、ベストを尽くして、納得のいくプレーを見せてほしい。

 ザンクト・パウリの宮市亮について伝えることは、大きな意味がある。サッカーキング編集部は今シーズン、彼の戦いを継続的に追いかけていくつもりだ。